石の壁ち投げつけられた身体が地面に倒れ込む。
白い肌を染めた赤色。ピクリとも動かず、倒れ伏した小さな身体を見た瞬間全身の血が沸騰したように熱くなった。
「名前!!!」
駆け寄って名前を呼んでみたけれど、返事が返ってくることはない。
名前は、非力だ。戦う力も、まして身を守る術すらも持っていない普通の女の子だ。そんな子が、今、土埃と血に染まって倒れている。
震えを隠すように下唇を噛み締める。ゆっくりと手を伸ばして呼吸を確認すれば、か細くはあるものの、確かに息をしていることに気づき、小さく息を吐く。
「エネルっっっ!!!!」
「“六輪咲き(セイス・フルール)!!!!!”」
怒りで顔をゆがめたゾロとロビンが、同時にエネルに攻撃を仕掛けた。けれど、そんなもの意に介さないとばかりに避けることもせずに“雷”となって受け止めたエネルはニヤリと口元に孤を描く。
「ヤハハハハ、何をそんなに熱くなっているのだ。あんな小娘が一人死のうと、何の支障もないだろう?」
吐き捨てるように発せられた言葉。
無力な小娘。確かに彼女に力はない。先程、ロビンへのエネルの攻撃を防いだようにも見えたけれど、エネルに首を絞められた時も、そして、コトリとホトリと言う敵に襲われた時も、名前は恐怖に震えて動けなくなっていた。でも、だからといって、
この子が死んでいい理由になんて何一つならない。
“麦わら一味って、大きな夢を持って真っ直ぐに進んでいく、そんな…素敵な人達の集まりなんですね”
穏やかに笑ってそう言ってくれた名前。
嬉しかった。海賊だと知って最初は怯えていたけれど、だんだんと船に馴染んでいき、笑顔を見せてくれるようになった名前は、私たちをただ“海賊”として見るのではなく、“麦わらの一味”として見てくれていた。だから、素敵な船だと、楽しそうな冒険だと笑ってルフィたちの話を聞いていた彼女に、“空島”を見せたいのだと言ったルフィの気持ちはよくわかった。
でも、まさか、こんな目に合わせる事になるなんて。
自分よりも少し小さい手を握る。チョッパーも意識がない今、彼女の手当をすることさえ出来ない。怪我を負う事に慣れていない彼女の身体は、早く治療しなければ取り返しのつかない事になるかもしれないのに。きっと睨むようにエネルを見れば、同じようにエネルを睨んでいるゾロとロビンが再び攻撃を仕掛けた。しかし。
「無駄だ」
「ー!!ロビンっ!!!!」
能力を使おうとしたロビンの身体をエネルの雷が貫く。声を発することも無く、倒れようとしたロビンの身体を支えたゾロは、ゆっくりとロビンの身体を地面へ下ろすと、つりあげた瞳をエネルへと向ける。
「…コイツらは…女だぞ」
「………見ればわかる」
「イカレてんのか!てめェは!!!」
声を荒らげたゾロが、再びエネルへと斬りかかった。けれど、相手は“雷”。本来なら人間の力の及ぶことの無い“自然”そのもの。
ゲリラの攻撃を受けて一度は死んだかとも思えたエネル。しかし、“雷”の力を持つエネルは、自分の心臓をマッサージして起き上がると、圧倒的な力でゲリラとゾロを倒してしまう。
「………ゾロ…ロビン…!」
焦げた身体で倒れる二人に駆け寄ってみたけれど、どちらも意識はなく、返事は返ってこない。
倒れた相手の中から誰かを探すように視線を動かしていくエネル。そして、お目当ての人物を見つけたエネルは“彼女”へと歩み寄ると、その小さな身体を肩に担ぎあげたのだ。
「っ待って!!どうして名前を…!!」
「…まぐれかも知れぬとはいえ、おかしな能力を使う女だからな。利用価値があるかもしれぬ」
「そんなっ……!」
「さて、女、貴様1人だぞ…残ったのは…」
「っ…」
見下ろす視線は酷く冷たい。
ボロボロで倒れている仲間たちと、エネルに攫われようとしている名前。
私は、弱い。
悪魔の実の能力者でもなければ、ゾロやサンジくんのように何か突出した力を持っている訳でもない。アラバスタ到着前にウソップに作ってもらったクリマタクトのおかげで、“普通の子”よりは戦えるようになった。けれどそんな力、エネルから見ればちっぽけなもの。でも、それでも。
「ついて行きます!!あなたに…夢の世界に……だめですか?」
「…ヤハハハハ…よかろう…ついて来い…」
見定めるような視線を向けてきていたエネルが満足そうに笑う。
いくらでも笑えばいい。“恐怖”に支配された愚かな女だと。でも、今、あの子を守ることが出来るのは、エネルの手から奪い返すチャンスを持っているのは、この場では、私だけなのだ。
名前を抱えたまま歩き出したエネルのあとを追いかける。なんとか名前を取り返してエネルの元から逃げる。それが今、私に出来る最善だ。
***
声が、する。誰かの、叫び声が。
重たい瞼をゆっくりと開く。真っ先に目に映ったのは、どんよりとした曇り空だった。視線をキョロリと動かせば、次に目に入ったのは、
『……なみ……?』
「!!!名前!!!」
じっとこちらを見据えるナミ。その手には何故か、ルフィのトレードマークが握られている。どうして彼女が麦わら帽子を?いや、その前に、ここは一体どこなのか。もう一度周囲を見渡そうとした私に、「起きたか、娘」と掛けられた声。聞き覚えのある恐ろしいその声にビクリと肩を震わせれば、背後にある黄金の椅子に腰掛けていたエネルがゆっくりと立ち上がる。
「今、ちょうどショーが始まるところだ」
『……ショー?』
「そうだ。もっとも、直ぐに終わってしまうだろうが、」
そう言ってバチッという電気音とともにナミに向けて雷の槍を突き刺そうとしたエネル。「ナミ!!!!」と荒らげた声で彼女を呼ぶと、なんとかエネルの攻撃を避けたナミは、三つの棒を取り出すと、それを繋げて一本の棒へとし、エネルに構える。
「そんな棒切れで何が出来る?」
「っやってみなくちゃ!分からないでしょっ!!!」
放たれた雷が再びナミを襲う。けれど、今度は逃げること無く、その場で棒の1本を振ったナミ。すると、その棒の動きを追うように、エネルの雷が道をそれて行く。
「ほう…ヤハハハハ…面白いじゃあないか、小娘…!!!」
「ハァ…ハァ…………成功した」
「青海には、そんな道具があるのか!!」
三度目の攻撃も避けることなく、彼女の武器なのであろう棒を使って躱したナミ。一体どうやってあの雷を逸らしているのだろうと目を丸くしていると、愉しそうに目を細めたエネルがゆっくりと口を開く。
「雷の通り路を作り出そうとはいい考えだ。気象をよく知らねば出来る事じゃあない…」
雷の、通り路。それをあの棒で作り出しているというのか。
どうやら私は勘違いをしていたらしい。ナミは、私と同じように、とは言わないけれど、それでも、一味の中では戦う力なんてないものだと思っていた。でも、今私の目の前で彼女は、あの恐ろしいエネルに向き合って立っている。
「私は忙しいんだ、消え去れ!!!」
『!っナミーーー!!!!』
先ほどよりも威力の増した稲妻がナミに向かって飛んでいく。ふらつく足で立ち上がり、彼女の名前を呼んだその時、
「てめェが消えろ!!!必殺!!!“火薬星”!!!!」
「ウソップ!!!」
聞き馴染みのある声とともに現れたヒーローは、なぜか、怯えたように顔を隠すウソップだった。
空島 20