「お前、最近変な男たちとつるんでるらしいな」

どきりと跳ねた心臓を隠しつつ平然としていなくてはと思えば思うほど、私の動きは挙動不審になっていく。書いていた日誌の手をとめ、私と美咲しかいない教室のカーテンを開け、ああ今日は野球部が練習しているななんて場違いなことを考える。一連の動作を見ていた美咲の目が早く答えろと私に訴えかけていた。

「…なんのこと?」

「とぼけんな。昨日うちの母親が見たんだよ」

美咲の述べる男たちの特徴が、それを真実だと告げている。たしかに昨日は盛り上がりすぎてしまい帰るのが遅くなったため、草薙さんを筆頭に十束さんや尊さんまでもが私を送ってくれたのだ。そこを美咲のお母さんに見られていたなんてと昨日の自分の行為を悔いた。

「だから、私は何も知らないよ。見間違いじゃないの?」

「んなわけねぇよ。茶髪みたいのがやたらとべたべたしてたって言ってたし」

「…やっぱり見間違いだよ。私にべたべたする人なんていないし、」

「ふざけんな!」

静かな教室にガタンと大きな音が響く。何をそんなに怒っているのだろう。私が誰とつるもうが私の勝手なのではないか。そう思っても言えないのは、今まで美咲をはじめとする八田家の皆さんにたくさん迷惑をかけたからだ。けれども私の居場所を奪われたくないという思いもまた強く、自分から認めることはできない。

「ふざけてない。じゃあ美咲のお母さんが見たのは本当に私だった?その証拠はあるの?」

「証拠なんてねぇよ!」

「だったら私が見間違いだって言うんだから、そうに決まってる。第一暗かったんでしょ?説教するなら、もっとちゃんと見てからにして」

再び日誌を書こうとシャーペンを握り直せば、ふと美咲がこちらを向いているような気がして顔を上げる。

「……なに?」

「俺、暗かったなんて一言も言ってねぇんだけど」

握っているシャーペンが手汗で滑る。ここでこそ平然を装い、やりすごさなければとぐっと体に力を込めた。

「そうだっけ?」

「あぁ」

「ごめん、話の流れから夜かなって」

「名前、」

「本当に誰ともつるんでないからさ」

「名前!」

たしかに美咲は、暗かったなんて言っていなかった。これは完璧に私のミスである。だけどまだ修正できる範囲なのもまた事実。修正するならば今しかないと美咲の話も聞かずに一方的に話せば、強く名前を呼ばれ、腕を掴まれた。

「美咲」

「……」

「私、何もしてないよ。美咲が心配するようなこと何もしてない。」

「……お前の噂、聞いた」

「…そう」

先程までは不機嫌そうな顔をしていたのに、今の美咲はなんだか泣き出してしまいそうな弱い顔をしていた。美咲のいう噂を思いだし、はぁとため息をこぼす。ろくな噂がないなと自重するが、それが真実であることにも変わりはないのだから何も言えない。

「お前は変な力があるとか、」

「うん」

「夜中に徘徊して遊びまわってるとか、」

「うん」

「どっかの組織の男らに体売ってるとか、」

「それはうそ。体なんか売ってない。」

みんなはそんなことしない。そう言って掴まれていた腕を振りほどき、逆に美咲の腕を掴む。
なんでそこだけ否定するんだと声を荒げるのも無視して、手にぎゅっと力を込めた。

「みんな優しいんだよ。こんな私を仲間にしてくたし、一緒にいてくれた。それに、たくさんの大切なことを教えてくれた。」

「…名前…」

「みんなのこと悪く言うなら、いくら美咲でも怒るよ。」

これは自分で認めてしまっているようなものだなと頭の片隅で考えて、そっと手を離す。あんなに否定していたのに結果嘘をつかれていたと分かったのか、美咲が眉間に皺を寄せて俯いた。
なんだかんだいって私を心配してくれているのは分かっているし、とても嬉しい。だけどそれに応えてあげられないのだ。今まで自分のために生きてきた私が誰かのために何かをする。そういう目に見えない何かを教えてくれるのは、美咲から吠舞羅のみんなに変わった。迷惑をかけてしまうのも、これからは吠舞羅だけにしよう、なんて、私はただ美咲から逃げているだけ。これ以上私で美咲を苦しめたくないから吠舞羅に逃げるのだ。美咲のために何ができる?それは私が彼から離れること。たくさんの迷惑は、まず私が離れることで返せばいい。それから何をすればいいかを考えて、一生かけて返していこう。

「……名前」

「ん?」

「タンマツ、鳴ってる」

何も話すことのできない張りつめた空間を裂くように、私のタンマツが場違いな音を立てた。だけど美咲もそのおかげてつまっていた空気から解放されたようだ。先程よりも幾分か余裕があるように見える。そんな状況を打破してくれたタンマツを手にとりディスプレイを確認すれば、この間登録したばかりの『草薙さん』の文字と着信を知らせるランプが光っていた。
電話に出ることに一瞬戸惑ったが、どうせ美咲は間接的にしても彼らのことを知っているのだと、いつも彼の前ならとらないはずの電話に出た。

「もしもし、」

『あ、名前?すまんけど、こっち来るときに買い物頼んでもええか?』

「はい。いいですよ。」

『ほんまか!ほなら買い物リスト、タンマツにおくるさかい、確認してや』

「了解でーす」

『バーで待っとるで。』と言い残し通話は切られる。これは急がないとと足早に帰り支度をすませる。

「美咲、先帰っていいよ」

「なんで」

「用事ができたの。日誌もまだあるし、」

切ったばかりのタンマツを指差させば、美咲でいう私がつるんでる変な男たちからの用事なのだと悟ったらしい。舌打ちをして鞄を持つ美咲を眺めながら、日誌の最後の欄を書きはじめる。直後タンマツが草薙さんからのメールを受信したが、今度はすぐには開かなかった。

「名前、」

「なに?」

「俺は、いつでもお前の味方だから」

扉の前から聞こえる言葉に、無性に泣きたくなった。美咲は「じゃあ、また明日」と言い残してそのまま廊下に出た。廊下を歩く音が、私から美咲が離れていくように感じる。そうなるように仕向けたのも私であり、全て悪いのも私なのに、こんなに悲しい思いをしているのはおかしい。だけど溢れる涙もどうしようもないのだ。

「…っ、ごめ、美咲っ…」

ちくちくと痛む胸を涙で洗い流せたらいいのにと矛盾したことを考えながら、静かになった教室で一人流せるはずもない痛みを抑えた。

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長編もどき。八田が吠舞羅に入る前の話。