※学パロ
「もーー!ちっとも終わらないー!」
そう言って何ヵ月か前に買ったばかりのピンクのシャーペンを放り投げたのは、何度目だっただろうか。もう3回を越えた辺りから数えてないや。ついでに後ろに両手をついて仰け反り返ると、同じ机でノートに黙々とシャーペンを走らせていたシルバーが、呆れたようにこちらを見てきた。
「……お前、休憩してから10分も経ってないぞ」
「いやいや、5分頑張っただけで十分だよ!もーやだ、課題なんてしたくないよー!」
「やらないと進級できないぞ。ただでさえギリギリでしのいでるってのに、もっと難しくなるだろ」
「だってコトネとヒビキは遊んでるもん!」
「だってじゃない。あいつらは最後の一週間で地獄を見るんだ」
「……それでも、夏休みは課題のためにあるんじゃないもん」
それは結局、つまりを言うと、遊びたいわけで。
シルバーも私が言いたいことが分かっているのか、仕方ないだろとでも言いたげな表情で再びノートに視線を這わせた。
すらすらとノートに文字を書く音だけが部屋に響いた。けれども音はそれだけではなく、窓の外で忙しく鳴いている蝉の声が混ざりあっているので決して静かというわけではない。
そして壁にかかっているカレンダーはすでに8月を示していた。まったく、シルバーのせいでまだ勉強しかしてないよ、と再びそちらを見るけど彼はまだノートに夢中のようだ。本当は、だ。シルバーとたくさん遊ぶ予定を一人で計画していたりしてなくもない。
7月中にコガネ百貨店へ行ったり、近くの海へ行ったり。家で何もしないでごろごろしたり、なんてことも考えていたのだ。一応は恋人のわけだし、それなりのこともしたいわけで。なのにシルバーったら、ノートと見つめあってばっかなんだもん。
ちらり、ともう一度そちらを見てみるけど、なんの変化もなかった。彼はずっと、ノートだけを見ている。強いて言えばそこに教科書が加わったぐらい。なんにも変わってなどいなかった。
はあ、とため息も隠さず漏らしたあとに、先程放り投げたピンクのシャーペンを探すけど見つかりそうにない。あとでもいいか。どうせ夕方まで勉強なんだろうし。相変わらずのシルバーなんてもう知らないんだから。
そのままごろんと横になって今度は天井を見上げる。「シルバーなんて課題と付き合えばいいのに」結婚とまでは思わなかった私はなんて優しくてできた人間なのだろう。
「おい」
さて、一眠りでもするかと瞳を閉じて数秒。突然降ってきた声になんだと瞼を持ち上げれば、そこには先程までノートを見つめていたシルバーが、こちらを覗き込むようにして見ていた。
あまりの顔の近さにびっくりしたけれど、起き上がろうにも起き上がれない。ぴしりと固まってしまえば、何故か不機嫌を全面に出したシルバーが低い声で声を発した。
「誰が課題と付き合うって?」
「……え、なんで知って…」
「さっき声に出てたぞ」
「え!うそ!」
「嘘なわけないだろ」
えっと、と視線を泳がせるようにしてシルバーから顔を背けてからどうしたもんかと頭を悩ませる。ベッドの近くに先程投げたシャーペンが転がっているのを視界にとらえた。ああ、あんなところに飛ばしてしまっていたのか。そっと手を伸ばしてそれを掴もうとするけれど、それはシルバーの手によって阻まれる。
「…シルバー?」
「……俺が付き合ってんのは、課題じゃないだろ」
そう言っているシルバーの顔は普段とは違ってほんのりと頬を染めていて、照れるなら言わなければいいのにと思ってしまう。だけど掴まれた箇所が熱くて、体に力が入る。
はあ、と吐き出したのはどちらからだっただろうか。「しるば、」頑張って出した声もこんなに小さくて消え入りそうだなんて。
つづいて私の手を掴んでいないほうの手がゆっくりと頬を這う。その僅かな感覚に痺れて体を揺らせば、恥ずかしいのは私のほうなのに、シルバーは私以上に顔を真っ赤にさせた。
「……ばか、恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
「うっせ!構えっつったのはお前だろ」
そうだけど、と続けるはずだった言葉は音にはならず、シルバーにのみこまれた。
目を閉じる間もなく深く口付けられて、次第に潤んでいく視界の中で真っ赤になりながらも私の唇を貪るシルバーが愛しくて。
「……っん、はぁ、シル、バー」
「…っ、名前……」
いつの間にか自由になった腕を伸ばして僅かに汗ばんだ首筋に巻きつければ、シルバーはピクリと反応したけれど行為をやめようとはしなかった。むしろ先程よりも激しくなるそれを受け入れながらゆっくりと目を開き、そうして目の前に現れた真っ赤の顔を愛しながら、私は再び目を閉じた。
(僕らの夏は恋をするためにある)
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「……それでも、夏休みは課題のためにあるんじゃないもん」
それは結局、つまりを言うと、課題が終わらないわけで。
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