空島には天使がいた。
なんて話、きっと元の世界では誰も信じないだろう。けれど、今私の目の前で穏やかに微笑んで“ダイアル”というものの説明をしてくれているコニスさんは、その背中の羽も相まって、やはり“天使”にしか見えない。
ビーチで出会ったコニスさんと、彼女のお父さんであるパガヤさん。快く私たちを迎えてくれて親子はなんと空島料理をご馳走してくれると家にまで招待してくれたのだ。ただ一人、パガヤさんから借りたウェイバーという不思議な乗り物に乗って、楽しんでいるナミさんを残し、二人の家までやって来た私たち。サンジさんとパガヤさんの空島料理が出来るまでの間、コニスさんは親切に“ダイアル”という不思議な貝について教えてくれた。
音貝(トーンダイアル)
風貝(ブレスダイアル)
どちらもとても不思議なものだ。わいわいとダイアルで遊ぶルフィさんたち。そんな彼らと同じように目を輝かせてダイアルの説明を聞いていると、「さぁ!出来たぞ!!」と美味しそうな空島料理がテーブルに並ぶ。
『うわあ、すごい美味しそう…!』
初めて見る食材で作られた、初めて見る料理。一体どんな味なのだろうと胸を踊らせながら1口食べると、口の中に広がったのは、まさにほっぺたの落ちてしまいそうな味。なにこれ。美味しすぎる。ほうっと感嘆の息を吐いて、また一口食べれば、そんな私の様子を見ていたゾロさんが呆れたように口を開いた。
「大袈裟だろ」
『いえ、大袈裟じゃないですよ。ほんとに、ほんととにビックリするくらい美味しい…』
「名前ちゃんはいつも美味しそうに食ってくれて、コック冥利に尽きるぜ、全く」
『だって、本当にすっごく美味しいから……ナミさんもきっと喜んでくれますよ』
「だと嬉しいねえ。…あれ?ナミさんは?」
私の言葉に顔を綻ばせたサンジさんは、ナミさんを探すためにバルコニーから海を見る。けれど、見えない彼女の姿に心配そうに声を上げた彼に、コニスさんが焦った様子でパガヤさんに詰め寄る。
「ち、父上…大丈夫…でしょうか…!?」
「ええ、コニスさん、私も少し悪い予感が…」
顔色を悪くする2人にチョッパーさんと目を合わせて首を傾げる。「なんだ?どうした?」と料理を頬張りながら尋ねるルフィさんに、コニスさんは強ばった表情で口を開く。
「このスカイピアには、何があっても絶対に足を踏み入れてはならない場所があるんです」
足を、踏み入れては行けない場所が?
「なんだそれ?」ともぐもぐと口を動かしながら首を傾げたルフィさん。そんな彼にコニスさんは更に声を続ける。
「……聖域です。神の住む土地…アッパーヤード」
「神がいるのか!!?絶対に足を踏む入れちゃならない場所に……!!!」
コニスさんの言葉に、何故か目を光らせたルフィさん。はっ!!と何かに気づいたウソップさんがルフィさんの胸ぐらを掴んで何やら詰め寄っているけれど、ルフィさんさ輝いた笑顔のまま、「絶対に入っちゃいけねぇ場所かあ」と弾んだ声で繰り返す。まるで、してはいけないと言われたことほどやりたくなる子供のようだ。
「ありゃ、何があってもいくつもりだな」とボソリと呟いたゾロさんに「え、」と声を漏らすと、にいっと口の端を上げて笑うゾロさんもどこか愉しそうだ。
『…神様がいる島に勝手に入るなんて、不謹慎なんじゃ…』
「ばーか、神なんているかよ」
『でも、コニスさんたちは信じてるみたいですよ?』
「俺ァ神なんて信じねえよ。…あ、そういやお前、サウスバードに“巫女”って呼ばれてたんだったな」
『え、あ……』
ゾロさんの言葉に、「なんの話し?」とロビンさんが首をかしげる。「サウスバードが名前の事を“みこ様”って呼んでたんだ!みこってなんだ?」と答えたチョッパーさんが首を傾げる。ロビンさんの視線がゆっくりと私の方へ移される。
「…巫女や神官は、神様に使える人間のことね。一般的に“巫女”は女性だけど」
「へえ!じゃあ、名前は神様に仕えてるのか??」
『え……いえ、そういうわけじゃ…』
「??じゃあ、なんでサウスバードは“巫女様”って呼んでたんだ??」
『それは…私にも分からないです…』
本当に。なぜ、サウスバードが私を巫女だと呼ぶのか理解できない。もし仮に、万が一、億が一私が“異海の巫女”だったとして、サウスバードがそれを知っている筈なんてないのだ。
うーんと首を捻る私たちに「何やってんだ?」と不思議そうにルフィさんも首を捻る。そんな中、唯一ロビンさんだけは何かを考えるように目を細め、何か探るようにじっと見つめられる。
『あ、あの…ロビンさん?』
「…いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」
「今から俺達のウェイバー取りに行くぞーー!あと、ナミを探しに“入っちゃいけねぇ島”にも行かねえとな!!」
ロビンさんがゆるく首を振ったところで、立ち上がったルフィさんが高らかに声を張る。“入ってはいけない島”に行くって宣言するのは如何なものだろうか、と頬を引き攣らせていると、「早く行くぞ!!」ルフィさんが走り出したため、慌ててそれを追いかけた。
***
「高すぎるわよ!!!」
「ぐあ!!!」
めりっとホワイトベレーという隊の隊長の香りめり込んだウェイバーの船体。ぎょっと目を丸くしてアワアワと慌てる私に、「ナミに金を請求するなんて…怖いもの知らずだな」とチョッパーさんが神妙な顔で呟いた。
ビーチへ戻った私たちの元へ現れたのは、ホワイトベレーという何やら隊のような人達。どうやら、入国料を払わなかった私たちに不法入国者として罰金を命じに来たらしいのだけれど、
「はっ!!!しまった!!理不尽な多額請求につい……!!!」
どうやら、700万ベリーの請求は彼女の逆鱗に触れたらしい。我返ったらしいナミさんは、慌てた様子でウェイバーをパガヤさんへと引き渡すと、ルフィさんの腕を引いて船の方へ走ってこようとする。けれど、そんな二人を咎めるようにゆるりと起き上がった隊長さんは「待てーい!!!」と声をはりあげた。
「今のは完全な公務執行妨害、第5級犯罪に値している…!!!“ゴッド・エネル”の御名において、お前達を“雲流し”に処す!!!」
『…くもながし?』
なんだろう?と首を傾げる私の隣で、「なるほど」と何かに納得したようにロビンさんが頷く。どうやら彼女には“雲流し”がどういうものなのか察しがついているらしい。
「引っ捕らえろ!!!」という隊長さんの声に他のホワイトベレーの人達が弓を構えた。
『…神官って、どんな人達なんでしょうか…』
「さあ、でも、第2級犯罪者を裁くくらいの“力”は持ってるんでしょうね」
ルフィさん、ゾロさん、サンジさんの三人によって、あっという間に伸されてしまったホワイトベレー隊の人達。生で見る“戦闘”というものは、どうにも慣れなくて、途中から目を背けてしまった。ホワイトベレー隊に手を出したことによって、更に罪が重くなったらしい麦わら一味は、神様に仕える神官が直々に裁きに来るらしい。
ロープの梯子を下ろしながら、どこか楽しげに笑うロビンさん。どうして笑っていられるのだろう。ロビンさんの反応に眉を下げていると、ポテッと小さな身体を甲板の上に転がすチョッパーさんに気づき、「大丈夫?」と駆け寄れば、「おう!大丈夫だぞ!」と頷いたチョッパーさんは、ロビンさんの梯子を使って登ってきたナミさんを見て、何故かビクッと身体を震わせた。
「ルフィのやつ…!絶対分かってない!!どれだけヤバいのか何にも分かってない…!!!」
握った拳を怒りで震わせるナミさん。触らぬ神に祟りなし、とでも言うようにそーっと距離をとったチョッパーさんが「ナミこええ…」と呟いている。パガヤさん達のお家で、“空島弁当”を取りに行っているルフィさん、サンジさん、ウソップさん。三人が戻って来たら、ナミさんは空島から離れたいらしいけれど、どうやら彼らの船長は、コニスさんから聞いた“入ってはいけない島”に向かう気満々のようだ。
私としては、是非ナミさんの言う通りにして欲しいのだけれど、ルフィさんの“冒険”の邪魔をする訳にもいかないので、口を出すことは出来ない。「諦めろ」と言うゾロさんに「本当に怖いんだから!!!」と涙目で叫ぶナミさんが、そこで何を目にしたのか、考えるだけで恐ろしい。「着替えてくる、」と目を釣りあげたまま女部屋へと向かったナミさん。私も何か羽織るものを貸してもらいたいのだけれど、今のナミさんに話しかけるのは少し躊躇ってしまう。もう少し彼女が落ち着いてからにしようと息を吐いた瞬間、
「うお!?なんだ!!?」
「ふ、船が!!船が勝手に動き出したぞ!?」
ぐらりと大きく揺れた身体。船縁に手をつき、何とか倒れずに済んだものの、何が起きているのか全く理解できない。見開いた目で、キョロキョロと周りを見回していると、「ちょっと待って!!!なにこれ、何なの!!?」と慌てて女部屋からナミさんが飛び出してきた。
「アアアアアアアアア!!!」
「どこかへ連れていく気だ!俺たちを!!!おい!!!全員船から飛び下りろ!!!まだ間に合う!!!」
「だって船は!!?船を持って行かれたら、」
「心配すんな!!俺が残る!!!」
「そんな!!あんた1人残ってどうなるの!!」
「…いいえ、そんな事もできないようにしてあるみたい」
『え……』
話の流れについていけず、ただただ呆然と座り込んでいると、何処か焦った声音で呟かれた言葉に視線をゆっくりと後ろへと。
『ひっ………!!』
「大型の空魚たちがホラ…口を開けて追ってくるわ………!!飛び込んでも、勝ち目はなさそう…」
大きな口から鋭い歯を覗かせて追ってくる“空魚”。身を竦ませ、震え上がる私の肩を抱くナミさんを見上げると、このままでは“天の裁き”によって、例の島に呼び寄せられてしまうと聞いた彼女の顔色が一気に青く染まる。
「じゃあまたあの島へ!!?」
「ルフィーーー!!!ウソップーーー!!!サンジ君!!!」と島に残る三人の名前を呼んだなみさんの声。それをかき消すかのように、メリー号を乗せた巨大なエビは奥へ奥へと進んでいくのだった。
空島 11