誰もいなくなった静かな教室に粘着質な音が響いて、お互いから漏れる吐息や火照った頬とか、絡み合う指先とか、熱っぽい視線とか、その全てが興奮に変わっているのが分かる。


「っは、」


「ん…」


何度も何度も深く口づけられるその行為にも、回数を重ねていけば少しずつだけど慣れてくる。
それでも二人きりの時以外は呼ばない名前だったり、いつもの倍の早さで音を立てている心臓だったり、あとは乱れた姿を見られるのも全然慣れない。というか、慣れそうにない。行為自体には慣れてきてもそういうのをひっくるめた恥ずかしさは付き合い始めた頃とちっとも変わらなくて、いつも必死で、ああやっぱり私は焦凍くんが好きなんだなって実感させられる。


「…名前」


「…ん、焦凍くん、」


ましてやこんなことをしている場所が、普段私と焦凍くんを含めたヒーロー科A組が使っている教室だなんて、なんだかいけないことをしているみたいで いつもよりうんと恥ずかしくて頭がくらくらする。
そりゃあどこでキスしようが私たちの自由だし、学校の教室でキスしてはいけませんだなんて規則はないけれど、少なくとも大人たちの言う教育上よろしくないことをしているのは確かだった。

背中の壁に頼りながらもなんとか自分の足で立っていたのだってもうしばらく前のことだ。
焦凍くんと唇を合わせる度にまるで吸いとられているみたいにどんどん力が抜けていって、立っていられなくなって。そんな私に気づいた焦凍くんは自身の脚で私の股を開かせると、壁に膝を立てて私が崩れ落ちてしまわぬように支えてくれた。ここまでの一連の流れが絡み合っている舌だったり、壁に肘をつきながらも髪をすいている手だったり、そういった動作をしながらやってのけるものだからもう頭も上がらない。
そうこうしている間にもその膝にとん、と腰が落ちてしまって、完全に焦凍くんにからだを支えてもらうこととなった。唯一自由に動かせる手も一方は焦凍くんと繋がれていて、もうひとつは彼のフレザーの裾を握ったままだ。だから今そうやって私を支えてくれている焦凍くんの行為はほんとうにありがたいし、狙ってるなんて思ってもいないけど、その、膝に当たるその部分が熱を帯びてしまうから、ちょっとというかだいぶ恥ずかしい。たまに僅かに動く膝に思わず出そうになる声を押し殺して、反応してしまう下半身から逃れるように、焦凍くんとのキスに意識を向けた。

それからどのくらい時間が経ったかは分からないけれど、顎から垂れた唾液を焦凍くんが拭ってくれたあと、その親指をぺろり、とひとなめするから思わず視線をそらした。恥ずかしい、あまりにも恥ずかしすぎる。


「脚、抜くぞ」


その声と共に、私が座っていたといっても過言ではないその脚が股の間から抜かれる。支えを失った私はというと、焦凍くんと手を繋いだまま、ずるずるとその場に座り込んでしまった。
焦凍くんもしゃがみこんだ私に目線を合わせるようにして、足を折る。まあ、彼のほうが身長が高いのだから、全く同じになることはないのだけれど。


「あつい、ね、」


顔も、舌も、焦凍くんと繋がれている手も、彼が触れていったところもぜんぶ、ぜんぶぜんぶ熱い。
「そうだな」と、さっきまで乱れていた呼吸ももうほとんど整ったらしい。焦凍くんは空いているほうの手で自分のネクタイに手をかけると、そのままシュルル、とそれを外してしまう。私は焦凍くんが大好きだからそういう風に見えるとか、そういんじゃなくて、その動作はもうとても様になっていた。これじゃあ女の子たちが騒ぐはずだとその姿に見とれていた、そのときだ。


「つづき、するぞ」


「え、?」


彼の姿を眺めながらも荒く呼吸を繰り返したあと、少しだけ整ったそれに一息ついていたら、今度は閉じていた私の足を跨ぐようにして床に膝をつき、焦凍くんは、私に馬乗りになった。また、あの熱くて冷たい手が、頬を撫でる。
その感触に、さらりと揺れた彼の色違いの髪に、好きだなって、また何回目かの実感を覚えながらもこの先にくるであろう快感にぶるりとからだを震わせつつ、なんとか彼が近づいてくる前に、行為が始まってしまう前に声を上げた。


「っまって、焦凍く、」


「どうした?」


「最後まで、するの?」


最後までは、さすがに焦凍くんもしないとは、思うけれど。だってここ、教室だし…
するすると火照った頬を撫でていた焦凍くんの手が、一瞬だけぴたりととまった。そうして「そうだな…」と少し考える素振りをして、ちらり、と私の顔を窺う。「焦凍くん、?」私はこてん、と首を傾げて彼の顔を見上げる。その瞬間、そんな私を見て焦凍くんは目を見開いて、それからふっと笑った。


「んな顔したお前を、外に出すわけにはいかねぇだろ」


その言葉と共に降ってきたのは、焦凍くんの唇だった。はじめは唇に。味わうかのように下唇を挟まれて舌でなぞられれば、すぐにまた力なんて抜けていった。「ん、ぁ、」といやらしい声しか上げられなくて、無意識に空いているほうの手でまたブレザーの裾を握った。


「…名前、」


「…っな、に、っ!?」


今度は、ピリッとした一瞬の痛みが首を襲った。
ぽわぽわしている頭でなんとか視線を動かせば焦凍くんからはいつもの落ち着いた様子なんて想像もつかないほど耳を真っ赤にして、それにも負けないほど赤い舌を私の鎖骨辺りに這わせていた。たまに彼が漏らす熱い吐息にぶるり、と全身が震える。
同時にくちゅくちゅという水音がじんわりと私の耳を犯していった。キスのときも思ったけれど、いくら人気のない放課後だとはいっても、A組のみんなが出ていくのを確認したといっても、先生やB組、他の科の人たちが廊下を通るかもしれない。音とか、声とか、廊下に漏れている、かも。
ましてやこの教室には鍵なんてかかっていないし、もしかしたら誰か入ってきてしまうかしれない。そんなことになったら、みんなに焦凍くんとこんなことをしているなんて知られたら、恥ずかしすぎて私は明日から不登校になってしまう。


「考え事か?ずいぶん余裕だな、名前」


「え、…っあ、ん、」


「…っ、…名前、」


だって、焦凍くんのことは普段「轟くん」だなんて他人行事に呼んでいるし、焦凍くんも用事がないかぎりは話しかけてこない上に話しかけてきたとしても「名字」と名前では呼ばない。そんな私たちを誰が付き合っていると思うのだろうか。思わない思わない、絶対思わない。私だったら思わない。けれど休み時間になる度、私はお茶子ちゃんたちと話しながらも焦凍くんとスマートフォンで会話をしてたり、する。ぽこん、とメッセージを送れば、普段あまりスマホを使わない焦凍くんは私に返事をするためにその端末をいじってくれる。同じ教室にいるのに内緒で話してるなんて、なんだかくすぐったい。「名前のせいで家でもよく触るようになった」なんて言われて、私のためにそうやってくれる焦凍くんが好きで好きで仕方なくなるのだ。
そんな秘密の関係をつづけてきた私たちが、昨日までただのクラスメイトだった私たちが、そんな行為を重ねていたとばれれば、元々恋人である私たちはよくてもクラスのみんなはどうだろう。いや、クラスだけじゃなくてヒーロー科や学校全体にそんな噂が回ってしまったら、なんて、自意識過剰かもしれないけど、私はともかく、焦凍は色々な意味で有名人なのだから可能性は十分にある。想像しただけでも恐ろしい。…やっぱり不登校になるだけじゃすまないかも。
けれどそんなことを考えている間も焦凍くんの舌や手はとまらないし、私だってとめようとしないあたり、この状況に興奮しているのかも、とか、考えたら自分がみっともなさすぎて、でも焦凍くんとするのは気持ちがよくて、じんわり視界が滲む。


「……、」


最後に目の縁にたまっていた涙がつう、と頬をつたう。それをぺろりと舐めとってみせると、焦凍くんはわずか数センチの距離でまたふっと笑って、繋いでいないほうの手でとうとうソコに、優しく触れた。


「っふ、ぁあん!」


二人して色んなところを触り合うのも、唾液を交えてする舌を絡めるキスも、焦凍くんとすることはなんでも気持ちいいけれど、これは、こればっかりは、いつまでたっても刺激が強すぎて、いつも焦凍くんにしがみついてしまう。焦凍くんに言わせてみればそういうのはそそるらしいけれど、私からしてみれば恥ずかしいのなんのって。
っていうか、焦凍くん!


「…っま、って、ほんとにさいごまで、するの…?」


「あぁ。お前も我慢できなさそうだしな」


そう言って焦凍くんは、またあのときのように膝をソコに当てる。突然のことに思わず息を飲むとそのままグイッと軽く押し上げられて、また快感から声が漏れた。


「これ、気持ちよかったか?」


その言葉に、ほんの一瞬、私の頭がフリーズする。
まって、それって、私が焦凍くんの膝で…その、感じてたことに、気づいてた…?
……いや、違う、これは…


「っ、しょ、焦凍くん、もしかして、」


「あんなのわざとに決まってるだろ」


「えっ!」


わ、わざとだったの!?
思わず出た声に焦凍くんはさも当たり前かのように「ああ」と言ってみせた。その途端、顔がかーっと赤くなっていくのが分かる。
そんな、わざとだったなんて。じゃあ、私が必死に我慢してたのも全部見抜かれてた、?


「ううう…しょうとくんのばか…!」


「、おい、やめろ、すっげぇそそる」


「ひ、あ!…っもう!」


「拗ねるなって」


ほら、って。
焦凍くんはぷっくり頬を膨らました私の唇に、今度は触れるだけのキスをした。
「悪かった」それだけで許してしまう私はなんだかんだで焦凍くんに弱い。というかはじめから言うほど怒ってなかったから(だって気持ちよかったから)そこはいいのだけれど、私だけやられっぱなしなのも納得がいかない。
これでも私も、ヒーロー志望なんだから。


「焦凍くん」


「なん、っ!?」


至近距離にあった焦凍くんの首に腕を回して、ぐい、とこちらに引き寄せる。
そしてそのまま目をつむって焦凍くんの唇に噛みつけば、少しして直前まで驚いたようにしていた彼がすぐに状況を理解したのがなんとなく、雰囲気で分かった。控えめに、唇を挟むだけの私のキスは、焦凍くんのキスによってあっという間に終わりを告げられた。彼はまた舌を出して、今度は歯列をなぞっては私の舌もぐちゅり、と音を立てて舐め上げて、さっきよりも深く深く、何度も角度を変えて唇を貪ってくる。それがとても気持ちのいいキスで、それが大好きな焦凍くんから与えられるものだから、やっぱり腰を抜かすのはいつも私。仕掛けたのは私なのに腰を抜かすのも私だなんて変な話だ。


「誘ったのは、そっちだからな」


太股に手が添えられる。
はじめから最後までするつもりだったくせに。
…いや、するつもりだったのは私も同じ、かな。


「ん、がんばって、声おさえるね」


「…まぁ、そこは仕方ないか」


「だって、みんなにばれたら、私もう学校行けないよ」





「なら、見つからねぇようにしないとな」


私の額にちゅ、とひとつ唇を落とした焦凍くんは、「好きだ、名前」なんて私がもう持てないくらいのたくさんの愛を降りそそぐから、私も彼が好きだから、持てないのに、私はそれらを余すことなく受け入れようとして、再び近づいてくる唇にゆっくりと目を閉じた。