「っわ!」

「危ない!」

腕をぐいと引っ張られて、崩れかけていた体勢を戻す。とっさのことで瞑っていた目を開けば、チェレンさんの顔がこちらを覗き込んでいた。

「名前、大丈夫?」

「は、はい!ありがとうございます!」

赤くなった顔を隠すように下を向く。恥ずかしい、チェレンさんに助けてもらっちゃった。情けないはずなのに掴まれていた箇所がすごく熱くて、顔の赤みを促しているみたい。よかった、と優しく笑って歩き出す彼の後ろを今度は足元に注意しながら歩いた。

チェレンさんはトレーナーズスクールの先生でもあり、ヒオウギシティのジムリーダーでもある。
また二年前、このイッシュ地方を救った人の幼なじみで、彼もまた共に闘った仲間なのだという。そんな凄い人のいる街で育った私は幼なじみのヒュウと一緒に旅に出て、チェレンさんをはじめ様々な人に出会い、先日四天王とチャンピオンを倒して殿堂入りをしたばかりであった。その後家に顔を出し、カノコタウンへ向かっている途中でヤグルマの森へ立ち寄った。その際にチェレンさんに声をかけられ共に森を調査することになったのだけれど、好きな人と森の中で二人っきりという状況に頭がついていかず何度か足をもつらせてしまった。その度に彼は腕を掴んでくれる。嬉しいと思うのと同じくらい申し訳なくて、もう二度と転んでやるかと細心の注意を払う。だけど隣を歩くチェレンさんばかりに意識がいってしまうのだから、足元がおろそかになってしまう。チェレンさんの話だって、緊張しすぎてろくに聞けていない。ああどうしよう。話の内容も周りのポケモンのことも何も頭に入ってこないや。

「―――…って、どうかした?」

「え!あ、いやっ!えっと…」

あんまりにもチェレンさんがかっこいいからつい、なんてことは口が裂けても言えない。すみませんと話の続きを促すようにして言えば、チェレンさんはふっと視線を落とした。あ、まずい。そう思ったときには、彼は優しい笑みを浮かべて口を開いていた。

「その人、すごく無鉄砲なんだけど結局なんとかなっちゃうからすごいんだよね」

「そう、なんですか」

「うん。僕にはない強さと優しさを持ってる、いいトレーナーだったよ」

今どこで何しているか分からないんだけどね。
ずきり。痛む胸を無理矢理押さえつけた。チェレンさんがどこか遠くを見つめて、イッシュを救った彼の幼なじみに想いを馳せる。誰にも見せたことないその表情に、彼がどんなに幼なじみを想っているかを痛感させられる。好きなんだな、その人のこと。私がチェレンさんを好きなように、チェレンさんもその人のことが好きなんだ。
旅先で会う人みんなが私を見て、知らない人の名前を呼ぶんだ。そのあとにすぐ謝って、2年前にイッシュを救ったトレーナーに似ていると口を揃えて言う。チェレンさんの好きな人に似ている。嬉しいはずなのに、そのトレーナーには勝てないと言われてるみたいで苦しくて泣いてしまいそうだった。私だって、イッシュのために頑張ったのに。

「連絡はないんですか?」

「たまにくるくらいだよ。まだ見つからない、って言ってね」

「見つからない?」

「……友人をね。探しているんだよ」

チェレンさんを置いて何をしているのかと思えば、そんなこと?私だったらそんな理由でチェレンさんを置いていかないのに。少しでも一緒にいたいから、離れたりしないのに。

「(……あ、そっか)」

なんだ。そっか。簡単なことだったんだ。それに気づいた途端、神様はなんて残酷なのだろうとも私たちは一生報われないとも思った。だからこの関係に、終わらない一方通行の愛に、終止符を打とうではないか。

「その人、探してるご友人が大好きなんですね」

無垢という面をつけて、私はチェレンさんににこりと微笑んだ。一瞬酷く傷付いたような表情を見せるも、彼はすぐに笑って「そうだね」と言った。ふっと息をついて別の話題を切り出す。ヤグルマの森のこと、プラズマ団のこと、ゲーチスのこと。それでも時折見せる悲しそうな、だけど愛しそうな表情に今度は私が泣きたくなって、足元にある石ころを蹴りだしたのだった。


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つまり、主人公(BW2)→チェレン→主人公(BW)→Nというわけです。そこにヒュウ→主人公(BW2)がきたら、みんな報われなさすぎて悲しいですね。好きだからいつか書きますけど。