全身が悲鳴を上げているのを無視して立ち上がれば、再び受けた衝撃によって数メートル先まで吹っ飛ばされる。痛い痛い痛い。もう身体も心もなくなってしまえばいいのに。なんて考えている間にもアゲハは私やみんなを庇っているのだ。ただじっと死ぬのをまつなんてできない。アゲハ一人に苦痛からなにから全てを押しつけて、とそこまで考えて立ち上がる。アゲハに当たる前になんとかしなくちゃ。でまどうすればいいのか分からなくて、いつもは使わないはずのPSIを発動させてしまった。

「っ、名前!」

現れた透明の板に跳ね返されて攻撃はドルキに返る。だけど彼はそれすらも跳ね返して私にめがけて衝撃を飛ばした。アゲハの声に応えられないまま衝撃波とともに岩に打ちつけられて、口内どころか内臓まで破けてしまったみたい。痛くて、泣きたくて。でもアゲハが立っているうちは死ぬなんてできなくて。だから私は立ち続けている。桜子も飛龍くんもカブトくんも朧さんも守れなかった。今はアゲハしかいないんだ。助けなきゃ、アゲハだけでも。痛くてもつらくても泣きたくても、みんなを守れなかった私にはそんな資格もない。

「名前!!」

「大丈夫、私は大丈夫だから」

平気だよなんて言って笑えば、アゲハは顔を歪ませて私の手を握った。

「もうお前、ここから動くな」

「……なに、言ってんの?」

「あとは俺が何とかする。だから、お前は早くゴールに…」

「さっきから何言ってるの!!」

「名前、」

「だってっ…!アゲハを置いて逃げるなんて…!!」

見殺しにするなんて、できるわけない。そう続くはずだった言葉は先程も受けた衝撃波によって遮られた。
刹那アゲハの泣き叫ぶような声が聞こえる。はっとなってそちらを向けば、血の気が引くのを感じた。

「アゲ、ハ…?」

膝を押さえて唸りながら横になってて、それを見みた私の中で何かが溢れた。膝下から何もない。立てない。ドルキが近づいてくる。アゲハは立てない。足が、ないから。

「アゲハ!!」

近くに駆け寄ってマテリアル・ハイを発動させる。攻撃からアゲハを守るようにして張られたそれに、ドルキが顔を歪ませるのが見えた。いやらしい笑みに背筋が凍る。

「名前……逃げろ、」

「……できない」

「逃げろっつってんだよ!!」

「できないって言ってるでしょ!!」

大丈夫だからと続けて話すアゲハがなんだか遠くに感じられて、次々に涙が溢れだす。ドルキの一歩がやけに大きい。震えてしまいそうだ。でもアゲハだけでも逃がさないとと頭をフル回転させる。そんな中でも頭の隅で出てきてしまう彼は、私の中で大きく膨れ上がっていて。
両親やエルモアさんのこともあるけれど、私の全てを受け入れてくれたのには泣きそうになった。なんて、まだ幼い子供の彼にそんなことを言うのはおこがましい。

「…っ、カイルく…」

小さく吐かれた私の嘆きに、気づいてくれる人なんているわけがない。
もうだめだと身を固めたとき、予想通りマテリアル・ハイが破られる。ドルキが近くまで来たんだ。アゲハを逃がすためにPSIで遠くに飛ばしてしまおうと決意する。けれど振り向いた私の目に入ったのは、唖然と驚愕と安心を含んだアゲハの顔であった。

「……アゲハ…?」





「…はぁー。ったく、名前はアゲハアゲハって……そんなにアゲハがいいのかよー」



聞こえた声に息がつまる。まさか、彼がいるわけない。だってここは未来で彼らは死んでしまっていて。私が望むものなんて何一つ残ってないこの世界で彼の、カイルくんの声が聞こえるなんてことは、

「名前」

背中に温かみを感じて首だけ振り向く。背後から回された腕が腹周りに優しく、だけど力強く巻きついている。懐かしい。そう思ったとき体を回転させられ、彼と対峙するような形をとらされた。

「…カイル、くん…」

「……名前、待たせてごめん」

幻だよね。カイルくんは死んじゃってて、生きてるわけないんだよ。私が弱かったからカイルくんを死なせちゃったんだ。私のせいなんだ。だからね、カイルくん。私がこんな幸せな幻見ちゃいけないんだよ。
今まで溜めていたものを吐き出すようにそう言えば、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。不機嫌そうに口を尖らせる仕草を見て、幻だと分かっていても溢れる涙をとめられなかった。

「…でも、ね、カイルくん」

「………」

「すきだよ、すき。すきなんだ、カイルくんが一番すっ……!?」

「……ばか名前」

私が知っているカイルくんよりはずっと逞しい体が、私をゆっくりと包み込んだ。

「幻なんかじゃない」

「……カイルくん…」

「俺は名前のせいで死んだなんて、そんなことない」

「でも…!」

「名前のおかげで、今の俺がいる」

「私の、おかげ…」

「言って、名前。助けてって。好きだって。会いたかったって」

「っ、好きだよカイルくん!会いたかった、一緒にいたかった、離れたくなかった!」

「だから、」と小さく呟いた声さえもカイルくんはちゃんと聞いていてくれた。私の次の言葉にただじっと耳を傾けてくれている。

「たす、けてっ…」

「おう!まかせとけ!」

間髪入れずにあの太陽のような笑みと力強い肯定が返ってくる。こんなにも幸せになったことはないと再び涙を流せば、彼は目尻の涙を拭っていた。

「俺だって会いたかった。ずっと、子供のころからずっと名前が好きだった。だから強くなった。守りたかったんだ、名前を」

少し待ってて。すぐに戻ってくるから。
そう言ってドルキに向かっていく彼の背中に、私は小さく、だけど心からの笑みをこぼしたのだった。

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カイルは別格のイケメンだと思います。