「何言ってんの!?あんた達私は一番か弱い女の子よ!?この笛は私が持つべきじゃないっ!!」
「ルフィ、お前はただ笛が吹きてえだけだろ!!外れろ!!」
「おっさん呼びてえんだ!!おれは今!!」
「おれに持たせてくれ!俺が一番弱いぞ!!」
「バカいえ!!一番弱ェのはおれ様だ!!!」
「私よ!!フザけんじゃないわよ!!」
わー!わー!と何やら揉めている四人。「変わったケンカをするのね…」と不思議そうに呟いたロビンさんに苦く笑う。
空の騎士、と名乗ったお爺さん。彼はこの空島で傭兵家業をしているらしい。空の騎士からノックアップストリーム以外の方法もあると聞いた時、ナミさんは怒り狂っていたけれど、クルー全員が辿り着く方法は、ノックアップストリームしかなかったのだとか。0か100の賭け。それに勝ってしまったのだから、やはり麦わらの一味のみんなはすごい。
「1ホイッスルお主らにプレゼントしよう!!」と言う言葉と共に渡されたのは、どこにでもある笛。詰まるところ、この笛を吹けば、空の騎士がまた助けに来てくれるらしい。それはとても心強いことではあるけれど、それが揉める原因になるだなんて、空の騎士は思いもしなかっただろう。
未だに笛の奪い合いを続ける四人に、「何やってんだか」とゾロさんがため息をつく。そんな彼に「でも、笛があると心強いですよね」と零せば、あら、と言うようにロビンさんの視線がこちらへ。
「あなたは、参戦しなくていいの?」
『え?』
「私は、あの笛はあなたに一番必要だと思うけど、」
ロビンさんの声に喧騒の声がピタリと止まる。笛を吹こうとしていたルフィさんから取り戻したナミさんやウソップさんが確かにとでも言うように私を見てくるものだから、眉を下げて緩く首を振った。
『あの笛は、空の騎士からこの船の皆さんへのプレゼントです。私は、この船に乗せてもらってるだけの居候…みたいなものだし、笛を吹く資格はありませんよ』
だから大丈夫です、とでも言うようにナミさん達を見れば、何故か、酷く不機嫌そうな顔をしたナミさんが、持っていた笛をマストへと掛ける。
「……じゃ…こうしましょ。船の真ん中!メインマストにかけておくから、困った人が困った時にここから取って笛を吹く!これで平等」
「よし」
「わかった」
どうやら話は落ち着いたらしい。ナミさんの提案に納得したのか、うんうんと頷くウソップさんとチョッパーさん。良かったと小さく笑んでいると、「それから名前!!」と突然名前を呼ばれ、「え!あ、はい!!」と少し上擦った声で返事をする。
「あのねェ!この船に乗ってる以上、あんたも一味の“仲間”同然なの!!その仲間が危険な目に会うって言うなら、この笛を吹く権利は当然あんたにだってあるの!!!」
『…ナミさん…』
「いい?何かあったら迷わずこの笛を吹くこと。もし遠慮なんかしたら許さいから」
『…はい……ありがとう、ございます、』
ナミさんの優しが身に染みる。目尻を下げてお礼を言えば、「よし、」と頷いた彼女は今度はルフィさん達へと視線を向ける。ルフィさん、ゾロさん、サンジさん、ロビンさんの4人を順番に指さしたナミさんは、「あなた達は吹く権利を持ってませんから!!もし吹いたら地の果てまで蹴り飛ばすわよ!!」と当たり前のように言い、そんな彼女に、四人は声を揃えて「はい、気をつけます」と返事をしていた。
なんとも言い難い光景である。
一人ズーンと落ち込むルフィさんをよそに、そのまま船を進めるナミさん。すると、前方に現れた下へと流れるような雲にロビンさんとチョッパーさんが不思議そうに声を上げる。
「何かしら…滝のようにも見えるけど」
「変な雲だろ?」
「よし、決まりだ。あそこへ行ってみよう」
船を滝のような雲の方へと進めていくと、滝の前でメリー号を迎えたのは、大きな雲の塊だった。「“空の海”の上に浮いてんだから、同じ“空の海”じゃねェだろ」というサンジさんの言葉に、確かにと頷いていると、「触ったらわかるだろ」とルフィさんが勢いよく拳を雲に向かって伸ばした、すると、
パフン………!
「うおお!!!」
ルフィさんの拳を弾いた雲。その弾力に目を輝かせたチョッパーさん。いち早く船から雲へと乗り移ったルフィさんは、雲の上でふかふかっとトランポリンのように浮いている。「スゲーーーーーー!」「俺も行く!!!」と声を上げたチョッパーさんとウソップさんがルフィさんに続くのを見て、楽しそうだと微笑ましく思っていると、「名前!!」という声とともに目の前に伸びてきた手のひら。え、と未だに雲の上にいる手のひらの持ち主を見上げると、にっと人好きする笑顔を向けられる。
「来いよ!!!名前の言ってたとおり、雲に乗れるんだぞ!!!」
「ほら早く!」と手を握ることを急かすルフィさん。そんな彼の姿に脳裏に過ぎったのはクリケットさんの言葉。
“楽しんだもん勝ちだぞ、嬢ちゃん”
雲に、乗れる。小さな頃には夢に見た事もあったけれど、そんなことありえないのだと知ってからは考えもしなかったこと。でも、今、私は、また“ありえない”事を“ありえた”ことにしようとしている。
縮んで戻りそうになったルフィさんの手のひらを掴む。嬉しそうに笑うルフィさんの声を聞きながら、その手に引かれて雲の上へと乗れば、ふかっと柔らかく身体を弾く感触。なにこれ。
『すごいっ…!こんな感覚、初めて…!!』
「だろ!?!?」
すごいすごいと子供のようにはしゃいで雲の感触を楽しむ私に、ルフィさん達が目を合わせて嬉しそうに笑う。私、今、雲に乗ってる。乗れるはずなんてない雲に、乗っているんだ。
ふかふかと身体を包む感触が気持ちいい。「干したてのフトンより気持ちいいー…」と雲に顔を埋めているルフィさんの言葉に思わず頷きそうになる。
ぽすんと身体を仰向けにして雲の上に寝転がる。やっぱりまだ夢を見てるみたいだ。だって雲に乗ることが出来るなんて、そんなの嘘みたい。ほうっと感嘆の息を吐いた私に、「どうした?腹減ったのか??」とルフィさん達がが上から顔を覗かせてくる。「いいえ」と小さく首を振り、ゆっくりと目を閉じると、三人は更に不思議そうに首を傾げた。
『見たことのない景色を見て、感じたことのない経験をする……それが、皆さんが味わってきた冒険なんですね……』
「おうよ!」
『……私、本当はあの時、ルフィさんに船に乗せられた時、文句言ってやろうって思ってたんです。無理やり乗せるなんてって、』
「え゛」
『でも、……こんな体験させられちゃったら、文句なんて、もう言えません』
そう。言えるわけがない。
見たことのないものを見て。感じたことのない経験をする。だって、そんなの。
『楽しすぎて、ドキドキして、もう、なんだか、すごく、胸がいっぱいですっ』
破顔して笑う私に、ルフィさんの大き目がパチリと瞬く。すると、にっと白い歯を見せて嬉しそうに、本当に嬉しそうに「にししっ」と笑ったルフィさんに、ウソップさんとチョッパーさんも目を合わせて顔をほころばせた。
「ねェ!!!上から船の通れるルートを探して!!」
「おう!!よし!!」
ふかふかを楽しむ私たちにナミさんの声が届く。返事をしたルフィが奥へと進むのを見ながら、「私は船に戻ってますね」と声をかけると、「おう!気をつけろよ!」と頷いたウソップさんはチョッパーさんと共にルフィさんを追いかける。
「オイ!!ルフィ、あっちに何かあるぜ」「何だ何だ」と道案内ではなく、探検を始めそうな三人に「コラー!!!」とナミさんの怒号が飛ぶのを聞きながらゆっくりとふかふか雲を降りてメリー号へと向かっていくと、「名前ちゃん、大丈夫かい!!?」と船からサンジさんが声をかけてくれる。それに返事をしようとした時、
『っあっ…!!』
「うおっと!」
なだらかな斜面を滑った右足。そのまま左足も浮き上がったかと思うと、ふかふか雲から弾んだ身体はメリー号の方へ。まずい!と思い、衝撃にぎゅっと目を瞑る。けれど、甲板との激突の代わりに私を待っていたのは、どうやらサンジさんだったらしい。ふわりと音がしそうなほど、軽々と私を受け止めたサンジさん。俗に言うお姫様抱っこの状態で「大丈夫かい?」と顔を覗き込まれ、慌てて頷き返すと、安心したように微笑んだサンジさんが優しく降ろしてくれる。
『ご、ごめんなさい…ありがとうございます…』
「いえいえ、プリンセスをお守りするのはナイトとして当然、」
『…サンジさんって、どこまでも紳士なんですね…』
「それは紳士じゃなくて女好きよ」
「ナミさんてば〜」
顔を顰めてそう言ったナミさんに、すかさず目をハートにさせたサンジさん。なんだか見慣れてしまった光景に小さく笑っていると、いつの間にか隣に立っていたロビンさんがくすりと微笑む。
「どうだった?雲の上に乗る感触は、」
『……すごく…、すごく楽しかったですっ……!私の“世界”にいたら一生経験出来なかった…!!まるで、もう、ほんとに、夢みたいで……まだ、心臓がドキドキしてる……』
背の高い彼女を見上げ、高鳴る胸を抑えて声を上げた私に、船に残っていた皆が一瞬パチリと瞬く。その反応に、自分がどれだけ興奮しているのかを思い知り、慌てて顔を俯かせると、ふっと優しく笑んだロビンさんが「良かったわね」と柔らかい声を紡ぐ。顔を上げ、ロビンさんや他のみんなの顔を見れば、ナミさんもサンジさんもゾロさんも、皆どこか嬉しそうだ。なんだか擽ったくて、じわりと赤くなった頬の熱を隠すようにまた俯き、「はいっ、」と小さく返せば、ロビンさんの綺麗な手に頭を撫でられたのだった。
空島 9