「金森くん、だいすき」
優しく紡がれた言葉に思わずその場を早足で立ち去った。ああやっぱり、と思ったのと同時に竜也の返事が気になったけどどうせ返事は決まっているのだろうから、わざわざ聞く必要もない。それなのに期待してしまう自分がいやらしくて、すごく汚く思えた。
西崎さんはすごくかわいい。ふわふわした髪質は同じ女子としてはすごく羨ましいし、笑った顔は天使みたいだと男子も話していた。話しかければ相手が誰であろうとぱっと顔を輝かせるし、前にプリントを渡すのに声をかけたときもその可愛らしい顔を綻ばせてお礼を言われ、さらには手まで握られてしまった。「椎名さんって裕介くんのお姉さんなんでしょう?」「うん、そうだよ」「いつも椎名くんに聞いてるの!自慢のお姉さんなのね!」それが私たちの最後の会話だった。
西崎さん、と呼んだ私に彼女は由宇でいいよと言って笑った。だからといって彼女に言われた通り名前で呼び直すわけでも笑って了承するでもなく、軽く笑みを残して席につく。それを見た彼女も、それ以上何も言わずに自席に戻っていった。
「あんた無愛想なのよ」とミートボールを口に放り込んで真は私を指差した。
「さすが上院の竜の幼なじみだけはあるわ。あなた美人なのにちっとも笑わないんだもの」
「笑ったほうがいい?」
「さあ。でも、無愛想な美人と笑顔のかわいい美人なら、どっちが好かれるなんて分かってるでしょ?」
「それ、西崎さんのこと?」
「まあね。さっき風助が言ってたわ。竜ったら、昨日も放課後西崎さんと一緒にいたらしいわよ」
「知ってるよ。弟から聞いてるし」
「あぁ、名前のとこの弟、竜也の弟の、えっと?」
「てつしくん」
「そうそう。仲いいんでしょう?」
「まあ、幼なじみだからね」
「あんたも愛想よくしてなさいよ、」
じゃないと竜也、とられちゃうわよ。
そうやって真と話した日のことがなんだかずいぶんと昔のことのように思えた。
私は、あんな風に笑えないよ。今にも泣き出しそうになりながら、私は駆け足で家に帰った。
*
告白を立ち聞きしたその日、西崎さんは事故に遭い、行方不明になってしまった。川に落ちたのだという。涙を流しながら話す担任に、何人かが声を上げて泣き出した。
隣の席に座っている竜也を横目で見たけれど、彼は口を詰むんだまま黙って先生のほうを見ていた。表情を変えない竜也を見て思わず「知ってたの…?」と言葉が漏れてしまう。「…昨日、帰ってこないって聞いてたんだ」と、そこで昨日、弟の裕介も様子がおかしかったことを思い出した。竜也のこともあって色々と考え込んでいて話を聞いてあげる余裕もなかったけど、もしかしたら、裕介はこのことを知っていたのだろうか。あの子もずいぶんと西崎さんになついていたみたいだし、ありえないことではない。ずいぶん目元を腫らして帰ってきたものだから、心配していた。
西崎さんは、転入したばかりであったというのに。彼女がこの学校にいた期間はすごく短くて、だけどその期間でクラスのみんなが彼女と友情を築いていたのもまた事実で。まだ季節がはっきりとしない、変わり目だったというに、川に落ちてしまうなんて。行方不明、なんて言っているけれど警察が昨晩から血眼になって探しているのに見つからないということは、そういうことなのだろう。
静かに沈みながら死んでいったのだと思うと、彼女があまりにも報われなくてちくりと胸が傷んだ。
「竜也、」
「なんだ?」
「昨日、西崎さんと一緒じゃなかったの?」
告白もされてたよね、という言葉はのみこんで昨日のことを持ち出せば、彼は驚いたように目を見開いて私を見つめた。大きな黒い瞳に私の顔が映っている。その顔がなんだか泣きそうに見えた。
「……見てたのか?」
「なにを?」
「…いや、なんでもない」
西崎とは、何もなかったよ。
うそ、好きだって、言われてたくせに。
握りしめた拳がぶるりと震えた。悲しげな顔をした竜也が「名前、泣くな」とその拳にそっと触れる。その瞬間ぼろりと大きな涙が頬をつたってこぼれおちて、スカートに大きな染みをつくった。それを合図に、今度は触れているだけだった手がが開かれて私のを包み、それから反対の手でそっと涙を拭った。
「っ、りゅ、や…」
「…擦るな、あとになるぞ」
竜也の手はやがて頬から背中へまわり、そっと抱き寄せられた。
みんなの前だとか、ここは教室だとか、そんなことは気にする余裕もなかった。とんとんと一定のリズムが背中で刻まれ、抱き締める力はだんだん強くなっていく。泣き出してしまえば簡単。昨日の裕介のようだった。
耳元で聞こえた「ごめんな、名前」という声も、悲しげに目を細めている顔も見ないことにした。
女子だけでなく男子まで涙ぐんで声を上げるこの教室で、私のを嗚咽も静かに溶け込んでいく。
ねえ、西崎さん、聞こえてる?
あなたは私の大切な人たちにこんな顔をさせて自分だけいなくなって、ずるい人よ。
ほんとうに、ずるいひと。
(そんなあなたに、わたしはなみだをながすの)
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はたして夢主を椎名姉にする意味があったのだろうか…
由宇ちゃんが人形で一度死んでいたことを、夢主は知りません。零感なので祐介くんたちのことも、地獄堂のことも気づかない鈍感さんという設定。
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