あれから一年が過ぎた。
私たちが勝手ながら命名させてもらった銀河のワールドカップを終えて、私たちのサッカー、桃山プレデターは解散を迎えた。特に仲がよかったエリカちゃんと玲華ちゃんと泣きながらお別れを言ったあと、もう会えねぇわけじゃねぇしと痩せ我慢をする凰壮をぶん殴ってやった。何すんだよと睨まれても逆に睨み返す。そのやり取りに場が和んだけれど、もうこのメンバーでサッカーをすることができないのだと思ったらやっぱり悲しくて、悪態をついていた凰壮と目を潤ませている竜持、それから青砥くんと話していた虎太を巻き込んで抱きついた。虎太と竜持はびっくりしたみたいだったけれど、すぐに優しい顔になって頭を撫でてくれる。プレデターの中では二人と多義がずば抜けて大人だと思う。「名前さん泣いてるんですかあ?」「なんか子供みたいだな。」いや、虎太と竜持はやっぱり子供か。訂正しよう。二人は見た目とこういうときの対応(発言は除く)が大人で、何もかもが大人なのは多義だ。断言する。
それで不覚にもどきっときたのは凰壮だった。らしくもなく慌てて顔を真っ赤にして。でもぎゅっと抱き締め返してくれて、溢れた涙は凰壮の肩に落ちた。そこまではいい雰囲気だと我ながら思ったのだが、肩に鼻を擦りつけたら鼻水がついてしまった。あああやばい!目配せして翔にティッシュを持ってきてもらうように頼んだけど、ご自慢の大声で「あー!名前ちゃん鼻水垂れてるー!」……あのときばかりは翔を恨んだ。ムカついてきたからあとで迷惑メール送ってやる。
そして最初に乙女のハートを打ち砕いてくれたのは青砥くんだった。「汚い」「汚いですねえ」竜持お前は黙ってろ。にしても青砥くん、汚いはひどいよ!と訴えれば、たしかに女の子に汚いっていうのはちょっと…と大人な多義がフォローしてくれた。青砥くんは私のことを言ったんじゃないけどね!私の鼻水を言ったんだけどね!だけど多義の言うことは何でも正しいと思っている青砥くんは素直に謝ってきた。これは竜持にはない優しさである。見習うべきだ。「なんですかその目は」いやー?なんでもないですよー?鼻で笑えば面白くないといったように竜持は眉間に皺を寄せた。そこに突然コーチの大笑いが響き、泣いていた顔を上げる。みんな目に涙をためて、必死に笑っていたのに。笑いながら泣いているコーチを見て、私は涙腺の限界を感じた。ぷつん。ぽろぽろと溢れる涙を拭って、コーチを見上げる。「いい試合だった」コーチ、生き生きしてましたもんね。「カンプノウで世界最強と闘えたことを誇りに思え!」カンプノウで世界最強と銀河のワールドカップを開催して勝つこと。それが私たちの夢で、全てだった。その夢が叶った今、私たちは改めて確信した。サッカーとは、なんて楽しいスポーツなのだろう。私と同じように泣く玲華ちゃんを横目で見る。あんなに擦っちゃって、痕になっちゃうよ。「お前、痕残んぞ」そう言って私の手を掴んだのは凰壮だった。だって、終わっちゃったんだよ。もう私たち、一緒にサッカーできないんだよ。「んなこと知るか。」知るかって……凰壮だって寂しいくせに。「ああ、そうだよ。寂しいよ。」…凰壮?

「だからって、もう二度とできねぇってわけじゃないだろ」

ああ、そうか。またしたければすればいいんだ。みんなで集まって、他愛ない話をして、サッカーをして。どこにいても何をしていても、私たちはサッカーで繋がってるんだ。このカンプノウでの試合があるかぎり、私は頑張れる気がしてきた。
凰壮だって、痕になってるよ。ふっと笑った凰壮につられて私も笑えたけど、それでもやっぱり悲しいのには変わりなくて。もう一度抱きつけば、今度はさっきよりも力強く抱き締め返してくれた。





「っていうのあったよね」

「ああ、お前が鼻水垂らしたときの」

「うっさいな鼻水言うなよ」

ドン、と畳から伝わってくる振動を聞きながら、持っていたタオルとドリンクを凰壮に渡す。先程軽い運動を終えたばかりなためか、息が荒い。柔道部に入って、前よりかっこよくなったんじゃないかな。そんな勝手を考えてるなんて知らない凰壮は、こちらは見ないけど、短くお礼を言ってそれらを受け取った。前よりも短くなった髪から汗が垂れてる。

「あ、メール。」

「誰だ?」

「翔から。変なメール送らないでよって」

「変なメール?」

「まあそれはおいといて、翔が明日公園でサッカーしないかってさ」

「おう。三人とも出席っつっとけ」

「え、三つ子で出席?」

「ばかか。俺と竜持とお前だよ」

「分かってるってー」

虎太はスペインに行っちゃったからなあと手元の携帯に視線を落とす。月に何回かのペースで連絡はとっているが、同じくスペインへ立った青砥くんとは全然だ。この間電話したら、「眠い。お金かかるから、もう寝る。」と言って通話開始30秒で切られた。練習のあとで疲れてるから寝たいっていうのも、国際電話でお金がかかるっていうのも分かるよ。私だって凰壮の練習に付き合わされて疲れるなんてしょっちゅうだし、お金の消費は激しい。だけどね、30秒ってないと思わないねぇ!?それがあの熱い夏を共にしてきた友達に対しての態度かよ!どう思う多義!?と電話した多義にさえ、「ごめん、今日は疲れてるから明日に…」と言われた。
結局泣きついた先は凰壮で、文句を言えば彼は決まって言うのだ。

「よかったじゃん」

何がよかったなんだよと聞き返すが、結局それが何に対してなのかは教えてくれなかった。だけどなんとなく、なんとなくだけど凰壮の言いたいことが分かる気がする。
それってつまり、サッカーをしていてもそうでなくても私たちはサッカーで繋がってるって。してるしてないで関係が変わってしまうなんてことはないんだって。あの日にとらわれたままでなくて、ちゃんと前に進んでるって、そういう意味だよね。
確認してもきっと答えてはくれないだろうから聞かないけど、きっと、多分、凰壮はそんなことを言いたいのだと思う。

「返信きた。多義は練習あるからだめだって。………え、」

「なんだよ」

「…っ、凰壮…!」

「だから、なんだよ」

「また、またみんなでっ、桃山プレデターのときと同じみんなで、サッカーしようって…!」

それは、翔やエリカちゃん、玲華ちゃんに多義、竜持、凰壮に、スペインにいる虎太と青砥くん。それに私で、またサッカーができるって、そういうことだよね。
今度はちゃんと、確認するようにして言った。

「よかったじゃん」

またいつもみたいに笑っていう凰壮に、あの日のように抱きついた。今度は嬉し涙で、凰壮の肩濡らしちゃうかな。鼻水垂れないかな。でもたしかに、あのときとは何かが違っている気がして、私たちはちゃんと前に進めているのだと嬉しくなった。

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銀オフ最終回の記念。ひそかに二期を期待するけど多分ない。