※ルーシィ→ナツ表現あり


エクリプスの扉は一万のドラゴンを一掃するための装置ではなく、一万のドラゴンを400年前から呼び出してしまう装置だった。
そのことに気づいたときにはもう扉の周辺には数えきれないほどのドラゴンがうようよといて、今さら扉を閉めるなんてできるわけがなかった。一匹、また一匹と溢れるドラゴンを目の前にし、私たちは足がすくんだのだ。できない。扉を閉めるなんて、できない。
それは確信に似た何かだった。その瞬間、気づいたときには隣にいたルーシィの手を引いて、私は駆け出していた。扉とは反対方向に、なるべく音を立てずに、ドラゴンに見つからないように、それでいて素早く。


「名前!!」


ぐい、と腕を引かれたのと同時にかかった声に、私はなんとも弱々しい声で応える。
「グレイ、」自分でも分かるほどに震えている声。それを聞いてか私の腕を引いていたグレイは、くしゃりと顔を歪めてなんとも苦しそうな表情を浮かべた。


「名前、怪我してねぇか?」


「っうん、平気、平気だよ」


「そうか…、よかった。…ったく、心配したんだからな…」
 

扉のことは、聞かないんだね。
私とルーシィは扉を閉めるために王宮へ向かったのだ。闘う仲間を残して、扉を閉められないか試してくる、と二人して走り出したのはついさっきのこと。そのときは必死だった。これ以上傷ついて地に伏せていく家族を見ていたくなくて、非力な自分でもこの状況を打開するための何かに貢献したくて、とにかく足を動かした。その結果があれなのだからなんとも馬鹿らしい。なにが家族を守りたいだ。なにが世界を救いたいだ。ただ自分は、あの状況から逃げ出してしまいたかっただけじゃないのか。死んでいく家族や他のギルドの仲間のように、ドラゴンに殺されたくなくて、死にたくなくて、理由をつけて逃げ出しただけじゃないのか。違う、私は。
私は、みんなを助けたくて、それで、


「ルーシィは一緒じゃなかったのかよ?」


「あ…、ルーシィ、は、」


「……、」


「……ルーシィは、ナツに会いに行くって…」


「…そうか」



「っ、最後に、会いたいからって……ルーシィ、笑ってた…」


少し前に別れたばかりの彼女を思い出しただけで、涙がとまらなくなる。
顔につくってしまった傷から血が流れていた。それを手で拭ってにこりと笑って、ルーシィはまっすぐに歩いていく。どこにいくの、なんて聞かなくても分かってる。「ナツにね、会いに行こうと思って」分かってる、分かってるよルーシィ。「こっちにナツが、いる気がするの」そう言って振り返った彼女の頬からは、また静かに血が流れている。今度はそれを拭おうとはしないで「ばいばい、名前。必ず生き残って」とそれだけ言うと、ルーシィはまっすぐに走っていった。
それをとめることができなかった。できるわけがなかった。ルーシィにとってどれだけナツが大切かなんて痛いほど分かっている。
だからこそ、最後に最愛の人に会いたいと優しく微笑んだ彼女をとめることができなかった。私も、同じだから。
私も同じように、グレイを探していたから。


「みんな、は?」


今度はグレイが、目に涙を浮かべる番だった。綺麗な黒目が水面の様に揺れる。そこに映った私も私でかなりみっともないけれど、それはどことなくグレイと似ていてる。
それだけで、グレイと視線を絡ませただけで、グレイが言わんとしていることを理解してしまった私は、先程の質問に対する明確な答えを彼の口からは聞かないまま、「そっか」とたったそれだけの言葉をこぼした。
その三文字に、私の腕を掴む力が強くなる。


「名前」


そして、そのまま、ゆっくりと体は傾いてグレイの腕の中へ。こんな場所で、こんな状況でなければ、どんなに幸せなことだったか。
遠くで聞こえるドラゴンの雄叫びや魔導士や街の人の悲鳴を耳にしながら、崩壊しきった建物や地に伏せる人間だったものが転がる地獄絵図から顔を背けて、グレイの胸板に頬を寄せた。


「グレイ、」


「名前、ずっと、ガキん時から、お前が好きだった」


その言葉にまた、たくさんの涙が溢れた。
本当はんなところじゃなくて、もっと景色がきれいなところとか、お互いの家だとか。そういうところで、終わりのみえない愛に身を委ねたかった。 身だしなみだってちゃんとして、こんなぐちゃぐちゃの顔じゃあなくて、いつだったかグレイが好きだと言ってくれた私の笑顔で、その言葉を迎えたかった。
私たちに残されている命の時間がどれくらいのものか分からないけど、終わりが近いことは確かだった。数時間後かもしれないし数分後かもしれないし、数秒後かもしれない。もうすぐグレイと、お別れしなくちゃいけない。
それでも、どんな状況でも、気持ちを伝えてもらえたことが嬉しくてたまらないの。
嬉し涙と悲し涙がぐちゃぐちゃに混ざって、グレイの胸板を濡らす。


「ばか、わたしも、」


わたしもずっと、グレイのことが、









突然言い表しようのない吐き気に見舞われて地に膝をついた。
反射的に口を押さえて「うっ」と声を漏らせば、隣を歩いていたウェンディが「名前さん!?」とひどく驚いた声を上げる。今度はその声につられて前を歩いていたルーシィたちが振り向いて慌ただしくこちらに駆け寄ってきた。


「名前!どうした、気分わりぃのか!?」


中でもグレイは口元を手で覆っている私の姿を捉えるなり、いちばんに傍に駆け寄ってきて、同じように私のとなりにしゃがんで背中をさすってくれた。
ルーシィやナツ、エルザやハッピーにシャルルも心配そうに私をとり囲む。


「吐くか?」


「…んーん、へいき。なんか、いきなり気持ち悪くなっちゃって」


心配かけてごめんね、と真横にあるグレイの顔を見ながら微笑めば、グレイは少し安心したようで「無理すんなよ」と軽く笑った。


「よかったあ、名前ったらしゃがみこんでるんだもん。心配しちゃった」


「まだ大魔闘演武には時間がある。少し休むとしよう」


「名前ー!ほんとに大丈夫なのー?」


「なんだぁ?貧血か?火食うか?」


「なんでそうなるのよ!」


相変わらずぎゃいぎゃいと騒ぐみんなに、思わず笑みがこぼれる。
そんな中でも治癒魔法を申し出てくれたウェンディに大したものではないから、と伝えてそれを断る。けれどもし何かあったら必ず言うようにと約束をさせられ、ウェンディもますます頼れる仲間になったなあと少し微笑ましくなった。
さて、大分吐き気も引いてきたし、きっともう大丈夫なはずだ。みんなを安心させるためにも立ち上がろうと足に力を入れる。が、やはりまだ早すぎたのか少しふらついてしまった。


「おっと」


「わ、ぐ、グレイ!」


「無理すんなって言ったばっかだろ?背負ってやるから、ほら」


「わー、名前とグレイってばどぅえきてるー!」


「うっ、うっせーぞハッピー!」


「てめぇやんのか氷野郎!」


「お前は呼んでねぇクソ炎!」


「もうやめなさいよあんたたちー!」


私を支えながらもナツに怒号を飛ばすグレイや、呆れながらもなんだかんだで楽しそうにしているみんなを眺めながらにぎやかだなあなんて呑気に考える。
けれど隣で騒いでいるグレイのその逞しい腕はがっちり私を支えてくれている。そのことが少し恥ずかしいのと同時にすごく嬉しくて、グレイの腕にそっと手を這わせた。


「名前?」


近距離でグレイがこちらを向く。あまりの近さに一瞬驚いた。それはグレイも同じみたいで、彼も目を見開く。
そして、うっすらと赤くなる頬を隠すようにどうした、と視線を泳がせながら聞いてくる彼に「大魔闘演武、絶対優勝しようね」と得意気に笑ってみせれば、すぐに視線を合わせて「おう」といつもの笑顔を向けてくれた。それだけで私は嬉しくてたまらなくなって、この仲間であれば優勝なんてすぐだって思ってて、



未来がどうなっているかなんて、考えもしなかった。