サイツガ | ナノ






彼は通り過ぎる人を眺めているだけだ。
それはそれは大勢の人間が流れていく一箇所へと腰を下ろして眺めている。
彼は白いスーツにピンクで黒のストライプのYシャツに黒のネクタイをしていた。
そして頭にはピンクのコードのヘッドフォン。
周りを気にする事なく煙草をふかしていた。
ただただ流れていく人を見ながら。

彼は人を探していた。
もう何年も会っていない人を。
彼は彼の動きを有る程度知っていたのだが
ここ最近彼の動きがおかしいと自ら逢いに行くことにしたのだ。
そして彼の住むマンションへと足を向けたのだが
生憎、目当ての人は留守中だった。
仕方なく隣の家のチャイムを鳴らし詳しい話を聞きだす。
初めは知らないの一点張りだったが
彼の営業スマイルと実の兄の事を知りたいのだと言えば簡単に話し出した。
隣には新しい人と一緒に住んでいるということが解った。
その人は彼よりも大きくて和服に身を包んでいる今時珍しい人らしい。
それだけ聞いてアリガトと礼を言いマンションを後にした。
最近彼の新しい曲が出てこないというのはそういう事かと唇を噛んだ。


彼の脳内を巡っているこの曲は探している彼が作り出した曲だ。
何を言っているのか解らないとコメントされていたが彼には何を言っているのか明白だった。
ただ愛の言葉を吐き出していただけなのだから。
ただただ愛されたいと吐き出していただけなのだ。
彼は異常な寂しがり屋だからそんな曲を作っていたのだろう。
吸い終わった煙草を携帯灰皿へと押し込みながら周りを見渡す。

あ、見つけた。

彼が居た。
スキップしながら歩いている彼を見つけた。
姿を見ただけでなんともいえない感情が彼の中を駆け巡る。
ああ、抱き締めたいな。攫いたいな。愛してるって言いたいな。
そう思うと同時に駆け出して、声をかけるよりも先に探していた彼を後ろから抱き締めた。


「お兄!お兄!逢いたかった!逢いたかったんだ!!俺を置いてどこに行ってたの?なんで家に帰ってきてくれないの?」
「ひっ?!あ・あ・あ・ああああああああああああ!!!!!!!!!つがっつがるうううぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」


その叫び声に周りの人間は驚き動きを止めたが何事も無かったかのように再び歩き出す。
急に抱きつかれた彼はビックリして叫んだのだが気にすることなくそのまま抱き締める彼。
叫び声と共に名前を呼ばれた津軽は振り返り駆け寄ろうとするが動きを止めてしまう。
だって抱き締めている相手はとても彼と似た色をしていたからだ。
そして抱き締めている彼からはとてもとても太くて重たい糸が見えていた。


「つがるぅつがるつがるつがるつがる!!!!!!!!ああああうああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
「落ち着けサイケ!大丈夫だから!大丈夫だから!!」


その男はジタバタと暴れるサイケを離す気配は無くて津軽は慌てて手を握った。


「おにぃ…大好き」


彼にしてみれば叫び声もただの曲の一部にしかならないのだろう。
気にする事なく首筋に唇を落とす。
サイケからは引き攣った声が聞こえてきたがやはり彼には曲の一部なのだ。
サイケから発せられた音は全て全て曲の一部だ。
人間が、機械が、全ての音が彼にとっては曲の一部にしかならない。


「おにぃおにぃ俺おにぃに逢いたいがためにココに来たんだよ」
「うっあああぁ、あ、あ、つがるぅやだやだ、やぁ」
「ねぇおにぃ大好きだよ」
「つがるつがるつがるたすけて」
「ねぇおにぃも嬉しいだろ?俺が逢いに来たんだから」


サイケにしか目が行っていなかった彼は気付かなかった。
津軽が目の前に立っていた事に。サイケと手を握っていた事に。
目線を少し上に上げた時にその顔に驚いてサイケを抱き締めていた力を緩ませてしまった。
その隙にサイケは彼から離れて津軽の羽織の中に隠れてしまう。


「…おにぃ」
「すまないが…サイケが怖がっているからやめてくれ」


サイケを庇う様に立っているその男は和服だった。
ならばこいつが兄と一緒に暮らしている奴かとすぐに解ったが一応確認をする。


「…あんたが同居人?」
「だとしたらなんだ」
「兄がお世話になってます」


にっこりと、口元だけで笑う。
津軽は兄という言葉に引っかかった。
サイケから弟が居るという事は聞かされていなかったからだ。
羽織の中に隠れているサイケを覗いて口を開いた。


「サイケ、弟が居たのか?」
「…俺知らないよ…弟なんて知らない」


ぷるぷると震えながら津軽の質問に答える。
その言葉を信じ、目の前に居る男を睨みつける。


「だ、そうだ」
「まぁ兄ですからね。1年逢わなきゃ忘れられちゃうんですよ」
「……」
「あんたも例外じゃない」
「俺が覚えていれば問題はないだろ」
「はっ!言ってろ。…まぁいいやーこのままここに居たら俺が泣いちまう」


彼は凄く悲しかった。
サイケに拒否されてしまった事が。
自分が入れる場所なんてなかった事が。
結局逢いに来たのに忘れられていたら意味が無いじゃないか。
ネット上ではそれなりに接触していたがリアルではサイケが家を出てから全く逢っていなかった。
いや、家の中でも会う事は少なかったのだが。
ああ、涙が出そうだ。


「じゃあ帰るわー。おにぃ…またね」
「おい、手前なんて言うんだよ」
「俺?俺の名前かー…じゃあ夢島で」
「じゃあってなんだ…」
「ははっ恋敵に教える必要は無い。じゃあねーおにぃ」


夢島と名乗った彼は津軽の羽織の中を覗きサイケに別れの挨拶をしてから元来た道を戻りだした。
その顔はとても悲しそうでサイケは羽織から顔を出して叫ぶ。
夢島という名前を聞いたことがあるのだ。


「ゆめしまさん!!俺の歌の事知っててくれてありがとぉ!!」
「!?…どういたしましてー!」


振り返った彼は嬉しそうに微笑み手をひらひらと振りながら歩き出した。
彼が見えなくなってからサイケは羽織の中から出てきた。
隠れていたせいで乱れた髪を梳かしながら津軽は聞く。


「サイケ知ってたのか?」
「ううん。でもネットでいつもいつもいっぱい感想くれる人の名前が夢島だから」
「そうか」
「津軽アリガト」
「ん?なにがだ?」
「ダイスキ」
「俺もだよ」


ぎゅーっと津軽に抱きつけばそれと同じ、いやそれ以上に抱き締め返される。
サイケと津軽は幸せだった。
手を繋いで家路についた。














「やっぱ俺の事忘れられてた…」


そんな事判りきっていた事だけど。と心の中で呟く。
頭の中を巡るのはサイケが作った曲ではない。
いつ逢えるのかわかりもしない相手の歌だ。
いつもいつも彼が忘れかけた時にしか逢いに来てはくれない。


「あいつらが羨ましい…今何してるの日々さん」


だから忘れなきゃいけないのだ。
逢いたいのならば忘れなければ。
忘れるために兄に、サイケに逢いに行ったのに
余計に彼に逢いたくなった。
困った困ったこれは困った。と向う場所は彼が住んでいる家で。
居ない事の方が多いけど逢いたいのだから仕方ない。


「俺が寂しいんだよ」





あいあいあい



わすれるからあいにきて
わすれたふりをするからあいして
あにをあいするぶん
あなたをあいするから
そばにいて








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