「勝者!!!キューティワゴン号!!!」
「うおおおおお!」と野太い歓声があがる。信じられないと目を丸くして固まっていると、数秒遅れでナミたちがゴールし、何が起きたのか分からないと言うように顔を顰めている。
「おい!!ウソップ、ナミ、ロビン!!どうしたんだ!!」
「大丈夫か!!?」
「……………………何がどうなったのか」
「おい…!おれ達ァ敗けたのか!!?」
キョロキョロと周りを見渡すウソップさん。混乱して当然だ。私たちがゴールに着いた時、確かに三人の船がリードしていたのだ。それがなぜか…ゴール直前、突然急激に減速し、いつの間にか敵の船に追い越されていたのだ。
「全て元通りになった時には、もう…敵はゴールに…」
「ケガはないのか?みんな!!」
『一体何が……』
「あいつら何したんだ!!?」
肩で息をしているナミたち。どうやら、かなり体力を奪われているらしい。「大丈夫?」と三人の顔を覗き込むと、どこか戸惑った様子のロビンさんが小さく微笑み返す。
「おいてめェ、ナミさん達に何しやがったんだ!!!」
「フェ〜〜ッフェッフェッ…何も不思議がる事ァねェよ。その原因は“ノロマ光子”!!」
「ノロマ光子だと…?」
ニヤニヤと愉しそうに笑うフォクシーさん曰く、ナミたちが突然減速したのは、彼のノロノロビームという悪魔の実の力らしい。手からビームが出るのも有り得ないけれど、それよりも物理的な速度を一定時間失うなんて、そんなこと信じられない。
速度を失い、ふわふわと宙に浮かぶ砲弾に触れたフォクシーさんが、ボウン!!と速さを取り戻した砲弾によって吹き飛ぶのを見て、ゴクリと唾を飲み込む。ありえないなんて、この世界ではもっとも使ってはいけない言葉なのかもしれない。麦わらの一味の皆も目を見開いている中、レースに勝った女性が勝ち誇った表情で声を上げる。
「とにかくお前達!!わかったでしょ!?お前達は敗けたのよ!!!」
「第一回戦“ドーナツレース”!!!おれ達の勝ちだ!!!」
わああああああああああああああ!!というフォクシー海賊団の人達の歓声にナミが耳を抑える。「さあさあ、では待望の戦利品!!相手方のクルー1名!!指名してもらうよっ!!」という実況役の人の声に、ニヤニヤという顔をしたフォクシーさんが私たちの前へ。
うそ。本当に誰かが奪われるの?麦わらの一味から、誰かがいなくなるというのか。ぎゅっと奥歯を噛み締める。震える指先で服の裾を握れば、じっとりと手のひらを冷や汗が濡らす。いやだ。見たくない。この中から誰かが居なくなるなんて、そんなの。
「さて、まずは一人目…おれが欲しいのは………!」
そこまで言ってフォクシーさんがパチンと指を鳴らす。すると、フォクシーさんの後ろに立ち並んでいた人達が何やらゴソゴソと動き始める。何事かとゾロさんが怪しげに目を細めると、バサッと広げられた赤い布。緑の草原を覆うように敷かれたそれがレッドカーペットだと分かると、何故かそのカーペットは私の目の前で終わりを迎えている。なんでここで止まってるの?と不思議に思っていると、カーペットの上をゆっくりとした足取りで歩いてきたフォクシーさん。両手と両足が一緒に出てるのは見ないふりをした方がいいのだろうか。
「お、おれ様が…!最初に指名するのは…!名前!!お前だ!!!!」
『……え?』
「「「「「「なにィ〜〜〜〜!!?」」」」」」
カーペットを歩いて目の前までやってきたフォクシーさん。バサりと目の前に差し出されたのは、一体どこから出したのか、真っ赤なバラの花束。キリッとした顔で私の名前を呼んだ彼に、ルフィたちがぎゃあ!!と奇声を発している。
指名、されたのは、………私???
ポカーン。と効果音が付きそうな音で瞬きを繰り返していると、「ふざけんなっ!!!」といち早く気を取り直したサンジさんが割り込むように私たちの間へ。ちっと舌打ちをしたフォクシーさんが「ルールを無視する気か?」と片眉を上げると、我慢ならないというようにギリギリと奥歯を噛んでいたサンジさんがギロりとフォクシーさんを睨みつける。
「名前ちゃんを指名するだァ?彼女は正式なクルーじゃねェ!!!指名する権利はねェはずだ!!」
「ほう?だが確かにてめェの船長は言っていたぞ?“仲間も同然だ”と」
「っ、それは…!」
「これは“仲間”を取り合うゲーム!!船に乗っている以上、“奪われる対象”だ!!!」
フェッフェッフェッフェッ!!と高らかに笑うフォクシーさんに、麦わらの一味の顔が歪む。船に乗ってる人間が対象となるのだとしたら、確かに私を指名してもルール違反にはならない。ならないけれど、それでもなぜ私??この船にはもっと素敵な人が沢山いるのに。
『…あの………質問なんですが……』
「ん〜〜?なんだ??」
『えーっと……なんで…私……?』
素朴過ぎる疑問を尋ねれば、ふっと笑みを零したフォクシーさん目が細まる。どこか憂いげにも見えるその表情に、ナミとロビンさんがあからさまに顔を顰めている。
「…おれ様は気づいてしまったのさ…。お前さんならきっと……!おれ様を、フォクシー海賊団の船長としてでも、最強の男としてでもなく、たった一人の男として見てくれると……!!」
『一人の、男……』
「名前…!!け、結婚を前提に!おれ様の彼女になってくれ……!」
サンジさん越しに向けられるキラリと光る瞳。なるほど、これが熱視線というやつか。どこか他人事に感じながら差し出される赤い薔薇とフォクシーさんの顔を交互に見つめていると、額に青筋を浮かべたサンジさんに気づき、慌てて彼の腕を掴む。「さ、サンジさん!落ち着いて…!」と声をかけてはみたものの、恐らく聞こえていないのか、彼の鋭い視線はフォクシーさんに向けられたままだ。
「さぁ、ルールはルール!名前は、今からうちのクルー兼俺様の彼女だ!!!」
「彼女になるなんてルールねェだろうが!!」
ビシッとウソップがツッコんではくれたものの、彼女どうこうは置いておいて、確かにルールはルールである。それに考えてみると、一味の中から誰かが奪われるよりは、ずっと平和的な解決なのではないか。チラリとみんなを見ると、許せないとばかりに顔を歪めている。優しいな。私なんかのためにこんな顔をしてくれるなんて。そっと笑みを零していると、「さァ、こちらへ来なさい」とレースに出ていた女性、確かポルチェさんと言っただろうか。彼女に案内され、フォクシー海賊団の方へ連れて行かれそうになる。そこで、自分の頭に被せられたままの帽子を思い出し、「ちょっと待ってください」と声をかけて、帽子をルフィに返すため、彼の元へと向かおうとすると、
「いいよ、名前。それ、持っとけ」
『え、でも、』
「どうせすぐ戻ってくるんだから、ちょっとだけそっちで待っとけよ」
それはつまり。
ひゅっと一瞬息を呑む。脱ごうとした帽子を押さえてルフィを見つめていると、安心させるかのように笑ったルフィがゾロさん達を見る。
「頼んだぞ、おまえら」
「さっさと始めろ!!二回戦!!」
「うおおおおあ!絶対名前を取り戻すぞー!!」
「クソ割れ頭め…!あんな奴に名前ちゃんを渡してたまるか…!!」
ああ、もう、本当に。本当に、優しすぎるよ。
二回戦の会場へと歩いていく三人の背中を見送っていると、ポルチェさんに肩を抱かれ「行くわよ」とフォクシーさんの元へと連れていかれる。
目元に掛けられた黒いマスクに浮かんでいた涙がじわりと滲みんだ。
デービーバックファイト 4