「なんでだよ!?黄金見たいって言ってたじゃねえか!!一緒に行こうぜ!!!」
「「アホかァァァ!!!!」」
ゴンッ!という音ともに、黒い足と白い拳によって沈められたルフィ。その姿に苦笑いを零すと、ムクっと起き上がったルフィに、白い拳の持ち主、ナミが呆れ半分に声を荒らげる。
「名前は怪我人だって何度も言ってんでしょ!!!森の中は危険なんだから、この子は脱出組!!」
「けど!一緒に居なきゃ守ってやれねえじゃんか!!!」
「安心しろルフィ。お前の分まで名前ちゃんの事は俺が命に変えて守ってやる」
「でもよお、」
渋るルフィさんに、「それじゃあ探索組から外れる?」とナミが言えば、むむっと口をへの字に曲げて口を噤んだルフィ。探検はしたい。でも、私との約束も守りたい。そんな風に思ってくれているのだろう。眉間に皺を寄せ、難しい顔をする彼にゆっくりと歩み寄れば、それに気づいたルフィが小さく私の名前を呼ぶ。
「名前、」
『ルフィ、私は、ルフィが見つけてきてくれた黄金を見れるだけで嬉しいよ、』
「けど、約束が…!」
『大丈夫。船にはサンジさんやナミさ…じゃなくて、ナミもウソップもいるし、それに怪我はしているけれど、ここに詳しい空の騎士だっているから』
「…そうか?」
『うん。私は、ルフィが私との約束を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、あなたが冒険を楽しんできてくれたらもっと嬉しい』
「だから、行ってらっしゃい」と手を振れば、数回の瞬きの後、にかっと笑って「おう!」と元気よく頷いたルフィ。どうやら納得してくれたらしい。「そんじゃ行くかァ!!!」と声を上げて出発した探索組の4人。その背中を見送ってから「私達も行くわよ」とナミの指示の元に船を出航させた。
***
「己の行動に罪を感じた時、人は最も弱くなる。エネルはそれを知っているのだ。“迷える子羊”を自ら生み支配する。まさに、“神”の真似事というわけだ…食えぬ男よ…」
彼が体験してきたこの国の歴史と、その歴史の中に突如現れたエネルについて話してくれた空の騎士。元々は空の騎士が治めていたというこの国の“長”の座を奪ったエネルは、自分は本物神だと言うように振る舞い、空島に住む人々を恐怖で支配しているらしい。
「ひどい…」と呟いて震える私の手を、隣に座るナミが握ってくれる。その手を握り返すと、眉を下げて微笑んだナミがゆっくりと立ち上がった。
「ま、兎にも角にも、まずはこの島から脱出するルートを確保しないとね」
「そ、そうだな…折角、誰かが船もなおしてくれたんだ。このチャンスを棒に振るわけにはいかねえな」
『ウソップさ…ウソップが見たのは、一体誰だったのかな…』
継ぎ接ぎだらけで修理されたメインマストを見つめながらポツリと呟く。
昨晩、深い霧の中、ウソップはメリー号の方から木槌を叩く音を聞いたらしい。その音の正体を確かめるべく船の方へと向かった彼が目にしたのは、手に木槌を持って微笑んだ“誰か”。この話だけを聞いたら、それは、まるで、
「幽霊みてえだよな」
「『ひぃっ!』」
独り言のように零されたサンジさんの声に、ウソップと手を取り合って悲鳴を上げれば、「てめっ!ウソップ!!何気安く名前ちゃんの手を握ってやがる!」とウソップの頭にかかと落としが。さ、さすがに理不尽すぎるのでは…。気の毒に思い、頭を抑えて蹲っているウソップに手を差し伸べようとすると、「名前ちゃん、あいつの事は放っておいていいよ」と優しい笑顔で言うサンジさんに、苦く笑ってしまう。
「それはそうと、名前、あんたさっきウソップの事を、また“さん付け”しようとしてたわね」
『うっ……まだ慣れなくて』
「それに、ルフィと話してた時も、私の事を一瞬“ナミさん”って言ってたし」
『…ほんと、慣れなくて……』
目敏い。よく気づいてる。
肩を縮こませる私に、「もっと肩の力抜きなさいよ」とため息をつくナミ。肩に力を入れているつもりはないのだけれど、出会ってからずっと“さん付け”していたせいか、どうにも慣れないのだ。
「お、それなら、練習でもすりゃあいいんじゃねえか?」
『練習?』
「おう」
確かに、それはいい考えかもしれない。ウソップの提案に、おおっ!と目を輝かせ、早速この場にはいないルフィの名前を口にする。
『ルフィ、ルフィ、ルフィ、ルフィ』
「私は?」
『ナミ、』
「俺は?」
『ウソップ、』
「俺は?」
『サンジ…………さんっ!』
「あら、引っ掛からなかったわね」
リズムよく加わってきたサンジさん。危うく呼び捨てしてしまうところだった…!「俺の事も呼び捨ててで呼んでくれていいんだぜ?」とサンジさんは笑ってくれているけれど、とんでもない!と首をふれば残念そうに眉を下げる。
『本当は、ナミ…の、ことも、さん付けしたいくらいなのに…』
「なんでよ?年下でしょ?」
『…どう見ても私より大人っぽいし…』
「あんたが童顔なだけじゃない?」
『どう……』
確かに、日本人は世界から見れば“童顔”と言える顔立ちである。この世界の人達は、どう見ても純日本人な私とは顔も身体も作りが違うし、ナミたちからすれば、私は幼く見えて当然なのかもしれない。
ショックを受けると言うより、納得していると「そうか?」とウソップが不思議そうに首を傾げる。なにがそうか?なのだろうかと、私も首を傾げれば、人のいい笑顔を見せたウソップがどこか懐かしむように口を開く。
「俺ァ名前のこと、“子供っぽい”とは思わねえけどなァ」
『…ナミやロビンさんと比べたらすごく子供っぽいと思うけど…』
「…まあ見た目は確かに少し幼くみえるけど、こうなんていうか、纏う空気とか、雰囲気がさ、すげえ安心するっつーか、包容力があるっつーか…そういう所は、むしろナミよりお前の方が年上だって聞いて納得したぜ?」
纏う空気。自分では決して目には出来ないであろうそれは、ウソップにはそんな風に見えているのか。「ああ、それは分かるかも」「確かに」とウソップの言葉に頷くナミとサンジさん。そうだろうか?と自分では首を傾げると、一連の流れを見ていた空の騎士が少し呆れたように息を吐く。
「お主ら、緊張感というものを知っているか?」
「そのくらい知ってるよ」
「ここは、アッパーヤードの中。いつ敵が襲ってきてもおかしくはないのだぞ。もう少し警戒した方がいい」
「へいへい、ご忠告どうも」
空の騎士の言葉に煙草の煙を吐いたサンジさんがヒラヒラと手をふる。そんな彼の様子に、ナミと二人で小さく笑えば、空の騎士はまた小さくため息を漏らすのだった。
空島 16