太陽は見えないんだね、と呟いた私の言葉を聞いていたのか、カイルくんがゆっくりとこちらを向いた。

「そういや何年も見てねぇや」

「あれのせい、だよね」

空を覆いつくすようにして佇む何かを指差せば、悲しげに頷くカイルくん。この子に、子供達に日の光を見せてあげたい。私はつい数週間前まで日のあたる場所で生活していたけれど、彼らはもう何年も前からこんな生活をしているのだ。運動場や娯楽施設はあるから不自由はないらしいが、やはり外で思い切り遊びたくなるのが人情というもの。彼らは19歳でとても強いけど、それでも社会人に比べればまだまだ子供なのだ。なんて、高校生の私が言うのもおかしいかもしれない。

「名前んとこの太陽はきれいか?」

「きれいだよ。カイルくんみたいにきらきらしてる」

「…名前って恥ずかしいことさらっと言うよなぁ」

カイルくんが照れ臭そうに笑う。その姿が私の知っているカイルくんそのもので、なんだか嬉しくなった。

「そんなんで照れてちゃ彼女できないよー」

「……それ本気で言ってる?」

どっと低くなった声にびくりと肩を揺らし、空を仰いでいた手を引っ込めた。先程まで普通に話していたのに、もう話してもらえないんじゃないかと思うぐらいに冷たい声。
だけど、今のは明らかに私が悪い。"根"での生活は決して楽なものではないはずだ。世界が滅亡しているこの状態で彼女なんてつくれるはずがない。フブキさんやイアンさんもつらい思いを乗り越えての結婚であったはず。だけどカイルくんは、アゲハに会いたい一心で強くなったんだ。そんな彼に彼女だなんて、全く失礼な話ではないか。

「ご、ごめん、不謹慎だよね…」

今の状況に対しても、カイルくんに対しても。
顔を見ることもできずに俯いて言えば、はぁとため息が落ちてきた。

「名前は分かってねぇから質わりィよ」

「え?」

「俺言ったよな?名前が好きだって」

「……し、らないよ」

横目でカイルくんの顔をちらりと見れば、日の光が見られないと話していたときよりもずっと悲しい顔をしていた。きゅっと締め付けられる胸の痛みに気づかない振りをして、笑顔を張り付ける。

「名前、」

「わ、私だってカイルくんのこと好きだよ。カイルくんだけじゃなくて、シャオくんやマリーちゃんやフーちゃんにヴァンくんも…」

「名前!」

名前を呼ばれたかと思えば、がっと肩を掴まれる。大きな手に、鍛え上げられた逞しい体。つい最近までは私が抱き上げていたその体は、もう私すら楽々と担ぎ上げてしまうのだろう。そう考えると、ますます怖くなった。

「名前の中じゃ俺は子供かもしれない。」

「………」

「子供にこんなこと言われて嫌なのは分かってる。だけどそれでも、名前が好きなんだ」

「っ、カイルく…」

「名前は俺にとってただの姉ちゃんじゃないんだよ」

両肩にあった手が背中に回され、ぎゅっと体を寄せられる。ああ私はこれを望んでいたんだと思えば思うほど、涙がとまらなかった。
私は多分、カイルくんが好きだ。
彼のいう男女の関係を意識したことだってあるのだと思う。だけど私にとっての現代でカイルくんはまだ子供。こうして私を求めてくれるカイルくんは、未来にしかいない。そんな彼に自分の気持ちを押し付けるのはおこがましくはないだろうか。
未来が変わって、カイルくんに好きな人ができて結婚して子供ができて。幸せの道をたどる彼を、私は応援できるのだろうか。否、そんなことできない。だったら今、彼の気持ちに応えることはできないはず。

「俺の、どこがダメ?」

「だっだめなんかじゃない!」

それでもカイルくんに似合う人は必ず現れる。私なんかじゃなくて、もっときれいな人が。
血にまみれたこのゲームとは無縁で、生き物を殺めたことのない、両手を血に染めたことのない、かわいくてなにより気がきいて、私のようにカイルくんを心配させないような人が、彼に一番似合っている。

「つき、あえない」

「…………」

「カイルくんには、もっとお似合いな人が……――!」

ばっと体を押せば、今度は簡単に離れる。だけど口に残る感触は残っていて、それがキスなのだと気づくのにそんなに時間はかからなかった。

「お似合いって、なに」

突然キスされて、しかもはじめてだったのにと思っても、怒りは出てこなかった。それは相手がカイルくんだったり、私の中で恋心が芽生えていたり。理由はたくさんあると思う。それでも普通は私が怒る立場ではないだろうか。自分を偽っていても、私は彼からの告白を断っているのだ。そんな私にキスをするなんて、やっぱりおかしい。
だけどカイルくんは、つらそうにこちらを見据えていた。

「俺が誰と付き合うとか、名前が決めんの?名前が勧めた人じゃないと付き合ったり、キスしたりしちゃいけねーの?」

「それ、は…」

「そーゆーのって、全部俺が決めるんじゃない?」

「そうかもしれないけど!私はカイルくんと付き合っちゃだめなんだって!」

「だからなんで」

「私が現代で生きてるから…」

そこまで言って、はっと口を押さえた。もしかして私、余計なこと言った?カイルくんが未来に生きてて、私は現代に生きてて。付き合ったらお互いに苦しいからやめておこうって、それって結局私がカイルくんに好きだって言ってるようなものじゃない?

「そんなの関係ないし!」

ぱっと明るくなったカイルくんが、再び私を抱き締める。
やはりさっきのは失言であったみたいで、ぎゅうぎゅう体を締め付けてくる。好きだってこと、ばれたんだろうな。だったらカイルくんの勝ちだ。私は今までの経験上、カイルくんに押しで勝ったことがない。

「未来とか現代とか、関係ねぇよ!」

「関係大ありだよ…」

「好きって気持ちがあれば、だいじょーぶ」

にっと笑ったその笑顔が、今までのどの笑顔よりも素敵に見えた。
その笑顔にすがるのではなく、応えたいと思った。
もう、いいかな。私が腕を回しても、カイルくんは拒絶したりしないかな。恐る恐る回した手に気づいた途端、さらに力を込められた。

「カイルく、ん……くるし…」

「あーもー名前超好き。ずっとそばにいてほしい」

「…それは、」

「分かってる。名前がゲームで仕方なく現代と未来を行き来してるだけで、落ち着いたら帰っちまうことも。だからさ、」

現代の俺ばっかじゃなくて、たまにでいいから俺んとこにも来て。となんともかわいらしいことを言うカイルくんの胸板に頬をすりよせて、「毎日会いたい」と呟く。
するとやっぱり力を込めて抱き締めてくるものだから、幸せを胸に閉まって今は思いっきりカイルくんに甘えた。