はじめて先生に会ったのはもう何ヵ月も前なのになんだかつい最近のように感じるのは、先生との別れが近づいているからだろうか。
"別れ"は"暗殺成功"を意味するのだから、死別することになる。
はじめはそれを望んでいたはずなのに、その光景を想像するだけで胸が締め付けられる。こんなことがあってはならないと分かっている。だけどそれでも、先生を殺したくない。死なせたくない。そんな思いはとまらず溢れだして、もうどうすることもできなかった。

「……名前の気持ち、よく分かるよ」

遠くで行われているカルマくんと殺せんせーの攻防戦を見ながら、渚くんが悲しげに笑った。それに応えるように私も笑うけど、うまく笑えていただろうか。

「殺せんせーが地球を滅亡させるまで、もう一ヶ月を切った。先生は生きている。それでも僕らは、焦るどころか先生と思い出をつくろうと、」

「ごめん、渚くん。それ以上言わないで」

余計に殺せなくなるから。やっとの思いで出した言葉を聞き、渚くんはごめんと一言謝る。

「でも、殺らなきゃいけない」

「………」

「殺らなきゃ、地球は滅亡するんだ」

「…っ、先生はそんなことしないよ…!」

渚くんは芝生を蹴るようにして立ち上がった私を宥めるように再び座らせたあと、自身の制服の裾を強く握った。

「僕も、殺したくないさ」

「渚くん…」

「…できることなら、このまま…」

それ以上は言わなかった。言ってしまえば叶わない理想が私たちを押し潰してしまうから。私も渚くんもよく分かる。叶わない理想程つらいものはない。考えれば考えるほど頭以上に心が痛くて。だけど考えずにはいられないのだ。

「先生と出会わなければよかった」

「…名前…」

「こんなの、夢だったらいいのに…」

みんなの笑顔も。殺せんせーとの思い出も。なんだかんだいって私たちといてくれる烏間先生もイリーナ先生も。今の気持ちも。
全てが幻であったらどんなに楽だっただろうか。
全てをなかったことにするためならこの一年で培った学力なんて、

「悲しいことを言いますねぇ、名字さん」

頭上から聞こえた声に顔を上げれば、先程までカルマくんの攻撃を交わしつづけていた殺せんせーがいた。その後ろにはカルマくんがいて、肩で息をしている。負けたのかななんて場違いなことを考えてしまった。

「先生はあなたに会えてよかったです。」

「…でも、先生は死ぬんだよ」

「ほう。誰が先生を殺してくれると思いますか?」

「そんなの分かんないよ。…でも、その人がE組の生徒じゃないといいな。」

渚くんが。カルマくんが。殺せんせーが。みんなが黙って私を見ていた。

「誰が百億を手にしたっていい。暗殺者の資格とか学力とか、そんなのいらない。私が欲しいのは…」

「名字さん、言わなくても大丈夫です。」

私の言葉を遮って殺せんせーはにやりと笑い、触手で頭を撫でる。無意識に力んでいたのか、力を抜いたあと呼吸が荒くなった。

「名字さんは優しい子ですね。先生のことをそんなにも思ってくれるなんて、嬉しいかぎりです。」

きゅっと胸が締め付けられる。殺せんせーがいてくれたから、私はここにいるのに。それが夢になればいいだなんて、なんてことを言ってしまったのだろうか。

「名字さんが欲しいものは、目には見えないかもしれません。」

だけどそれはたしかに、あなたの中で大きく育ち、今まさに溢れようとしているのです。目に見えないものを欲するのは人間にはよくあること。悪意ある人間が望めばそれは醜いものですよね。しかしあなたのそれには悪意がない。ただ純粋にそれを望むあなたは、すごく綺麗です。

「殺せんせー、名前を口説いてんの?」

「くど…!?先生はそんなことしませんよ!」

「あ、先生焦ってる」

「渚君!」

たしなめる声と笑う声につられて、自然と笑みがこぼれた。E組に来てから笑うこととも許されない環境で生きてきたけど、殺せんせーに出会ってたしかに変われたんだ。目には見えない大切なものは、やがて消えてしまうかもしれない。それでも、地球が滅亡したとしても私は、

「…笑ってられるかな、」

呟いた言葉に気づいたのは殺せんせーだけのようだ。耳いいですねと笑えば、先生もにこりと笑う。

「卒業まで楽しく過ごしましょうね。」

なんとなく、つかえていたものがとれた気がした。