07 高校生になりました。

もう一度制服の襟を整え、身なりを確認する。よし、大丈夫。真新しい制服を身にまとった新入生に紛れて、四天宝寺高校の正門をくぐる。
今日から、憧れの高校生です。

「お、名前ー」

「あ、謙也く…」

あれ、おかしいな。私の目が腐ったのかな。何度も見かけたその光景に、まさかここは大阪だぞと言い聞かせる。だけど黄色い歓声にたくさんの女の子。これってどこぞの黄瀬さん…

「名字さんやんか。おはようさん」

「し、ししし白石さんまで!?」

後ろから来た白石さんまで黄瀬化してたから、私もうびっくりしたんだよ!っていう内容のメールをお母さんとキセキのみなさまに一斉送信。たしかに二人はかっこいい部類に入るから、自然と黄瀬化していてもおかしくはない。だけどこの現象を大阪で見ることになろうとは。そのことについて早く返信をもらいたかったのだが、よく考えれば彼らも入学式ではないか。いや、私もだけど。
返信を待ちながら挑んだ入学式は、とてつもなく長く感じた。

「(……あ、前の子ハエがとまってる…)」

長ったらしい校長の話はどこに行っても変わらないんだなと飽き飽きしていると、羽音を響かせてハエがとまる。なんかさ、こういうときって凄く気になるよね。
すっと伸びてしまう腕をとめることもできずに、手はゆっくりと前の子の背中へ。
そのまま、そのまま慎重に…

しかし私の手が届く直前、それは起きた。

バチィンッ

それはもう盛大な音で、びっくりしたのか目の前のハエが逃げてしまう。ハエがいたはずの場所には、代わりに手が置かれていて…

「っち。あいつ逃げよったで。腰抜けやな」

えっと、叩いたのは私じゃないから、だれこの子。

しんと静まり返った体育館に、男の子の声だけが響く。
隣の席の男の子は耳にピアスをしていて、やっぱりイケメンだった。もう謙也くんと白石さんがイケメンだから、出会う人みんながイケメンに見える。

「すんませーん。ハエがあんまりにもきしょいんで、殴ったろかと思て」

にっこりと笑っていう彼に、一生関わりたくないと思いました。





そんな私の願いを聞き届けてくれない神様はドSですか。

「ほな、これからこの面子で一年間を過ごすことになる。仲良くしぃや」

無理無理無理。絶対無理。
隣がさっきの男の子って、どういうことやねん!
泣きたい。まじで泣きたい。

「なぁ、」

話しかけられたようわーー!とか思って隣を見れば、こちらなんて気にしていない様子。
あれ、今話しかけられたよね?と困惑していると、「こっちや」と再び声をかけられる。
あぁ、なるほど。前ですか。

「あんた、東京もんやろ?」

「う、うん。そうだよ」

「東京って、やっぱすごいんか?」

「そんなことないよ。ただ、ビルがやたらと多いというか…」

「へー」

話しかけてきた子は、前に座る女の子だった。茶髪がよく似合う子で、とてもかわいらしい。

「あたし、月村美琴。よろしく」

「わ、わたし名字名前!よろしくね、月村さん!」

「月村さんやなんて照れるわぁ。美琴って呼んで」

「じゃあ、美琴ちゃん」

「うん。よろしゅうな、名前」

女の子の友達ができました!
さっそくキセキのみなさまに連絡しようか考えていると、美琴ちゃんが入学式事件の男の子、もとい私の隣の席の子をちらりと見た。

「あんた、財前と何かあったん?」

「え?ぜんざいくん?だれそれ?」

瞬間、空気が凍りつくのがわかった。
私たち二人と会話が聞こえたらしい隣のぜんざいくんの空気だけがおかしい。あれ、なんでだろう。

「自分、バカにしとんのか?」

「え、いや、滅相もございません…!」

「名前、ぜんざいちゃうわ。財前や」

「おい」

隣から聞こえるどすのきいた声に、肩がはねあがる。
ぜんざいくん改め財前くんは、鋭い眼光でこちらをじっと見てくる。

「…あんた、先輩らとなかよぉしとったけど、ファンクラブのやつか?」

「ファンクラブ…?」

「財前、名前は東京から来たんやで?ファンクラブ入っとるわけないやろ」

「せやかてこいつ…」

「こいつ女子はみんなアホなファンクラブの人間やと思てるんや。堪忍してやって」

いや、そもそも先輩らって誰だろう。ファンクラブ?仲良くしていた?そんな覚えはないぞ。

「先輩って、誰のこと言ってるの?」

「…部長と謙也さんや」

「部長って白石先輩のことやで」

美琴ちゃんのつけたしで、やっと状況を理解する。さっき女の子をたくさん連れた二人と話していたのを見ていたということか。

「で?実際どうなんや?」

「どうって言われても……謙也くんとは親戚で、白石さんは知り合いで…」

「は?謙也さんが彼氏で、部長が旦那?」

「自分の耳どないなっとんのや!ドあほ!!」

美琴ちゃんナイスつっこみ!と感動のあまりぐっと親指を立てれば「話は終わっとらんで」と再び睨まれる。

「ってか、忍足先輩の親戚?」

「うん。遠い親戚だけどね。昔一緒に遊んだ以来だから、会うのはすごく久しぶりなの」

「ふーん…」

あああ財前くんの視線が痛いいい!
白々しく私を見てくる財前くんと私の話を聞いてにこにこしている美琴ちゃん。え、なにこの温度差。

「まぁ何はともあれ、大阪にようこそ!」

「ま、せいぜい頑張るんやな」

「あ、ありがとう…?」

なんだか最後のセリフはいらなかった気がするけど、さっきより柔らかくなった表情に少し嬉しくなった。

お母さん、キセキのみなさん。新しい友達ができました!