※ゆるく注意




「おーい、おいってば、」


「ん、」


「起きろーサービスエリアついたぞー」


とんとん、と右肩を叩かれてだんだんと意識が浮上する。はじめは何がなんだか分からなかったけど、なかなか持ち上がらない重たい瞼に、今の今まで眠っていたのだと頭でなんとなく理解してからだを起こす。だけど、座って寝ていたせいか目が覚めてくのと同時になんだかからだが重く感じられて、両手で大きく伸びをした。


「んぁ、おはよ…」


「はよ。ど?おしっこ出そう?」


「ちょ、トイレって言ってよ。…うん、出そう。あと何か買いたい」


「はいよ。んじゃ、行こっか」


シートベルトを外して車を降りる。ポケットに入れていたスマートフォンの画面をつければそこには4時29分と表示されていて、かれこれ一時間ほど寝ていたことに気づく。やばい、なるべくおそ松の話し相手になろうって思ってたのに、悪いことした。何かひとこと言おうかと彼のほうを見れば、ちょうどジャンバーを着込んだおそ松が後部座席に置いてあった私のコートを手にしたところだったらしい。


「ほら、さみぃんだからちゃんと着ろ」


「あ、うん、ありがとう。…おそ松、ごめん、私寝ちゃって、」


「ん?…あぁ、べつにそういうのおれ大丈夫だって」


横でずっとお前の寝顔見てたし?
コートを着させてもらいつつ、そんなことを言ってくるおそ松にぶわっと顔が赤くなるのを感じた。「早いとこ行くぞー」そしてそのまま手なんて握ってくるから慌てて周囲を見渡したけど、今の時間朝方に近いこともあってか車やトラックは止めてあっても人の影は見られない。冷たい風が頬を撫で、吐いた息は白くなって辺りに溶け込む。上を見上げれば、真っ暗な夜に散りばめられた数々の星に東京じゃこうはいかないと、改めて遠方に来たことを実感した。おそ松と、二人で、だ。

自動ドアをくぐってトイレの前でおそ松と別れて、中に入る。「いいか、ちゃんとここで合流だかんな」って、そう言っていた通りトイレを済ませて出てきたときにはもうすでに壁に背中を預けておそ松が立っていた。私に気がつくとニッと笑ってこちらに歩み寄ってきて、また流れるように手をとられる。それから、二人で売店に繋がる通路を歩く。


「わたしコーヒー。おそ松は?」


「んーと、ガムとか飴とか。運転してっと口寂しい」


また自動ドアをくぐって売店やフードコードを抜けて、少し奥にあるコンビニに入る。ガムと飴とコーヒーと、それからチョコやさきいかの袋をぼんぼんカゴに入れていきレジに向かった。朝だし眠いのか「いらっしゃっせー」なんて気の抜けた店員の声を聞きながらお財布を出そうとすると、おそ松がそれを軽く制して後ろのポケットから財布をとりだして精算を済ませてくれた。袋もそのままおそ松が持ってくれて、その反対側でまた手を繋がれる。


「ごめん、ありがとう。あとで割り勘しよ?」


「いーって。へいきへいき。んなことより、」


「っえ、」


「ん、キスさせて」


返事をする前に口を塞がれた。軽く腕を引っ張られて気がつけばおそ松が顔が目の前に広がっていて、一瞬唇に柔らかくて少し湿った感触を残したあと、それはゆっくりと離れていった。


「口寂しいって、言ったろ?」


だからって急にするのはどうかと思うし、人はいないにしても一応公共の場なんだからキスはまずいって。「だぁいじょうぶだって。店員すら俺らのこと見てねぇし、強いて言えば防犯カメラぐらい?」もっとまずい。映像に残ってるなんて、恥ずかしくてしばらくこのサービスエリア使えないじゃん!でも、ぷっくり膨らませた頬を見て「嫌だった?」って聞いてくるおそ松は本当にずるい。「…嫌じゃないよ」嫌なわけがない。そういう聞き方をされたらそう返すしかないし、本当に嫌じゃないのを分かってるくせに聞いてくる。ただ、いつもはお互いの家とかホテルとか、そういうところですることはしていたし、今サービスエリアに人の姿が見られないといっても人で溢れかえっているイメージというか、印象のほうが強いから、ここでおそ松とそういうことをするのは変なかんじがするって、それだけのことなんだ。
でも、たしかにおそ松の言いたいことも分かる。どうせちゃんと見ているのは防犯カメラくらいなんだから、だったら、見せつけてやればいい。しばらくここ使えなくったて死ぬわけじゃないし。「もどろっか」と先に歩き始めてしまった彼の手を引いて、今度は私が背伸びをして片手で頬を包んでからゆっくりと唇を近づけた、けど。


「…ごめん、届かなかった…」


「…………………」


触れるか触れないかのあと少しのところで唇が届かなかった。ああこれって私がただ恥ずかしいだけじゃん。170を越えているおそ松の唇まであとちょっと。これならまだキス出来たほうが幾分か楽だった。羞恥から顔が熱くなって、もう一度「ごめん」を言って離れようとした、その時だった。


「んぅ、」


「…よぉし、お前まじ覚悟決めとけよ。車着いたらどうなってもしんねーかんな」


さっきよりも強い力でまた腕を引かれて、さっきよりも深く口づけられて、さっきよりも大きくリップ音が鳴った。それから「早く戻んぞ。カーセックスしてやる、カーセックス」と来たときよりも大股でずんずん車に戻っていくおそ松は、私の手を握るそれにも、さっきよりもずいぶんと力を込めているらしい。まるで逃がさない、とでも言われているようなそれに思わず笑みがこぼれる。


「なに、そんなにカーセックスすんの楽しみ?なんならここでおっぱじめてもいいけど?」


「ばっかじゃないの。いいわけないでしょ」


でも、セックスはごめんだけれど、車に行かなくたってここでディープキスの一発や二発、かましてくれても構わないのになって、そう思ったのは私だけの秘密だ。