※君の知らない物語パロ
※無駄に長い



「今夜、星見に行くぞ」

「……………は?」

突然家にやってきた虎太は、そんなことを言ってさっさと帰って行った。驚いた私はうんともすんとも言えなかったけど、虎太の中の私は肯定を返したんだろう。帰り際の彼の顔は満足げであった。
虎太がどうしていきなりそんなことを言ったのかは分からなかったけど虎太との時間を持てるのは本当に久しぶりだったから正直、奇声を上げて跳び跳ねるぐらい嬉しかったりする。口を両手で覆ってにやにやとする私の姿を見れば、誰だって分かると思う。
小学6年にして世界第2位の実力を持つ(三つ子が入ったときはそうでもなかったらしいけど)チームにいた虎太はじめ降矢三つ子と私は幼なじみだった。彼らはスポーツ万能だったけど私は標準。できなくもなければ、特別できるというわけでもない。だから桃山ブレデターに入った彼らと距離が開くのは当然のことなのだ。
そしてつい先日、彼らの所属するチームは世界大会で準優勝という成績をおさめた。小学6年生のチームであったため彼らは解散となるのだが、周りの人々はそれを残念がった。なんたって世界大会で準優勝のチーム。それは今のメンバーであったから成し遂げられたことであり、誰か一人でも欠けていたらきっと準優勝なんてできなかった。そんな彼らの今後の活躍は、できれば準優勝を果たした桃山プレデターで見たい。だけど、それはならないのだ。私って残念に思っている。それは本当だ。けれど、もうチームの練習がないのだと思うと正直嬉しいのだ。また三つ子と、虎太と遊べる。何度も言うが彼らは小学6年生の夏に世界第2位のチームとなった。そこまでの実力を手にするために、血の滲むのうな練習をしたに違いない。事実そうであった。彼らは遊び盛りの小学6年生の前半を全て練習に費やしたのだ。もともとそういう家庭ではないけれど、家族と旅行なんてしていないだろう。つまり私なんかとは、一度も遊べていないということだ。だから何年間も彼に片思いを続けている私には、虎太からの誘いは天からの贈り物だった。きっと何ヵ月も我慢した私へのご褒美なんだ。

「お母さん、今晩虎太と星見に行くから!」

私のうきうきが伝わったのか、お母さんは少し驚いたようだったけれど「虎太くんと一緒なら安心ね」と言って笑った。虎太と天体観測だなんて、夢みたい。部屋に戻ったあとも一人胸を踊らせて、窓から隣の家を覗く。三つ子の部屋のカーテンは閉まったままだった。


*


ちょうど夕飯を食べ終わったときに、虎太が再び家に来た。夏だからそんなに寒くはないけど、昼間に比べてひんやりしている。半袖短パンで玄関に向かったら、「そんなんだと風邪引くぞ」と虎太に薄手のパーカーを着させられた。お母さんに見送られ、私たちは外に出る。外のひんやりとした空気がパーカー越しにも伝わってきて、思わず身震いする。

「寒いか?」

「へーき」

それより虎太のほうが寒いんじゃないの。虎太が着てきたパーカーは私が着ちゃってるし、袖がないタンクトップから折れちゃうんじゃないかってくらい細くて、だけどしっかりと筋肉のついた腕が覗いている。見るからに寒そうだ。だけど虎太はまるで心配するなとでも言うように私に背を向けて、一人で歩き出してしまった。「ま、待ってよ!」ここでのろのろと走る私を待っていてくれるところが、虎太が竜持や凰壮と違うところのひとつだと思う。昔は三つ子のあとをくっついていた私を三人とも待っていてくれたけれど、きっと今は「のろまですねえ」とか「早くしろよブス」とか言って待ってくれないに違いない。ブスは言われたことないけど、口の悪い凰壮なら言いそうだ。あれ、腹が立ってきた。そんなことを考えながらやっと虎太のもとへたどりつくと、虎太は再び歩き出してしまう。今度は先に行かれないように私も彼の隣を歩いた。

「虎太、」

「ん?」

「なんで星なんて見に行こうって言ったの?」

「……」

「……」

「…今日、」

「うん」

「言いたいこと、あるから」

言いたいこと?思わず復唱して聞き返すも、虎太は何も言わなかった。言いたいことってなんだろう。世界大会で準優勝しましたとか?でもそれは新聞やニュース、そしてご近所さんの噂でいくらでも知りえることだろう。じゃあもしかして恋人できました、とか。あ、今自分で言ってすっごく傷ついた。恋人。虎太に恋人。三つ子の中で一番そういったことに疎かった虎太に恋人。私の知らない女の子と並んで歩いて、手も繋いでて。私の気持ちなんて知らない虎太は薄くだけど幸せそうに笑っている。途中で恐ろしくなって妄想するのをやめたけど、もし虎太の言いたいことが恋人できましただったらショックで倒れるどころじゃすまない。なんたって私はずっと虎太に片思いしてきたんだから、苦しくて死んじゃうかもしれない。そう考えたら心臓をわしづかみにされてるみたいな感じになった。ようは胸がすごく痛い。あ、これ胸大きくなる。なんていうギャグすらも出なかった。

「名前、着いた」

「あ、うん」

考え事に没頭していたからか、気づけばすでに街中を離れたところにある丘の上だった。かといって桃山町は田舎ではないから丘の下は住宅街が広がっている。たしかここは森林公園の私有地で、夜中は入っちゃいけないはずじゃなかったっけ。鍵とかかかってなかったのかな。ちらりと虎太のほうを見たら、それに気づいたらしい虎太もこちらを見て「昼間のうちに入れそうなとこ探した」 と大したことないとでも言うように言った。「ていうかさっきも言った。聞いてなかったのか?」と続けて言うから、素直に謝った。

「ごめん、考え事してた」

「なんだ、考え事って」

「い、いや、それこそ大したことないから」

「そうか。…あ、流れた」

「え!どこ!?」

無意識に伏せていた顔を勢いよく上げて、夜空を仰いだ。たくさんの星が空をうめつくさんばかりの勢いで輝いており、その合間を光線が駆けめぐる。わあ、とつい声が漏れた。子供の頃に絵本で読んだ星の雨の話の描写に似ている。女の子が星の雨の一部を小瓶につめて、お母さんの病気を治すために小さな体を一生懸命に走らせるんたんだ。なんだか懐かしい。そういえばこの話は虎太と一緒に読んだんだっけと隣を見れば、きれいな赤い瞳を細めて虎太がどこか遠くを眺めていた。

「(虎太、きれい)」

両手をポケットに入れて虎太はただそこに立っているだけなのに、すごくきれいに見えたのは何故だろう。いつの間にか大人になったな。私も虎太も。好きなお菓子が売り切れだったり嫌いなピーマンが夕飯に入ってたりしたら頭にくるからきっと周りに比べたら私はまだ子供なんだろうけど、二人で星の雨の話を読んだときや三つ子との距離を気にしはじめたときに比べたら、いくらかは大人になったと思いたい。大人の階段とやらを一段上ったくらい。一段でもかなり違う。私はたった一段で大きく変わるのに、虎太の一段とは比べものにならない。私の決死の一歩は、虎太にとっての三歩くらい。だから虎太が急に大人になったみたいに感じるのかな。もうずいぶんと会ってなかったように思えてならない。いや、実際そうなのだけれど。
私がこんなにも悩んでいるっていうのに、虎太はちっとも気づいた様子もなくただ流れる星たちを見続けた。「落ちてきそうだな」そとそも流星っていうのは地球の大気に突入した宇宙塵が燃焼または発光したものであって、私たちの手元に落ちてくるなんてことはありえない。あったとしてもそれは発光した宇宙の塵というただそれだけのもの。きっと虎太が望むようなものではないし、私が感動できるものではないのだ。なのに虎太は、こういうところだけは子供なんだから。「へへ、虎太ってばこっどもー」さっきとは形勢逆転だねって言っても、虎太は私の考えていることなんて知らないから言ったりはしない。「?、どういうことだ?」とかなんとか言われるだけだもん。

「子供なのはそっちだろ」

「そうだよ、私も子供」

「…なんか、お前成長したな」

「虎太、言ってること矛盾してるよ?」

子供って言ったり、成長したって言ったり。よく分かんないって。

「名前、」

ふと、今まで話していた声とは違う落ち着いた声が私の名前を呼んだ。
ここには私と虎太しかいないのだから私を呼んだのは虎太しかいないのだけれど、雰囲気ががらりと変わってさっきよりも大人びたように感じられる。ちょっとびっくりして虎太のほうを向いたら、思っていたよりも真剣な顔をした虎太がこちらを見ていた。
なんとなくだけど、虎太が私をここに誘った理由、虎太が私に言いたいことを今から言うのだと分かった。恋人の話かな。嫌だな、もしそうだったらどうすればいいんだろう。どくんどくんと動悸が早くなる。虎太に恋人ができるのは嫌だけど、このまま何も言えないで終わるのはもっと嫌だなあ。なら先に言ったもん勝ちとかなのかな。握った拳がじわりと汗ばんだ。

「名前、俺…」

「ままま、待って!」

「…なんだよ」

「私もね!虎太に言いたいことがあるの!だからさ、私が先に言っちゃだめかな…?」

「だめだ」

「即答!?ね、お願いだから虎太ぁー!」

「俺が先に言いたいことがあるって言った」

「それは分かってるけど、虎太、あのね、」

「俺が先に言う」

一向に譲らない虎太を無視して先に言ってしまおうかとも思ったけど、なんたって生まれてはじめての一世一代の大告白なのだからなかなか言い出せない。「う、えっと、」つまる私を無視して、先にその胸の内を打ち明けたのは虎太であった。

「――――俺、スペイン行くことになった」

さぁあっと木々の隙間を風が吹き抜けた。今、なんて言ったの、虎太。スペイン?スペインってあのスペイン?誰が?虎太が?わけがわからない。なんで虎太がスペインに行くわけ?

「この間の大会見てたチームにスカウトされた」

「…サッカー留学ってこと…?」

「ん」

冗談だよね?呟くようにして問いかけても、 虎太は「嘘じゃねえ」といたって冷静に言葉を返した。さっきまで想いを伝えようと一生懸命言葉を選んでいたのに、その言葉さえも忘れてしまった。
ここで私が虎太に抱きついて「行かないで」とひとこと言えば、彼は「分かった」と頷くだろうか。否、虎太はそんなことをしない。たかが幼なじみの私にとめられたって、自分の夢を絶とうとはしない。それが幼なじみと恋人の違いであった。恋人だったら、虎太は考えてくれる?結果はどうあれ、行くことを悩んでくれる?今想いを告げたらあなたはどうする?

「…こ、た、わたし…」

「なんだ?」

「――――……なんでもない」

サッカー留学、できてよかったね。ちゃんと笑えたかは分からないけど、虎太はきれいな夜空を見上げたみまま「おう」と短く返事をした。

「で?」

「え?」

「お前、なんか言いたいことあったんだろ」

「あ…うん、」

「……」

「……、…今日はありがとう。誘ってくれて嬉しかった。」

私の言葉にまた同じように短く返事をした虎太は、「なんか、名前にはちゃんと言わないとと思って」と嬉しくも残酷なことを口にした。「ありがとう、嬉しい」これもさっき言ったことだったけど、アリガトウとウレシイ以外に言葉は出てこない。必死に顔を強張らせて涙がこぼれ落ちるのを耐えた。

「そろそろ帰るか」

「そうだね」

結局私は、何も言えなかった。
虎太がスペイン留学すると言ったあの瞬間になんだか失恋が確定されたみたいで虚しくなった。虎太はきっと私の想いを受け入れてはくれない。私なんてただの幼なじみとしてか見てないんだ。帰り道、行きは嬉しさに胸を踊らせていたはずなのに、帰り道は気分が落ち込んでならなかった。暗く静まり返った住宅街に私と虎太の足音だけが響く。虎太は私を家まで送ってくれたけれど、その気づかいが今は苦しくて痛い。「じゃあな」「うん、ばいばい」パタンと閉まった扉の向こうから聞こえていた虎太の足音がだんだんと遠のいていく。完全に聞こえなくなったその瞬間、私はその場に座り込んで静かに泣いた。虎太の家は隣だから、声を上げたらばれちゃう。嗚咽を漏らしながら、たしか星の雨の話もお母さんの病気は治らないで死んでしまうんだったと結末を思い出した。女の子も空を仰いで声を張り上げて泣くんだ。私の頭上には天井しかないけど、とても声を張り上げるなんてことはできない。女の子と比べても結局私は子供なんだと、すごく悲しくなった。