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カラァン。

カラァン。


鼓膜揺らした美しい音。
いつの間にか晴れ渡っていた空に鳴り響くその音に、全員が息を呑む。


「やりやがった、あんにゃろー!!!」

「なんて美しい……」

「キレーな音だなー。何だコレ??何だ!?」


空を見つめたままどこか呆然とした様子で固まっていると、すぐ側で空を見上げていた空の騎士が「いつか…こんな時が来ると…信じた…」と涙を零す。


「……ノーランドの聞いた鐘の音ってのは…」


黄金郷はあったと嘘をついた罪で裁かれたノーランド。そしてそんな彼の一族は今日まで“嘘つき”の称号を背負ってきた。クリケットさんもその一人。背負ってきた忌々しい称号を捨てるため、彼は、ノーランドの嘘をホントに変えようとしていたのだ。

そして今日、この鐘の音が、ルフィが、ノーランドの嘘を、本当へと変えた。


『すごく……綺麗……』


晴れ渡る空も鳴り響く黄金の鐘の音も、何もかもが美しい。あっけに取られて動けずにいた私だったけれど、だんだんと小さくなっていく鐘の音に名残惜しさは感じない。

鐘の音が止まる。

どこか幻想的な空気に包まれる中、ハッと何かに気づいたチョッパーが慌ててゾロさんの元へ。どうやは手当をしようとしているらしい。押し問答を繰り返している二人に小さく笑っていると、「名前ちゃん、」と眉を下げたサンジさんが歩み寄ってくる。そんな彼の姿に、エネルの舟での事を思い出して駆け寄ろうとすると、立ち上がった瞬間にふらついた身体をサンジさんに支えられる。


『す、すみません…』

「…いや、……それより名前ちゃん、君も早くチョッパーに治療してもらうんだ」

『え……』


サンジさんの声に、そう言えばと自分の頭にふれる。少しだけ手についた赤色。エネルに投げ飛ばされた時に出来た傷の血はほとんど止まっているらしい。いつの間にかゲリラの人の治療を始めたチョッパーを見ながら、「私よりサンジさんやゾロさんの方が重症です」と首を振ると、きゅっと眉根を寄せたサンジさんは、深く、深く息を吐く。


「俺やゾロはちっとやそっとじゃくたばったりしないさ。でも、名前ちゃんは違う。そんなに血を流して…あの時も、まさか飛び出してくるなんて…」


あの時。そう言われて、ウェイバーから飛び降りてサンジさんの元へと走った自分を思い出す。心配をかけた事に申し訳なくなり、「すみません、」と眉を下げて謝ると、謝って欲しい訳では無いと首を振ったサンジさんの手がそっと私の頬を覆う。


「…俺こそ、“守る”なんて言っておいて、結局怪我させちまったな……ごめんよ…」


申し訳なさそうに眉を下げるサンジさん。
違う。私だって謝って欲しいわけではない。この怪我は決して彼のせいなんかじゃない。
頬に添えられた手に自分の手を重ねる。少しだけ見開かれた瞳と目を合わせ、目尻を下げて微笑んでみせれば、サンジさんの目が更に見開かれる。


『……サンジさんの手、温かいですね』

「え……」

『…私、せっかく連れてきて貰ったのに、何も出来なくて、戦うことはおろか、足が竦んで、逃げる事だって出来なかった。だから、そんな弱い私をルフィやあなたが“守る”と言ってくれるのはすごく嬉しいけど、でも……あの時言った通り、私は、…サンジさんが私の分の傷まで負うのは、嫌なんです』

「っ名前ちゃん…」

『自分も、あなたも、みんな怪我なんてしないで欲しい。傷つかないで欲しいなんて、甘えた考えだってわかってます。それでも…』


それでも私は、彼が、みんなが傷つくなんてそんなの見たくない。甘いと笑われても、馬鹿にされても、それが“私”なのだから。
言葉の先を紡ぐことに躊躇し、口を閉じてしまう。彼の手に重ねている自分の手を離そうとするとその手を掴まれ、少し強く引かれる。え、と小さく零れた声。引かれるままに身体を傾けると、背中に回された腕に気づき、ようやく自分が抱き締められているのだと知る。


「…ありがとう、名前ちゃん、」


耳元で囁かれた優しい声。
どうして、ありがとうなんて言うのだろう。私は、お礼を言われるような事は言っていないのに。
けれど、囁かれた言葉は胸の中にじわじわと広がって行って、暖かく染み渡るその言葉に、なぜか、涙が溢れた。


「コックさんたら、女の子を泣かしていけない人ね」

「え、」


柔らかなロビンさんの声にぱっと身体を離したサンジさん。泣いている私に気づくと、「す、すまねえ名前ちゃん…!そんなつもりは、」とあたふたとしている姿はなんだか微笑ましい。涙を拭って、ふふっと笑み漏らせば、それを見たサンジさんが安心したように目尻を下げた時、


「おーい!!!」

「ああ!!!」


聞こえてきた声とともに現れたのは、白く大きな包と、それを運ぶルフィ、ナミ、コニスさんの三人。ナミとコニスさんに気づいたサンジさんは目をハートにさせ「んナミさあ〜ん!んクォ〜ニスちゃあ〜〜〜ん!」と手をぶんぶんと降り始める。いつもの彼の姿に笑っていると、「台無しね」とロビンさんが残念そうに微笑んだ。


「おまえらよくあの高度から」

「ゴムゴムの風船だ!!」

「そういやコニス…オヤジは」

「え…」


三人が持ってきた巨大な白い包は神官たちの食料らしい。もぐもぐと肉を頬張りながらウソップにピースをしているルフィに、元気そうだと胸を撫で下ろしていると、不意にゾロさんがコニスさんに問いかけた問。顔色を変えた彼女にどうしたのかとみんなが視線を集めれば、俯いたコニスさんは唇から震えた声を出す。


「…それが…その……!!私をかばって……エネルに…!!」

「!」


彼女の言葉に全員の瞳が見開く。
「まさか」「…!!」「コニスちゃん」「コニスさん…」「コニス……」と労るように彼女の名前が呼ばれる中、ふと感じた違和感。あれ、今の声は、


「「「「っておめェの話だよっ!!!」」」」

「生きててすいません!!!」


なんと、パガヤさんは生きていたようだ。



***



「食った食った」

「すっかり夜だな…」

「どうする?船に戻る?」


感動の再会を果たした親子と一旦別れた私達は、ルフィ達が持ってきてくれた食料で腹ごしらえをすることに。食事を終え、ふうっと一息つくなか、船に戻ることを提案したナミ「何言ってんだ?」とルフィが首を傾げる。


「どうしたの?」

「ウソップ、あんな事言ってるぞ」

「人間失格だな…」

「何なのよっ!!」


分かってねえなあ、とばかりに首を振った二人。ナミの言う通りそろそろ船に戻って休んだ方がいいのでは?と首をかしげていると、にっと歯を見せて笑ったルフィと目が合い、彼は当たり前のように声を上げた。


「こんな夜に宴をしなくて、海賊が名乗れるか!!」


「宴だ〜!!!」という彼の叫びとほぼ同時に燃え上がったのは、遺跡の中心に聳えていた大きな蔓。麦わらの一味だけで始めたはずの“宴”は、いつの間にか人を呼び寄せ、大きくの人達が集まってくる。


ドンドットットッ
ドンドットットッ


『…いつの間にかこんなに…』

「ふふ、ホントね」


太鼓の音が響く中、燃え上がる炎の周りを取り囲むのは、大勢の人々。ゲリラ、空の住民達、麦わらの一味、そして、とても大きな蛇。
戦っていた事が嘘のように、辺りを包む楽しそうな笑い声。サンジさんが渡してくれたジュースを飲みながら、踊るみんなを見つめていると、「名前ー!」と輪の中からやってきたルフィ。あ、この展開は、


「ほら!!お前も踊ろうぜ!!」

『え、あ、ちょ…』


ぐいっと勢いよく引っ張られた腕。本当は安静にしてるようにチョッパーに言われているのだけれど、にししっと楽しそうに笑うルフィの手を振り払うことなんて出来るわけが無い。
輪の中へと戻ったルフィは、私の腕を掴んだまま、よくん分からない踊りを始める。そんな彼に、ぷっと吹き出すと「名前も踊れよ!」と手を握られた。


「空島はすんげェとこだったな!」

『そうだね…本当に、すごい所だったね…』

「どうだった?“冒険”は??」


弾んだ声で投げかけられた質問。
思い浮かぶのは、“空島”で体験した様々な出来事。

神官に襲われた時も、エネルに襲われた時も、怖くてたまらなかった。何も出来ない自分が情けなくて、ここへ来てからの私は、正直泣いてばかりだった気がする。でも。


『…正直、すごく怖かった』

「うぐっ」

『でも、それと同じくらい…ううん、それ以上に、“空島”は、“冒険”は…びっくりするくらい、楽しかった…!』


ルフィの目が僅かに見開く。

怪我をしたり気を失ったり、元の世界では決して有り得ない“怖い”体験をしたのは事実。けど、それだけなんかじゃなかった。白い海も、ふわふわの雲も、不思議な貝も、そして、今こうして得られている賑やかな夜も、全部、ここに来たから見ることが出来たのだ。

ルフィに握られている手を握り返す。目を合わせ、笑ってみせれば、ルフィの手に力が入る。


『だから…こんな冒険に連れてきてくれて、本当にありがとう、ルフィ』

「………にしし…おう!作戦成功だな!!」


頷いたルフィはとても嬉しそうに笑う。
作戦成功って、そう言えばロビンさんや彼の口から何度か“作戦”という単語を聞いた気がするけれど、成功って、一体何がどうして成功した事になったのだろうか?瞬きを繰り返して不思議そうき見上げる私を他所に、島中に響く賑やかな声は更に勢いを増していく。どうやらまた人が増えたらしい。

おそらくこれが私にとっての最初で最後の冒険だ。

はしゃいで踊るルフィの姿を見つめながら、顔を綻ばせる。こんな素敵な冒険を体験させてくれた彼に、もう一度“ありがとう”と心の中で繰り返すのだった。
空島 23

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