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大丈夫だよ
ちゃんと見守ってるから
だから安心して此処においで


そう書かれた場所に行こうと俺は決心した。
あいつがその場所に居ると信じて。








確かこのあたりだ。
彼に指定されていた場所は。
確認の為に携帯をポケットから取り出そうと手にしていた切符を咥えたら携帯がプルプルと震えだした。
受信か着信か解らず開けば着信で、その相手は此処に来いと言った張本人だ。


「んだよ」
「第一声がそれ?冷たいな…まぁ良い。とりあえず君は後ろを向くべきだ」


言われた通りに後ろを振り返ればそこに居たのは黒いコートに赤いファーを羽織った男だ。
驚いて切符を落としてしまった。


「…いつからそこに居た?」
「んー?君が家を出た辺りから君の後ろにずっと居たんだけど…気付かないなんてどうかしてるんじゃない?」
「じゃあわざわざ知らない土地を歩かすなよ」
「心細いもんねぇ」


言い当てられてほんの少しだけ顔が熱くなった気がして俯く。
そんなそうなる事はお見通しだと言わんばかりにニヤニヤし、彼に近付き顎に手を差し入れ上げる。
やはり彼の頬は赤く色着いていて、可愛いと男は思った。
サングラスの奥にある瞳はきっと薄く涙で濡れているに違いない。
彼は恥かしがり屋だから。
空いている方の手で彼のサングラスと奪えば、想像していた通りに濡れていて、男はうっかり舐め取ってしまった。
舐められた彼は何が起きたのか解らないと、目を見開き動きを止めた。
初々しい反応を見せる彼はとても可愛らしいくて仕方なかった。
軽くちゅっと音を立てて唇を合わせる。
頬がほんのりと赤かった彼は身体全体を赤くして震えた。


「ー〜〜〜!!ハチイィィ!!!!!」
「その呼び方止めてよ、犬みたいじゃないか」
「じゃあなんだよ!ろっぴたんか!?ろっぴたんだな!?」
「たんって…ロクとかでも…これも犬くさいか…でもハチよりマシだ」
「ハチはハチだろ!!バカハチ!!」


先程とは別の意味で顔を赤くしながら声を荒げ始めた彼を落ち着かせるように抱き締める。
抱き締められた彼はビクッと大きく身体を震わせてから大人しくなった。
男は彼の耳元に口を寄せる。


「ねぇ、俺が言ったもの持って来た?」
「ッ!?…ちゃんと持ってきた…俺のハンコだろ?」
「ん。良い子だ」


男に頭を撫でられてやっぱり彼はほんのりと頬を染める。
顔は見えていないのだが男はなんとなく雰囲気でその事を感じ取り、クスリと笑った。




その後、彼は男に手を引かれてあるマンションに連れて行かれた。
そこはどうやらその男の所有しているようでソファーに座っといて、と言われた。
マフラーとかばんを外して隣に置く。
テーブルの上には長方形の紙が置いてあり、一部分だけが小さめの四角形にくりぬかれている怪しい紙だった。
それを手にしようとしたところで男が紅茶を持ってやってきたので手にする事は出来なかった。
しかしそんな怪しい紙が気にならないはずがない。


「なぁ…」
「ん?ああ、それはバニラティーでお砂糖とミルクたっぷりだから君にも飲めるはずだよ」
「ありがとう…いや違う、その紙何?」
「…あーこれね」


男が言った通りにバニラティーとやらは甘くて美味しかった。


「ハンコ、ここの四角の部分に押してくれないかな?」
「あ?」


再び口をつけようとした時にそんな事を言われ、彼は眉間に皺がよってしまった。
なんか変なモノを買わされるのか?それともなにかの保証人とか…自分はそんな者になれるほど金は無い。


「あぁ、違う違う。君を保証人だとか変なものを買わすだとかじゃないから安心してハンコ、押しなよ」


怪しい笑顔でその部分をトントンと叩く。
怪しい以外何者でもないのだが、男がそう言うのなら安心してハンコを押すべきだろうか?
そう思いながらカバンの中からハンコを取り出した。
でもやっぱり怪しい。怪しすぎる。


「なぁこれさ…」
「なぁに?まだ疑ってるの?俺が君に嘘とか吐いたかい?」
「…ない」


そうだ、この男は嘘を吐いた事が無い。
今日だって此処に来るまでの間、俺を見守っていたのだ。
態々後ろを着けてまで見守っていただなんて誰が思うだろうか。


「ホラ、信じて」
「…解った……ん」


言われた通りその場所に判を押す。
そこには朱色で『月島』と言う文字が。


「押したぞ」
「有難う、感謝するよ。月島君…いや、俺のお嫁さん」
「………はぁっ!?」


嫁と言われ、勢い良くその紙を掴めば、ハラリと別の紙が落ちた。
それに目をやれば「婚姻届」と書かれていて顔が赤くなる。
八面六臂の隣にはちゃんと月島と書かれていた。
それも綺麗な字で。


「ハチ!お前!!」
「なに?俺間違った事してないでしょ?君が言ったんだよー『おおきくなったらハチにぃとケッコンするー』って」
「ッッ!!!!いつの話してんだ!!」
「15年くらい前かな?…だから実行してあげただけじゃない。嬉しいだろ?俺のお嫁さんになったんだから」


男は落ちた婚姻届を拾い上げ、彼をソファーへと押し倒す。
両手で顔を隠している彼を見下ろし、男は嬉しそうに微笑んだ。


「ぅぁ〜ハチのばかぁ」
「ねぇ…こっち向いてよ月島君」
「絶対見ない!」
「ねぇってば…きぃちゃん」
「ッ!?」


そう呼ばれて彼は指の隙間から男を見てしまった。
その顔は昔と変わらず、優しくて少しだけ男らしくなっていた。
昔みたいに呼ぶな!と言おうとしたが、言葉が出なかった。
だってほんの少し、いやかなり嬉しいという感情があったからだ。


「…はち」
「うん?」
「……なんでもない…」
「そう。…あぁ、忘れてた。ほら、お嫁さんは旦那様と誓いのキスをしないとね」




行き先は、




ハチ、ハチ、
なぁに?…きぃちゃん
幸せにして
そんな事当たり前だろ?







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八面六臂と月島が我慢出来なかった
正直すまない…







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