「ヤハハハハっ!!!」
焦げた匂いと愉快だとばかりに響く笑い声。震える指先を黒焦げになった二人に伸ばすと、それを咎めるようにバチッという音がして、思わず手を引っ込めてしまう。
一体、何が起きたというのか。約束していた場所に船を進めいていた私達。敵に襲われるということもなく順調だとウソップが喜んだ矢先、
当然現れた男に、サンジさんが、やられた。
「エネル!貴様っ…!!」
怒りで震える空の騎士の声。エネル、今、彼はエネルと言っただろうか。つまり、サンジさんとウソップの二人をこんな目に合わせた犯人が、“神”の正体。この人が、神?サンジさんやウソップをこんなふうにした人が?
睨むように目を細め、エネルを見上げる。その視線に気づいたエネルは、口元に笑みを浮かべると愉しそうに嘲笑する。
「ヤハハハハ!娘、何か言いたそうだな…だが、生憎私には貴様のような“小物”の相手をしている暇はない」
「待て!!神隊は解放するのか!!?」
「…それは神のみぞ知る事だ」
バリッ!!!という小さな雷鳴を残してきたエネル。ほっと息を吐きだし、慌ててウソップとサンジさんの二人に駆け寄れば、二人とも僅かに息をしている事が分かり、胸をなで下ろしたその時、
「ほほーう!」
「ほっほほーう!!」
『!?』
「何よ!!誰あんた達!!」
「ほっほーう!!」
いつの間にか船縁に立っていたのは、瓜二つの見た目をした太った二人の男。味方には見えないその二人に、きゅっと下唇を噛み締めた時、ナミと空の騎士が庇うように前へ。
「さっさと片付けてエネルを追わねば…!!あやつ、我輩の部下達を皆殺しにもしかねんっ!!我輩これしきの傷でこやつらになぞ負けやせぬ!!退いておれ、娘っ!!」
「いやよっ!!たまには私だって…
こいつら……!!守ってあげなくちゃ!!!」
強い意志の篭もったナミの声が鼓膜を揺らす。守る。ナミは、確かにそう言った。ボロボロで倒れるウソップとサンジさん、そして、何も出来ず、ただただ震える私を見て、そう、言ったのだ。
どうして、と声にならない声が漏れる。
どう見てもナミはルフィたちのような戦う力があるようには見えない。それに、彼女自身も森に入るのは“怖い”と言っていた。それなのになぜ、ナミは、立ち向かえるのだろうか。
「名前は下がってて!」というナミの声に、“敵”の視線が倒れている二人と私へと向く。ニヤリと笑った“敵”は、クルクルとその場で回り出したかと思うと、勢いをそのままに高く飛び上がり、倒れているサンジさんとウソップの元へ。
「うそっ!?やめて!!!」
「ほほっーーーう!!」
ナミの声が響く中、2人の身体を押し潰した“敵”。既に意識を失っているウソップたちからは呻き声すら上がらない。これ以上傷ついたら、二人が。「やめてっ!!」と声を上げてはみたものの、そんなもの意に返さないとばかりに、サンジさんとウソップの身体を蹴りあげる“敵”。「やめてったら!!!そいつはもう意識が!!!」とナミの悲痛な声を聞いても、“敵”は攻撃を休めることはない。
もう、嫌だ。どうして、サンジさんとウソップが、優しいこの人たちが、こんな風に傷つけられなきゃならないの。
ボロボロの身体から飛び散った血。どちらのものかも分からないそれが頬に付いた瞬間、込み上げてきたのは、確かな、怒り、
『もう……もう、“や め て え え え え!!!”』
「っ!?な、なんだ……!?」
“敵”の動きがピタリと止まる。いや、止まったのではない、“止められた”という方が正しい。何事かと驚いているその隙に、空の騎士とナミが武器で丸い身体を殴り飛ばす。“敵”から開放されたサンジさんとウソップの元へ駆け寄れば、怪我を悪化させ、血を流す二人の姿にポロポロと涙が落ちる。
「なんでアイツら急に……」
「娘!そやつらを連れて、今のうちに中へ!!」
『っは、はいっ…!』
空の騎士の声に、上擦った声で返事をし、ウソップの腕を掴み、ズルズルと引っ張る。力のない私では、二人を一気に運ぶことは難しい。一人一人運ぶしか二人を中へは連れて行けない。慎重に、けれど出来るだけ早くウソップを船室へと運び込むと、再び外へ飛び出し、今度はサンジさんを連れて行こうとしたのだけれど、
「女……お主、さっきは何をした…?」
『え…?』
行く手を阻むように目の前に現れた“敵”の1人。「名前!!」とナミの声が甲板に響く。迫ってきた“敵”。咄嗟に庇うようにサンジさんに覆いかぶさったその時。
「ジョーーーーーッ!!!!」
「っ、何だこの鳥は!?」
「サウスバード!?」
振り上げられていた手が止まる。
バサバサと羽音を鳴らし、森の中から飛び出してきた数匹のサウスバードたち。クリケットさんたちの元で見たものよりも随分と大きなそのサウスバードたちは、あろう事か、私の目の前の敵に向かって爪を広げている。
『どうして、サウスバードが…』
まるで助けに来てくれたかのように、“敵”と戦ってくれるサウスバード。「鬱陶しい!!!」と敵の1人がサウスバードを薙ぎ払うように手から炎を放つと、一匹のサウスバードがバサりと翼を広げてこちらへ。え、と目を見開いた時には、既に足は甲板から離れていて、同じように目を丸くしているナミと空の騎士の姿がだんだんと小さくなっていく。
『え、ええ!!?うそ、ちょ、…なんで…お、おろしてっ……!!』
「じょー!じょー!」
高く高く飛び上がっていくサウスバード。その両足は、しっかりと私の腕を掴んでいる。助けてくれた、という事でいいのだろうか。とにかく降ろして貰わなければと身体をじたばたと動かしては見たものの、サウスバードはビクともしない。
それどころか、広げた翼を羽ばたかせ、サウスバードが向かっているのは、緑の生い茂る森の中である。
『っナミー!!!空の騎士ィ!!!』
「名前ー!!!」
離れていく船から手を伸ばす二人の姿がどんどん小さくなっていく。あっという間に見えなくなってしまったメリー号。
一体何がどうしてこうなったのだろうか。
ちらりと見上げた視線の先では、何処か嬉しそうに翼を広げるサウスバードの姿。どうか、この子が巣に持ち帰って私を食べようとしていまように。
空島 17