イザシズ | ナノ








「愛してるから 俺に殺されてよ シズちゃん」


肩に痛みが走ったと同時にその声が聞こえた。
振り返れば知った顔で捻り潰してやろうと手を伸ばしたところで身体が地面に吸い寄せられてしまった。


「平和島静雄は死ぬんだよ!ここで!俺の手によって!!ははっ!あははははははははは!!」


その声の持ち主は嬉しそうにクルクルと回っていたがピタリと動きを止めて静雄の前にしゃがみ込み、顔を持ち上げる。
目が霞んで認識出来たのは歪んだ笑顔と真っ赤な瞳だけ。
何かが唇に当たりちゅっと音がした。
それでキスをされたのだと静雄は理解する。


「ねぇシズちゃん、結婚しよ」

「愛してる あいしてる アイしてる アイシテル」


耳元で囁かれ、愛されるなら良いかと静雄は意識を飛ばした。


街では平和島静雄は折原臨也に殺されたという噂が駆け巡った。
それも最初だけで今では初めから平和島静雄が居なかったかのように
何事も無く日常を刻んでいる。










静雄は臨也と暮らしていた。
首輪をつけられその先はベッドヘッドへと繋げられベッド周辺にしか移動出来ない様にされながら。
普通の暮らしではないのだが静雄は段々この生活が日常化し始めていた。
否、もう日常となっている。
黒いベッドしか置いていない部屋で臨也に愛される暮らしが日常だ。
ベッドの上でゴロゴロしながら臨也を待つ。
非常に退屈な毎日ではあるが帰ってきてくれればそんな事はなかった。
愛してると言われる毎日は幸せで。
愛してると言う毎日は幸せで仕方なかった。
愛してると言えるのは心の中で今まで言葉にした事は一度もないのだが。



「ただいまシズちゃん」
「おかえり臨也」


ベッドに突っ伏していた静雄は顔を上げ嬉しそうに笑う。
それに釣られて臨也も笑顔になった。
起き上がりベッドの端に座って抱きしめろと言わんばかりに両腕を広げれば
それに誘われるように臨也が静雄の身体を抱きしめる。
ああ、なんて幸せなのだろう。
臨也の胸元に耳を当てればトクトクと生きている証拠の音が聞こえる。
嗚呼、愛おしい愛おしい。この音が、この温もりが、全てが。
そんな幸せを噛み締めていれば急に離れてしまわれ「…あ」とつい声を上げてしまった。


「そんな寂しそうな顔しないでよ」
「…だってよ」
「ごめんね、でも仕事しなきゃシズちゃんと一緒に暮らしていけないんだ」
「解ってるけど…よ…」


臨也のコートの裾を掴んで見上げれば頭をポプポプと撫でる。
そうそう、シズちゃんに渡したいものがあって。とコートのポケットを探り出す臨也に静雄はコテリと頭を傾けた。
出てきたのは小さな箱で
なんだ?と聞けば、開けてみて。と渡される。


「きっと喜んでくれると思うんだ」
「………」
「俺の給料三ヶ月分…と、言いたいけど生憎そんな良いもんじゃないんだ。その代わり俺とお揃いだからガマンしてね」
「臨也…これ…」
「帰ってくる前に気がついたんだけどさー俺、シズちゃんからの返事貰ってないって」
「…え?なんのだよ?」
「……」


静雄は再びコテリと頭を傾けた。
手を額に当てハァーと大げさに溜め息を吐き出し静雄の手の中から小さな箱を取り上げた。


「おい!」
「えーだってーシズちゃん意味が解ってないとかホントありえないんだけど」
「…だからなんだって」
「だからさ」


箱の中にある指輪を取って、手出して。と言えば静雄は右手を差し出した。


「…シズちゃんワザとしてるの?」
「なんで?」
「普通結婚指輪って言ったら左手差し出すものでしょ?」
「けっ…けっこん…ッ!?」
「ホラ出して?」


静雄は両手で顔を隠したが耳まで真っ赤になっていて隠している意味がない。
うーやらあーやらなにか唸っている静雄を可愛いなぁ。と思いながら見つめるが
その手をなかなか差し出してくれなくて少しイラつき始めた。


「シズちゃん手出しなよ!」
「……ゴメン…」
「…えっ?な、んで…謝るの?」


謝られた臨也は意味が解らず静雄を押し倒し馬乗りになる。
返事によっては、自分のモノにならないのならこのまま殺してしまおうと首筋に手を宛がう。
指の隙間からポロポロと涙が溢れている事に気ついた臨也はゆっくりと顔から手を離させた。


「シズちゃん?…なんで泣いてるの?」
「だって…だってもう結婚してるって…」
「え?」
「この首輪が、ゆびっ指輪の、かわりだと思って…」


鎖がじゃらりと音をたてる。


「これは…これはシズちゃんが逃げないようにって思ってつけたもので…そんなつもりは…なかった」
「…」
「シズちゃんは俺に好きも愛してるも言ってくれないし不安で不安で仕方なくっていつか君はここから居なくなるんじゃないかって心配で
でも君が本気になればこんなのはいつでも壊せるって事くらいは判ってた…あ、あ、あ…シズちゃ」
「ゴメン…ゴメン…俺が、俺から手前を求めたら…飽きられちまうって…」
「そんなことッ」
「捨てられたくなくて……ごめん…ちゃんと好きだから…」


静雄は真っ赤になりながら結婚してください。と左手を差し出し、
そのまま二人はベッドへと深く深く沈んだ。













平和島静雄は死んじゃったね
死んだな
折原静雄になって生まれ変わったよ
…そうだな
ずっとずっと一緒に居て、死ぬその時まで俺を愛して
愛してるあいしてるアイしてるアイシテル









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