サイツガ | ナノ




サイケに会う前の津軽話
モブ津表現有。











私は何故、貴方を救えると思ったの?
俺は何故、貴方達を救えると思った?
すべてすべて嘘の愛だったのに。

だって見ろよ

手前の指には別の糸が結ばれていて
それは俺に繋がってない。

どうしてだ?









津軽は少し前から自分以外の人間の指から糸が出ている事に気がついた。
あの人もこの人も先生もお父さんもお母さんも。
お祖母ちゃんは仏壇と繋がっていた。
お父さんとお母さんも繋がっていたがもう一つ別の糸が結ばれていた。
しかしそれについては差ほど不思議だとは思わなかった。
だって学校の先生も御向いの家のおじさんも糸は2本あったからだ。
その糸に触れてみようとしたが触れる事は出来なかった。
見えるようになってからその糸に絡まったらどうしよう。と密かに心配していたが絡まる事はなかった。
街に出ればその糸はいっぱいでみんな気にする事なく歩いていたので津軽も気にする事なく生きていた。


しかし津軽はある日、自分の小指に赤い糸が結ばれている事に気がついた。
それはそれはとても綺麗な色をしていてどこに繋がっているのか気になって仕方なかった。
ある日その糸を辿ってみる事にした。
辿り着いた先はとても身近に居る人だった。
お隣の家に住んでいる年上のお兄さんだ。
お兄さんと言っても津軽とは二周り程違う年齢なのだが、そう感じさせないくらい綺麗な人だった。
津軽はそのお兄さんがとても好きだった。
静かで物知りでとても優しかったからだ。
津軽はもしかしたらこの小指に繋がっている赤い糸の事をお兄さんに聞いてみれば何か判るかもしれないと訪ねる事にした。
呼び鈴を押そうと指を伸ばせば、押す前にいつもそのお兄さんが顔を出して笑顔で手招きをしてくれる。
その日もそうだった。
いつもの様に居間へと連れて行かれて座布団へ腰を下ろす。
テーブルの上にはオレンジジュースが置かれてありがとう。と一言礼を言った。
こくりと一口飲んで、相手の目を見ながら伝える。


「お兄さん」
「なんだい?」
「俺の小指に赤い糸が結ばれてるんだけど」
「…ふむ」
「その先にはお兄さんがいて」
「…」
「…これってなんなの?」
「んー」


お兄さんは顎に手を当て考えるフリをした。
津軽はドキドキしながらそのお兄さんの言葉を待つ。
何でも知っているのだ、きっとこの答えだってもらえるのだと。
そしてお兄さんは笑顔で答えをくれた。


「それは多分運命の糸じゃないかなー」
「うんめい?」
「そう。そして津軽くんはもしかして俺の事が大好きなのかな?」


ボン!と音がしそうな勢いで顔を真っ赤にする津軽を見て嬉しそうに笑うお兄さんに小さく頭を縦に振った。
津軽はそれが恋愛感情だとか友達としてだとかそこまでは判らなかったのだが好意を持っているのは確かで間違いではないのだ。
それを当てられ恥ずかしいと感じた津軽は俯き座布団を握り締めた。
だから気づかなかった。
優しいお兄さんは優しいフリをしていたと言う事に。
男の口はやらしい程に綺麗な弧を描いていた。



それから津軽はお兄さんの言われる様に和服に身を包み、言葉遣いを女のようにした。
男が好む言葉を吐き出せば、ニコニコと頭を撫でてもらえるのが嬉しくて仕方なかった。
男が言う事はなんでもした。
嫌で嫌で仕方ない行為も受け入れ、苦痛でしかなかったそれを快楽へと変換してまで男に喜んで貰いたかったのだ。
その行為の間だけ愛してもらえるのだから。
愛の言葉を与えてもらえるのだ。

しかしある日突然その男が消えた。
隣から、家から、街から。
目覚めたらそこには誰も居なかった。
痛む腰を無理矢理起こし、家の中を探したがその姿はなく、寝室に戻れば枕元に一枚の紙が置かれていた。
それには一言「妻の元に帰る」と書かれていただけで津軽は理解が出来なかった。
あの男に妻が居た事すら知らなかった津軽には。
呆然とする頭で何気なく小指を見れば綺麗な糸は切れていた。
そして悟る。
運命は終わったのだと。
運命には終わる事があるのだと。



そして津軽の小指にはまた違う赤い糸が結ばれている事に気づく。
その度その度に津軽は相手のところまで行き、尽くしては捨てられ続けた。
いつかはきっと死ぬまで続く運命があるのだと思って。
相手の人を救えるのは自分しか居ないのだと信じて。
しかしどれもこれもダメだった。
最後にはボロボロになって捨てられるのだ。
自分の小指には糸があるのに相手にある小指の糸は別の人に繋がっていた。
いつもいつもそうなのだ。
幸せになってほしいな、幸せにしてやりたいな、と思えば思う程
自分と繋がっている糸ではなく、別の誰かに繋がっている糸の方が綺麗に綺麗になるのだ。
嗚呼、そういえば一番最初のあの男にも別の糸が結ばれていたなと煙管をふかしながら頭の片隅で思った。
そういえばそういえば、あの男は指輪もしていた。
今となっては笑い話にしかならんのだが。と一人クスクスと笑う。
何故か津軽の運命の糸はどれもこれも男ばかりで、これは運命ではなく呪いの糸ではないか?と思い始める。


その頃に津軽は自分よりも年下の友達と言える人が出来た。
駅前でなんとなくぼんやりと煙管を銜えていたら声をかけられた。
それがリンダとガクエンだった。
まだ学生らしいのだが気にする事なく接してくれるのが嬉しかった。
今まで友達と言えるような関係の人間が出来た事がなかったから。
学校帰りだとかで駅前で出会う事が多かった。
その度に思った
この二人は小指だけじゃなくて身体全体糸だらけ。
だと。
ガクエンがぐるぐると巻きつかれている糸は全てリンダに。
リンダがぐるぐると巻きつかれている糸は全てガクエンに。
羨ましいなぁと思った。
自分の糸はどうだ?今なんて糸すらないではないか。
運命ってなんなのだろうか。
津軽は悩む。

珍しく一緒にご飯を食べようとその二人に誘われてついて行くことにした。
所詮は相手は学生なのでファミレスだ。
ちょっとしたものとドリンクバーを頼んで色々と話す。
実は声をかけるずっと前から津軽の事を知っていたとか。
毎回毎回人と一緒に居るが絶対次に見る時は前と同じ人ではなかっただとか。
大人にも色々と事情があるんだよ。と苦笑いでかわせばそれ以上は聞かれる事はなかった。
それから何気ない学校であった話だとか
今時珍しいツッパリの人がいるだとかで、その人を今度連れてきますね!と笑顔で言われて戸惑った。
大体話しているのはリンダで、ガクエンはその隣でニコニコとしているだけだった。
ドリンクをおかわりしてくるとリンダが席を外した時に津軽はガクエンに話しかけた。


「ガクエンは、話さなくていいのか?」
「俺は、リンダが楽しければそれでいいんですよ」
「お前は優しいな。…そういえば趣味とかあるのか?」
「趣味、ですか?」
「そう」
「んー…音楽かな?最近ネットで見つけた人の曲がメチャクチャで凄いんですよ」
「めちゃくちゃ?」
「はい!なんていうか…言い表せない感じなんですよね…色んなジャンルが混ざってるって言うか…変な音感の持ち主だと思うんですけど」
「へぇ〜私は演歌くらいしか知らないからなぁ…今度聞かせてくれる?」
「いいですよ!俺達の間では幻夢さんだとかサイケさんだとか呼ばれてる人なんですよ」
「げんむ…さいけ…」
「最初にあげられた曲がサイケデリックドリームスだったんで幻夢さんとかサイケさんなんです。
演歌しか知らなければきついかもしれませんねぇ…ごちゃごちゃしてますから」
「結構お喋りなんだな、安心した」


こんなに話すガクエンを初めて見た津軽は微笑んだ。
その津軽を見てガクエンは顔を真っ赤にして俯いた。


「なになに〜?何話てんすかー?ってガクエン顔真っ赤!!」
「リンダ煩いよ」


ガクエンはぷにぷにと頬を突くリンダの手をペシリと叩いてそっぽを向いた。
そんな二人を見てやっぱり羨ましいと津軽は思った。
自分にはそんな楽しい学生生活を送った記憶がない。
きっとこいつらはずっと一緒に生きていくんだろうな。なんて事まで思う。
そのほかにも色々と話した。
二人は中がいいと言う事が伝わるような内容だった。
やっぱり羨ましい。
もう時間も時間だし、と楽しい時間も終わりが来た。
二人がお手洗いに行っている間に津軽はこっそりと会計を済ませてしまった。
戻ってきた二人にぶーぶー言われたが今度アイスを奢って貰うと言う事でその場は収まった。


「じゃあ津軽さん!今度はダッツデートしましょうねー!」
「…リンダ」
「楽しみにしてるよ」


気をつけて帰れよーと手を振ろうとした手をリンダ握られる。
ビックリして顔を見ればいつもとは違う真面目な顔をしていた。


「どうしたリンダ」
「津軽さん、津軽さんは少し間違ってますよ」
「え?」
「別に運命なんてもんはほっといても勝手に出会うもんなんだ」
「…」
「態々あんたが逢いに行ってやる必要はありません。待ってりゃーいいんだ。…綺麗な顔してるんだし、ね?」
「リンダ…」


最後はいつもの調子でヘラヘラとしながらだったが彼なりのアドバイスというものなのだろう。
それじゃあと手を振って二人は帰っていった。
姿が見えなくなるのを確認してから津軽も家路を急いだ。
頭の中ではリンダに言われた事をグルグルさせながら。


それから数週間後、再び津軽の指には赤い糸があった。
ああ、またか。と思いながらそれを辿ろうとしたのだが、リンダに言われた事を思い出す。
「ほっといても勝手に出会う」そう言っていたとぼんやりと。
しかし津軽は不安になった。
これで迎えに行かなければ相手がこの糸に気付かない人であれば俺はこのまま一生一人なのでは?と。
それでもリンダの言った事を信じるのも友としての勤めかもしれないと一週間だけ待つ事にした。
一週間待っても来なければこちらから出会いに行こうと。

1日・2日・3日と経ったが相手が逢いに来る気配は無かった。
やはり自分から会いに行かないとダメなのだろうかと津軽の不安はドンドン大きくなるばかりだ。
でも一週間は待つと自分で決めたのだからそれは貫き通さなければとぐっと耐えた。
耐えに絶えて6日の朝、自分の糸を誰かに引っ張られているような気がした。
ただの気のせいかもしれないが気のせいじゃないかもしれないと
和服に身を包み、外へと出て行った。
家の中に居ては逢えるものも逢えないと思っての行動だ。



津軽は街の中を歩く歩く
その度に指を引っ張られる感覚がする。
確実に糸を辿ってやって来ている。
それが嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
自分から求めるのではなく、これは相手から求められているのでは無いか!と気付き頬が緩む。
一歩一歩確実にその人は近付いてきている。
ホラ、もうすぐだ。
その路地裏に入り、待ち伏せる。




糸、たどってあいにきて





もうすぐあえる
俺を必要としてくれる人に
俺の愛を欲しがってくれる人に
救えるはずだ、今度こそ

だから俺を欲しがって








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