※映画ネタ注意


元々人と関わることがあまり得意ではなかった。仲良くなった友達にしても先生や近所の人、親戚に両親にしても顔色ばかり伺ってなんとなくその場に合わせて、あたりさわりのない嫌な笑みをはりつける。八方美人と言えば聞こえはいいが、ようは自己主張のできない臆病者。自分が生きていく上で他人を気にせずにはいられない。ひとりのほうが楽なのにひとりでは生きられない。そんな自分が心の底から大嫌いだったけれど、変わることもできない私は殻に閉じこもるばかりで外の世界を知ろうともしないつまらない子供だった。

今も十分子供だろ、と隣を歩いていたライアンがくしゃりと頭を撫でた。そのせいでせっかく今朝早く起きてセットしたお団子が少し崩れる。「くずれるでしょ」「好みじゃねえもん」ライアンの手が頭からどけられる。私が本当に嫌がることはしないところも相変わらず、昔から変わっていない。それにしたって好みじゃないなんてあんまりだ。この間お団子頭の可愛いモデルさんのページで雑誌をめくる手をとめていたくせに。お団子好きなくせに、素直じゃないんだから。そう言ってやりたいのは山々なのだが、あまり口を出すとライアンはすぐに機嫌を損ねるから私は何も言わないでまた静かに笑うだけ。そんなところも他の人とは違ってたまらなく愛しい。
物心ついたときから私には幼馴染みのライアンしかいないと、幼いながらどこか確信に似た何かを持っていた。ずんずんと勝手に入り込んできてはまったりくつろいで、それからデリカシーのないことをべらべらと述べたあとになんやかんやで私の手を引っ張って外へ連れ出してくれるような、そんな優しい人だ。何もできなかった私を連れて先陣切って歩いてくれる彼に何度も助けられた。びくびくしてばかりで弱っちい私を見捨てないでくれた。そんな彼を好意的な目で見ていると、いつしかそれは恋心にすりかわっていた。相手の顔色を気にせずに話をしたり、些細な返答にも自分の思ったことを素直に言えるようになったり。こんな風に、一緒に話すだけで心が救われたような気持ちになるのはこの先ライアンしかいない。今も、昔も、これからも。どんなに時が流れても私には彼しかいない。そう、私は夢を見ていたのだ。

「あのさぁ、いい加減俺のあとをついてまわるの、やめてくんない?」

それは拒絶だった。幼い頃にNEXTに目覚めた彼が海外を中心にヒーロー活動を始めてからすぐのことだった。親元を離れてやっとの思いで始めた一人暮らしも板についてきて、だんだんご近所付き合いも上手くなってきて。たまにだけど訪ねてきてくれくれるライアンに、今日も手料理を振る舞おうと買い物を済ませたとき、それは唐突に起こった。

「ライアン、?」

みっともないくらいの、弱々しい声だった。

「俺もお前も、もういい大人だろ?いつまでもベタベタして、さすがに迷惑だって言ってんのー」

「そ、そんなつもりじゃ…!」

「俺様はお前だけのヒーローじゃないんだって」

それは私が今まで危惧していた言葉で、何度も自分に言い聞かせてきた言葉でもあった。それでもこうしてライアンの声で、音となって外界から自身の耳に入るのと心の中で何度も呟きつづけるのとではわけが違った。
ずきり、と胸が痛む。こんな感覚は久しく忘れていた。ライアンに出会ってからの私はどこか夢を見ていたのだ。こんなに素敵な彼が私ばかりを気にかけて、手を引っ張ってくれて、そして私と同じ感情を抱いてくれるという優しい夢を。優しくて、自分勝手な醜い夢を。「んじゃ、そういうことで、もう俺には関わんないでくれよ?」ほんの数分前に来たばかりの彼が、同じく脱いだばかりのコートをわし掴みにして玄関へ向かう。お気に入りのブーツに足を通している間も、私は追いかけたくてたまらないのに足を縫いつけてしまったかのようにその場から動くことができなかった。そうしている間にも、ライアンはブーツを履き終えて玄関の扉に手をかけた。「じゃなあ、名前」待って、ライアン。お願いだから、おいていかないで。今度は喉を縫いつけたみたいに声が出なかった。必死に手を伸ばしても、行かないでと涙を流しても、ライアンはもう私に笑いかけることはしなかった。パタン。無情にも扉は閉まる。外の階段を下りていく音が聞こえて、ようやく私のからだは自由を取り戻した。けれどライアンのあとを追いかけるなんて、あんな風に拒絶されたあとでできるわけがなかった。
ぺたりとその場に崩れ落ちて、両手で顔を覆う。目のはしからこぼれていく涙が手を濡らして、終いには身につけているエプロンにも染みをつくった。
私は自惚れていたんだ。どんなことがあってもライアンは私から離れていったりしないって、全部都合のいいように考えてまた自分だけ楽になろうとしていた。そんなことにも気づけずにライアンを苦しめてばかりいたなんて、本当、滑稽すぎて死んでしまいたくなる。
それでも、どんなことがあっても私を助けてくれたのは他の誰でもないライアンだから。私が好きなのはライアンだけだから。こんなことを思ってしまうのも、もう最後にするから。自分だけにとどめて外へは一切溢れさせたりしないから。だからお願い、あなたを想うことをどうか許してほしいの。

「っすきなの、ライアン、すき」

そうして呟かれた言葉は、真っ暗な闇に落ちていった。






おいていかないでと泣きじゃくる彼女に意識はない。
とまることを知らない涙をいくら拭おうとも、自分がいないところで泣かれては慰めてやることも泣きやませてやることもできやしないのだから苛立たしい。

「名前」

「っふ、ライアン、おねが、」

「名前」

「まっ、て、おねがい、」

「……名前」

「おいて、いかないで、」

「…………」

ここに運ばれてきたときからあなたのなあなたの名前を呼んでいたんですよ、と先程案内役をした看護師が言っていた言葉を頭の隅で思い出しつつ、昔からそうだったもんな、あいつは。なんて少し浮かれていた気持ちも名前を前にした途端に一気に払われた。すがって、泣いて、子供みたいな声だして。そんな風に名前を呼んだことなんてなかったくせに、なんで今なんだよ。どうして俺がいないところでそんなになってんだよ。どうして事件なんかに巻き込まれてんだよ。

清潔感を思わせる真っ白な病室で、同じくらい真っ白な服を名前はまとっていた。
連絡を受けてから明日の作戦会議と称して集まっていたヒーローたちを蹴散らす勢いでその場を離れてからここに来るまで、そう時間はかかっていなかったように思う。案内された病室へ飛び込めば、そこには嗚咽をもらしながらベッドで横になる名前の姿があった。意識はない。連絡をもらったときの相手の焦りようから、ただごとではないと分かっていたはずだ。けれどどこかで名前を見るまで、この状況を楽観視している自分がいた。それは泣きながら自分の名前を呼んでいると聞き、彼女を愛しく思ってしまったからなのか。
乱暴にベッドの横へ椅子を放って、そこに座った。それから布団をめくって相変わらず細い手に指を絡ませる。

名前と同じ症状で運ばれてきた患者も少なくはない。広場にはそれなりの人数がおり、ヒーローであるファイアーエンブレムも油断してたとはいえ能力にかかったのだ。それなりの能力者といっていい。
そんなヤツを相手に、どうしてお前は逃げなかったんだ。逃げられなかったのかもしれない。その時の状況なんて犯人以外は全員夢の中なんだから分かりはしないはずなのに、このときばかりはそう思わずにはいられなかった。他人が能力にかかっている間にでも逃げ出せばいい。そう思いながらも、名前がそんなことをしてまで逃げようとしないことも、他人の顔色ばかり伺って肩身狭く生きてきたのにも関わらず他人を見捨てることができないことも俺は痛いほど分かっている。俺が名前を中心に考えているように、名前も他人を中心に考えているのだ。全て分かっていたことだ。それなのに俺は、名前を守ることができなかった。

注意くらいすべきだった。「できるかぎり帰りは連絡しろ」「お前なんて夜道歩いてっとどっかの物好きに食わちゃうぞー」「心配させないでくれよ?」どれでもいい。なんでもいい。どうにかして彼女に伝えていればこんなことにはならなかったかもしれない。

今だって何もしてやれない。

ここから手を握ることしか、できない。

「女神伝説の模倣犯だかなんだか知らねぇけどよぉ、」

明日のジャスティスデーにはめかしてくるとか言ってたくせに、んなところで寝てんじゃねえよ。声に出しても、名前起きないことなんて分かっている。そう簡単に能力が切れるとも思っていない。あいつらをぶん殴ってから完膚なきまでに重力で潰して、それから、それから。
そうでもしないと、きっと名前が馬鹿みたいに笑って俺に話しかけることもない。もう俺のことで一喜一憂する名前を見ることも、そんなあいつを守ることも、この渦巻く感情を伝えることも、できない。

いつかのようにたくさんの粒をためながら静かに泣く名前の頬をそっと撫でてからするりとそれを降下させて、柔らかな赤い唇をなぞる。

「俺の女に手を出したのが運の尽きだったんじゃねえの」

名前と同じ症状で溢れかえる患者の魘される声も、俺を呼びに来たジュニアくんの声も、医者や看護師の忙しない声も、全てを喧騒にかえて、俺は名前の唇に自分のそれを落とした。

「すぐ迎えにきてやるからな、待ってろよ」


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ライアンちゃんくそかわいいんですけど書けません。
続きも途中まで書いて詰んでいるので続くかは未定です。