わなわなと震える手でタンマツを握りしめていると、友人が心配そうにこちらを覗き込んだ。

「名前…?」

「は、ははは…」

突然笑いだす私に首を傾げる友人は置いておき、まず目の前の問題に向かうとしよう。ちょうど友人は担任に名前を呼ばれて母親と共に教室へ入った。言わずもがな本日は三者面談である。先生と生徒と親が日常生活から進路まで話し合うあの面談。
幼い頃に両親を亡くした私にとっては先生との二者面談はつらくて仕方なかったけど、今は草薙さんが来てくれるからすごく助かっている。吠舞羅に入ってからも迷惑になるからと面談用紙がくる度にぐしゃぐしゃに丸めて捨てていたのが懐かしい。何回目かの面談用紙を捨てた際に八田にばれて草薙さんに通報されてからは、自主的に用紙を出すようにしている。
あのとき草薙さんがどす黒い笑顔で訳を問いつめてくるもんだから、保護者をしてくれる草薙さんには感謝しているが面談までお世話になれませんと白状したらまず一発殴られた。グーで。
そのあとに長いお説教を受けて心が折れそうになったけど、最後に頭を撫でながら「遠慮すんなや」とか言われたら普通泣くでしょ。はいもちろん泣きましたよ、大声で。かくして私の面談には保護者として草薙さんが出席することとなっていたのだが、本日ばかりは違うらしい。先程届いたメールによれば、野暮なご用事なために出席できなくなったとのこと。そのくらいどうってことないのにと思いながらも謝り倒すような文を読み進めれば、最後に一文。

『尊が行くからよろしゅう』

目から鱗どころの話ではない。目からぼた餅レベルだ。泣く子も黙る吠舞羅のキングが誰の面談に行くって?私だよこんちくしょう!だから謝りまくってたんだなこの人!というかなんで尊さんチョイスだよ普通十束さんとか千歳さんあたりだろ!
尊さんが学校行事に参加してくださる。その事実があまりに衝撃的すぎて、廊下に膝をついてしまった。
いや私は困らないよ?尊さんも私の保護者には変わりないわけだし、来てくださること自体ありがたい。けれどもあんな危ないオーラを放ったキングとおそらく着いてくるであろうゴスロリの似合う可愛らしいアンナちゃんのコンビが私の保護者として面談にいらっしゃったら、先生に引かれた挙げ句生徒の間で噂になること間違いない。草薙さんのときだって女子生徒がわんさか群がってきたのに、尊さんとアンナちゃんを見たら一種の都市伝説になる気がする。
そうこうしている間にも私の番がきて担任から声がかかる。いまだ見えない二人の姿を探して左右の廊下を見やったが、やはり来ない。
仕方ないなと教室に入ろうとすれば、どたばたと血相を変えて走ってきた男子生徒が階段方面を指さして突如叫んだ。

「名字!あの二人親戚かなんかか!?」

「え?」

あまりに必死に叫びつづけるもんだから、どーどーと宥める。顔を真っ青にして肩で息してるもんだから、びっくりした。何があったんだ。
そして次第に騒がしくなる階段方面をなんだなんだと見れば、周りの生徒が私とこちらに歩いてくる例の二人を交互に見つめていた。

「いきなり名字のこと聞かれて…!」

「あーうん、とりあえずお疲れ…」

尊さん相手に一般生徒がよく頑張ったよと肩を叩けば、彼はぶわっと涙をこぼしながら人混みへ駆けていった。尊さんの威圧感半端ないもんなぁと考えながら二人に軽く手を上げる。

「すみません、尊さん。わざわざ来ていただいて」

「…あぁ」

「アンナは?」

「アンナちゃんもありがとう。嬉しいよ」

さて早速面談をと先生に向き直れば、「…名字さん…?」と怪訝そうに二人を見ていた。普段来る草薙さんとは雰囲気も印象も違うから説明を促しているんだと理解する。

「あーえーっと、」

「名字さん!」

急かすように私の名前を呼ぶ先生に尊さんがいきなり睨みをかます。先生は「ひぃっ!」と怯えた声を出すけど、尊さんは一応睨んだつもりはないのである。人一倍目付きが悪いって不便だな。

「とりあえず、お父さんと妹みたいな?」

曖昧に笑った私に真偽を確かめる先生と無表情を突き通す尊さん。「ミコトがお父さん。アンナがナマエの妹。」と復唱するアンナちゃん。なんとも変な構図が出来上がり一時はどうなるかと思ったが、このあと逃げ出そうとする先生を無理矢理座らせ、三者面談を始めたのであった。


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尊さんが来てくれたら廊下をスライディングする勢いで駆けずり回る。私が。