燃え上がる炎。槍に貫かれ、力なく落ちていく身体。
「うあああああ!!!空の騎士ーーっ!!!!」
チョッパーさんの悲鳴とともに白い海へと沈んで行った空の騎士の姿に、全身の力が抜けたように座り込む。うそ、そんな、まさか。
途中までは、空の騎士が優勢にも見えた。けれど、だんだんと空の騎士の動きが鈍くなり、ニヤリと男が笑った瞬間、その身体に槍が突き刺さり、炎が燃え上がったのだ。
唇を震わせ、涙を流したまま呆然とする私に、「次は貴様だ」と冷たい声が降ってくる。え、と顔を上げ、声の方を見上げれば、酷く残忍な顔をした男の手によって振り上げられた槍がグサリと無情に左肩をついた。
『っう あ゛あ゛!!』
「!!!!名前ー!!!」
貫かれた身体が、甲板へと横たわる。しかし、すぐに起き上がらせられたかと思うと、そのまま髪を捕まれ、海の方へと投げ飛ばされる。
「ふん……脆いな」
薄れゆく意識の中、まるでつまらないとて言うようにそう言い残された言葉は、酷く胸に突き刺さった。
***
並んで眠る二人の姿に息を呑む。
ぐしゃっと持っていたタバコの箱を握潰したサンジが、許せないとばかりに顔をゆがめる。
「おでっ…ま゛も゛れながっだ……!」
涙でぐしゃぐしゃの顔でそう言ったチョッパーに、「お前は悪くない」とゾロが首をふる。
神官の試練、“玉の試練”を抜けた俺たちがメリー号にたどり着いた時、メリー号は無残な姿へと変わっていた。燃える槍を持つ敵に襲われたらしいメリーのメインマストは折れており、チョッパーは申し訳なさそうに謝ってきたけれど、チョッパーが悪いことなどある筈ない。そんな危険な相手に、船と、そして名前を守るために戦おうと立ち向かったこいつを責めるやつなどこの船にいるものか。
白い頬にはまた不釣り合いなガーゼを付けて眠る名前。「なんで名前ちゃんが、」と零されたサンジの声にルフィは無言で彼女の隣に腰掛けた。
「…チョッパー、名前の傷は、」
「…命に別状はない…空の騎士より、ダメージも少ないと思う………でも、名前は、怪我が治るのが遅いから、多分、完治するまで時間が掛かると思う……」
「そっか……」
「ごめんっルフィ……名前、せっかく楽しそうにしてたのに、こんな目に合わせてっ……」
悔しさで顔をゆがめるチョッパーの気持ちが痛いほど分かる。もし自分がもっと強ければ、なんて俺だって幾度となく思ってきた。「チョッパー…」と痛々しそうに顔をゆがめたナミがチョッパーの肩を叩く。うっうっと嗚咽を漏らすチョッパーに、俺も声をかけようとした時、
『うっ………』
「っ!!名前!!!」
閉じられていた瞼が小さく動く。少し苦しそうな声を漏らした名前の瞳がゆっくりと開かれると、その場にいた全員の口から小さく安堵の息が吐き出される。
『…ちょ…ぱー、さん、……そらの、きし、は……?』
まだぼんやりとしている意識の中発せられた第一声に、チョッパーはさらに涙ぐむ。「大丈夫!!空の騎士も生きてるよ!!!」というチョッパーの声を聞いた名前はほっと目尻を下げると、ゆっくりと身体を起こそうとする。けれど、痛みで上手く身体を動かせないのか、フラリと倒れそうになった小さな身体。それを隣にいたルフィが受け止めると、慌てた様子でチョッパーが2人の元へと駆け寄った。
「まだ動いちゃダメだ!!」
『……チョッパー、さん、』
「どうした?もしかして痛み止め効いてねのか??他にもどこか痛むのか?」
『…っ、ごめん、なさいっ……』
小さな口から発せられた言葉にチョッパーが息を呑んだ。目を見開いて固まる俺たちを他所に、ポロポロと涙をこぼす名前は更に言葉を続ける。
『わ、わたし…何も、出来なくてっ…やっぱり足でまといでっ……』
「っ違うよ!!!謝らなきゃならねえのは俺だ!!!俺がっ…俺が、もっと強ければ、名前のこと守ってやれたのにっ…!!俺、名前のこと守るって言ったのにっ……それなのにっ……」
涙で震えた声でそう叫んだチョッパーに、名前は小さく首を振る。それに、なんで、と言いたげにチョッパーが声を上げようとすると、眉を下げ、緩く笑んだ彼女の表情に、チョッパーが言葉を詰まらした。
『チョッパーさんは、守ってくれたじゃありませんか。私を庇って、戦ってくれた、』
「でもっ…!結局守れてねえ!!!!」
『そんなこと、ないです、この一味の“仲間”でもなんでもない私なんかの事を、身体を張って守ろうとしてくれただけで、私は、』
「仲間じゃなくても!!友達だろっ!!!!」
『っ』
叫ばれた声に今度は名前が言葉を失う。涙と鼻水に濡れたぐしゃぐしゃの顔で叫んだチョッパーは、グイッと少し乱暴に目元を拭うと、小さな蹄で名前の手を掴んだ。
「名前は、“海賊”じゃなくても…!俺たち麦わらの一味じゃなくても……!もう、友達だろっ!!!!」
『とも、だち…』
「友達を守ろうとするのは当然なんだ!!!!だからっ……そんなふうに、言うなよォ…!!」
うわあああと今度は子供のように声を上げて泣き出したチョッパー。吊られるように更に涙を流した名前はルフィの腕の中から抜け出すと、ふわりとチョッパーに抱きつく。飛び込んできた彼女に驚いたのか、ピタリと泣き声を止めたチョッパーが、「名前…?」と彼女の名前を呼ぶと、ずずっとと鼻水を啜る音を零した名前は、とても、そう、とても嬉しそうに、愛おしそうに呟いた。
『ありがとう、チョッパー、』
「う…うううううう゛う゛う゛う゛っ…!!!」
二人分の泣き声が船室に響く。けれど、包まれる空気は何処か柔らかい。ナミと目を合わせてにっと笑い合えば、優しく目を細めたサンジがふっとタバコの煙を吐き出した。
空島 13