一面に広がる白。こんな光景は初めて見る。胸に広がる感動をそのままに、コニスちゃんの家への階段を登っていると、不意に足を止めた名前ちゃんが、ゆっくりと後ろを振り返った。
『…綺麗…』
思わず、というように呟かれた言葉に、全員が足を止める。先ほどナミさんに向かって舌を出していたルフィとは正反対だ。ほうっと感嘆の息を漏らす彼女の頬は薄らと赤くなっており、大きな瞳はキラキラと輝いている。
ルフィたちと雲にのってはしゃいでいた時も、そして今も、子供のように目を輝かせる彼女に、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。ルフィは、空島を見た彼女が、どんな顔をするのか見たいのだと言っていたけれど、アイツが見たかったのはきっと、こういう姿だったのだろう。
小さな肩を震わせて怯える姿でも、瞳からポロポロと涙の粒をこぼす姿でもない。
俺達の冒険を、夢を、“素敵”だと微笑んでくれた彼女の、子供のような笑顔を、ルフィは望んでいたのだ。
目下に広がる一面の白。それに見惚れている名前ちゃんはとても可愛らしい。ふっと笑んで、そんな彼女を見つめれば、自然と目に入るほっそりとした手足。
「可愛いわね」
「え?…ああ、うん、そうだね……本当に、可愛いよね、」
俺たちと出会ってからずっと長い袖と丈の服で隠されていた白い肌が今は惜しみなくさらけ出されている。ナミさんやロビンちゃんとはまた違う、華奢な身体。けれど、決して貧相というわけではなく、白く柔らかそうな肌は、なぜか、酷く目のやり場に困る。
ふうっと息を吐いて、落ち着くように深呼吸をすれば、そんな俺の様子に気づいたロビンちゃんは、ふふっとそれは美しく微笑む。
「やっぱり、“ギャップ”ね」
「でも、それだけじゃないかもしれなけれど、」と付け足した彼女の視線の先を追えば、「どうかしましたか?」というコニスちゃんの言葉に「いえ、」と小さく首を振って再び歩き出そうとする名前ちゃん。しかし、彼女はこのフカフカと地面にまだ慣れないらしい。一歩踏み出した身体は、バランスがとれずに後ろへと傾く。あ、と小さく零れた声。危ないと手を伸ばそうとした時、
「…何やってんだ、」
『あ……ゾロさん、』
白い手首を掴んだのは俺。…ではなく、彼女の前を歩いていたゾロだった。くそマリモ。なんで俺じゃなくててめえがそこにいやがる。
「ありがとうございます」と柔らかく笑んでお礼を言った彼女に、「気いつけろ」と一言返し手を離したゾロ。しかし、手は離れたというのに、再び歩き出した小さな身体に向けられる視線は外れることは無い。ルフィやウソップ、そしてコニスちゃんと楽しそうに話しながら階段を登る名前ちゃん。そんな彼女の姿に、ゾロの目がすっと細められた瞬間、
ブチッと何かの切れる音が聞こえた。
それと、同時に踏み込んだ足。
振り上げた足を緑の頭目掛けて振り下ろせば、ぎょっと目を見開いたゾロが慌てて鞘ごと抜いた刀でそれを受け止める。ちっ。気づかれたか。
「てめっ…!いきなり何しやがる!!」
「何しやがるだァ…?名前ちゃんのことやらしい目付きで見てんじゃねえ!!このむっつりマリモが!!!」
「はあ!!?」
何言ってるんだとばかり顔ゆがめるマリモヘッド。だが、それで誤魔化される俺じゃねえ。目を細めたゾロの視線の先、そこにはいつもと違う、眩しい白い肌を露出させて名前ちゃんが確かにいたのだ。
「変な言いがかりつけてんじゃねえ!!」と蹴りを受け止めた鞘を押し上げられ、「何が言いがかりだ!変態グリーン野郎!!」と今度は反対の足を振りあげれば、「てめえにだけは変態だとか死んでも言われる筋合いはねえ!!!」と今度は鞘から抜いた刀で受け止められる。
「あらあら、」
「なんで喧嘩してんだよ!お前ら!?」
くすくすと笑うロビンちゃんの声と、訳が分からないとでも言うように目を見開くウソップの声。二人の声に返事を返すことなく、とにかく目の前のむっつりマリモ野郎を蹴り飛ばそうと再び足を振り上げた時、
『サンジさん?ゾロさん?』
「「っ」」
耳を擽るような柔らかな声に、互いの動きがピタリと止まる。キョトンとした顔で不思議そうに、けれど、どこか心配そうに「どうして喧嘩してるんですか?」問いかけられれば、振り上げた足を下ろす気にもなれず、ゆっくりと元の位置へと戻すことに。
「大丈夫だ、名前ちゃん。君のことを不埒な目で見る変態マリモヘッドは今すぐ俺が葬るから」
「誰が変態だ!!!!どう足掻いてもそりゃテメェだろうが!!!!」
くわっと歯を向いて反論してくるゾロに、「俺は変態じゃねえ!!!」と声をはりあげれば、ぱちぱちと数回瞬きをした名前ちゃんが、次の瞬間、くすくすと笑い始める。「?名前?どうしたんだ?」とウソップが問いかけられば、笑い声を治めた名前はおかしくて堪らないとでも言うように肩を震わせたままゆっくりと口を開く。
『っ、だ、だって、不埒って……ゾロさんがそんな風に私を見るわけないのにっ……ふ、ふふっ、サンジさん、それ、きっと勘違いですよ、』
「っいいや!勘違いなんかじゃねえさ!コイツは確かに、名前ちゃんの後ろ姿をやらしい目で見てた!!!」
「見てねえっつーの!!!!」
『そうですよ、ゾロさんが私を見なきゃいけない理由もありませんよ?』
「いや、それは……」
それは、多分、ゾロも気づいたのだろう。普段と違う丈や袖の短い服から伸びる細い手足と白い肌に。
けれど、それを伝えてしまえば、きっと名前ちゃんは顔を真っ赤にして直ぐにでも船に戻り、またいつもの格好に戻ってしまう。それはとても勿体ない。今の服もよく似合っているのに、とても勿体ない。
うっと言葉を詰まらせた俺に、またふふっとおかしそうに笑った名前ちゃん。先を行くルフィの「早く行こうぜー」と待ちきれないばかりの声に返事をした彼女は、「行きましょう」と微笑むとゆっくりと白い階段を登り始めた。
「自覚がないのも、考えものね」
困ったように笑ってそう言ったロビンちゃんの言葉は、本当に、その通りだと思う。
空島閑話