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空島三日目の朝。

未だに盛り上がる声が森の木々に葉を揺らしている。彼らの宴は一晩で終わることなく、翌日になっても楽しげな声が響いてくる。

さすがに一晩中騒ぐ体力のない私は、怪我人の人達が眠る遺跡の中で休ませて貰っていた。日付がかわり、ようやく朝日が登ってきた頃に目を覚ましたけれど、外から聞こえてくる声の賑やかさに「元気だなあ」と思わず零す。
「大丈夫ですか?」と起きた私に気づいたコニスさんに笑って頷き、ゆっくりと立ち上がって外へと向かう。楽しそうにお酒を酌み交わす人々を横目に、そっとその場を離れると向かったのはサウスバードが連れていってくれた、“あの場所”だ。

見つからないようにこっそりと森の中へと入り、歩きだそうとしたその時。


「名前ちゃん?どこ行くんだい?」

『っ!さ…サンジさん…それに…ゾロさんまで…』


森に入ってすぐに背中に掛けられた声。歩きだそうとした足を止めておそるおそる振り返れば、立っている二人の姿にビクッと肩を大きく揺らす。どうやら森に入るところを見られていたらしい。じっと向けられる二人の視線に俯いて、「すみません」と謝ると、呆れたようにため息をついたゾロさんが眉間に皺を寄せる。


「エネルや神官どもが居なくなったからと言って、危険じゃなくなったわけじゃねえんだぞ」

『…はい…すみません…。…でも、あの…どうしてもいきたい場所があって…』

「行きたい場所?」


不思議そうなサンジさんの声に頷き返す。

サウスバードが連れていってくれた不思議や遺跡。描かれていた文字や絵の意味はよく分からなかったけれど、どうしてももう一度だけ、あそこに行きたいのだ。

俯いたまま何も言わない私に痺れを切らしたのか、ゾロさんがもう一度ため息を零す。戻れと怒られるだろうかと目を伏せた時、そんな私の横を通り過ぎて歩きだしたゾロさんに、思わず顔を上げる。


「何してんだ、行くならさっさと行くぞ」

『え……一緒に来てくれるんですか…?』

「……“どうしても”行きてえんだろ」


仕方ないとばかりにそう呟いたゾロさんは再び歩きだそうとする。ぱあっと顔を輝かせ、彼の背中を追いかけようとすると、「ちっ、マリモ野郎め…」と呟いたサンジさん。もしや彼も一緒に来てくれるのかとサンジさんを見上げると、その視線に気づいたサンジさんが表情を一転させ、恭しく手を差し伸べてくる。


「行きましょう、レディ」

『……はい、ありがとう、ございます…』


二人に向けたお礼の言葉をはっしながら、サンジさんの手を取って歩きだす。遺跡に向かうまでの間、BGMとなったゾロさんとサンジさんの口喧嘩を聴きながら、“喧嘩するほど仲がいい”というフレーズが思い込んだけれど、それを口にするのは辞めておいた。



***



「ここは……」


曖昧な記憶でなんとか辿り着いた例の遺跡の入り口。エネルの攻撃のせいで塞がれているのでは、と心配だったけれど、どうやら大丈夫そうだ。「ここが名前ちゃんの来たかった場所かい?」という問い掛けに頷くと、「こんなとこいつ来たんだ?」とゾロさんが怪訝そうに尋ねてくる。


『サウスバードに連れてこられたんです』

「サウスバードに?」

『はい。どうしてかは分からないけど…サウスバードがまるで案内するみたいにここを教えてくれて…』


質問の答えを返しながら入り口へと向かう。木の根の隙間から地下へと続く階段に入り込む。体格のいい2人は少し入りにくそうだったけれど、ゾロさんとサンジさんもなんとか中へ。二人が来たことを確認して階段を1歩降りると、以前と同様に壁に掛けられた松明に自然と火が灯る。


「うお!」

「…んだこれ、勝手に火が…」

『不思議ですよね…最初に来た時もそうだったんです』


驚く二人に声を返しながら足を進めていくと、二人もあとを追ってくる。暫くして石の扉の前まで辿り着いた時、扉に書かれている文字に二人が首をかしげた。


「…なんて書いてあるんだい?」

『それが…私も読めなくて…』


二人が読むことが出来ないということは、この世界で共通に使われている文字ではないようだ。少し残念に思い小さく息を吐いたその時、


「“龍神の巫女の魂の、安らか眠りをここに祈る”」

『!!』

「ロビンちゃん…!」


コツという足音ともに階段から降りてきたのは、なんとロビンさんだった。どうして彼女がここに、と目を丸くしていると、「ごめんなさい、気になって跡をつけさせて貰ったわ」と微笑んだロビンさんが扉の前へとやってくる。


「…随分と古いものね…ここの遺跡と同じかそれ以前に作られた“慰霊碑”だと思うわ」

『…慰霊碑?』

「ええ。おそらく、ここに書いてある“龍神の巫女”のために作られたものなのでしょうね」

『ロビンさん、この文字が読めるんですか!?』

「一応“考古学者”だもの。古い文字を読むのは得意よ」


にっこりと向けられた余裕のある大人の笑み。なんて心強い。彼女なら、この先にある絵の意味も何か分かるかもしれない。「ここで行き止まりなの?」というロビンさんの声に首を振り、石の扉に触れると、ゴゴゴゴッと低い音を出しながらゆっくりと動き出しだ扉に三人の目が見ひかれる。


「また独りでに…」

「どうなってんだ、こりゃ…」


不可解そうに扉を見つめるゾロさんとサンジさん。不思議なこの世界の中でも、自然と火がつく松明や、独りでに動く扉は珍しいらしい。「この先です、」と中へと足を踏み入れると、パッと一気に明るくなった部屋の壁を見た三人の目が大きく見開かれる。


「これは……」


正面の壁画にロビンさんが1歩近づく。今にも飛び出してきそうな龍の絵は、とても美しい。「すげェ…」とボソリと呟かれたサンジさんの声に思わず頷いていると、右側の壁画に気づいたゾロさんが声を上げる。


「おい、こっちにも何か書いてあるぞ」

「……巫女の絵ね…」

「…巫女…?」


入って右側の壁に描かれているのは、一人の巫女とそんな彼女の頭上を飛ぶ龍の絵。「何かわかりますか…?」とロビンさんを見つめると、すっと目を細めたロビンさんは何かを考え込むように唇の下に指を添える。


「そうね…やはりこの絵も“巫女”を奉るものだと思うけれど……」

『…龍神の、巫女を?』

「ええ。……でも、どうやってあなたはここに?」

『あ…えっと、サウスバードが連れてきてくれて…』

「…そういや、サウスバードがお前のことを“巫女”って言ってたよな?何か関係があんのか?」

『………わかりません…』


本当に、何一つ分からない事だらけだ。
眉を下げ、俯いた私に、ゾロさんが困ったように頭を掻く。「大丈夫かい?」とサンジさんが声をかけてくれるけれど、弱々しく頷くことしか出来ない。

もしかしたら、何か元の世界へ戻る方法が分かるかもしれないと期待していたけれど。

深いため息を漏らした私に、ロビンさんの手が添えられる。慰めるように微笑んでくれる彼女に泣きそうになりながら、「すみません、ありがとうございます」とお礼を言うと、緩く首を振られる。


「それにしても、とても荘厳な場所ね」

『はい…最初に来た時も、今も、始めてくる場所の筈なのに、何だかすごく懐かしく感じるんです…』

「そう…不思議ね…」


何か言いたげに、けれど何も言わず微笑むロビンさん。そんな彼女に笑い返していると、「そろそろ戻らねえとアイツらが騒ぐぞ」とゾロさんが入ってきた扉を指し示す。確かに。ルフィたちに心配をかけるのは良くない。「行きましょうか」と歩きだしたゾロさんの背中を追いかけようとすると、ふと背中に感じた視線。振り返って後ろにいるロビンさんに首を傾げると、「なんでもないわ」と首を振った彼女も、ゾロさんのあとを追いかけたのだった。
空島 24

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