『…あんなにあっさり…』
「…俺たちの苦労はなんだったんだ…」
三手に別れてサウスバードを探してはみたものの、捕まえることはおろか、姿さえ捉える事が出来なかった。そんな私たちを馬鹿にするように現れたサウスバードだったけれど、「姿さえ見えれば」と微笑むロビンさんの能力によって、いとも簡単に捕まえることに成功したのだ。
ゾロさんに足を掴まれているサウスバードは、「ジョー!ジョー!!」と何やら鳴き声をあげている。何だか可哀想だなあ、とついその羽を撫でれば、不意に大人しくなったサウスバードが何処か嬉しそうに目を細めた。
「ジョー!ジョー!」
「?みこ?」
『え?チョッパーさん、今なんて…?』
「サウスバードが、名前の事を見て、みこ様って言ってるけど……」
「みこってなんだ?」と首をかしげてゾロさんを見上げるチョッパーさん。「さあな」と興味なさげに返したゾロさんにほっと息を吐く。もしここで巫女について追求されれば、“異海の巫女”の話もしなければならなかったかもしれない。
『(それにしても…どうしてサウスバードが?)』
私が異海の巫女かもしれないという仮説は、サボさんしか知らないもの。そもそも本当にそうなのかさえ怪しい。この世の理を覆すなんて、私にはどう考えても無理だ。
再び暴れだしたサウスバードがゾロさんの足を啄くのを見て、チョッパーさんと2人で笑っていると、「森を抜けるぞ」というサンジさんの声にようやく戻ってこれたのだと胸をなでおろした。けれど。
「ひし形のおっさん!!!」
「マシラ!!!」
「ショウジョウ!!!」
戻ってきた私たちの目に映ったのは、崩れた小屋と、破壊された船。そして、血だらけになって倒れているクリケットさんたちの姿。
慌てて彼らに駆け寄った麦わらの一味。そんな彼らの後を追うようにクリケットさんへと駆け寄れば、顔を血で染め、ぐったりとした様子で倒れているその姿に唇が震える。どうして、こんなことに。震える唇を隠すように手で覆ってみたけれど、その手さえも小さく震えだしてしまう。
苦しそうに呼吸をしながらなんとか身体を起こしたクリケットさん。そんな彼にルフィさんが何かあったのかを聞こうとしていると、「ルフィ!」と小屋を調べていたナミさんが声を上げた。
「金塊が……奪られてる………!!!」
「!!!」
金塊って、クリケットさんが10年間潜り続けて漸く探しだした、あの金塊が…?
ナミさんの声にクリケットさんは気にするなと言うように「いいんだ、そんなのはよ、」とタバコを吸おうとする。けれど、そんな彼の言葉に納得できなかったウソップさんが何を言っているんだとばかりに声を上げた。
「そんなのはって何だよ!!!おやっさん、10年も体がイカれるまで海に潜り続けてやっと見つけた黄金じゃねえか!!!」
「黙れ…いいんだ…。…これァ俺たちの問題だ…」
浅い呼吸をしながら「聞け」とウソップさんの言葉をかき消すようにルフィさんたちを見るクリケットさん。まるで、これ以上は何も言うなというようなその声にウソップさんはぐっと息を呑む。
クリケットさんによると、今からでもメリー号の修繕と強化は出来るらしい。朝までに間に合わせれば、空島に行くための海流にも間に合うそうだ。「お前らは必ず…!!俺達が空へ送ってやる!!!」そう力強く頷いたクリケットさんに、ウソップさんがまたなにか言おうとしたけれど、何かを見つけたらしいゾロさんがルフィさんに一本の木を示す。
『…なに、あれ…』
「…ベラミーのマーク…!!!」
ベラミー。どうやら、その人がここを襲った犯人らしい。“敵”が分かると、ルフィさんの顔つきが変わる。「手伝おうか?」というゾロさんに「いいよ、一人で」と返したルフィさんの耳には、止めようとするナミさんの声は届いていないらしい。
「朝までには戻る」
そう言って走り出そうとしたルフィさん。あまりに真剣な顔つきについ息を呑むと、そんな私の前を過ぎ去ろうとしていたルフィさんが不意に足を止めた。
「じゃねえと、名前に空島見せてやれねえもんな」
『え……』
「待ってろよ。あいつらぶっ飛ばしてくっから」
「怪我なんてしねえから、心配すんな」そう言うと、にっとまるで安心させるかのように笑って走り出したルフィさん。呆然としたまま、暫く彼の消えた方向を見つめていると、「ったく、仕方ないわね…」と息を吐いたナミさんに肩を叩かれる。
「あいつの事は放っておきましょう。それより、私達は船をどうにかしなくちゃ。名前も手伝ってくれる?」
『は、はい。それは、もちろん…!私に、できることなら、なんでも』
こくこくと数回頷いてみせた私に、ふっと笑んで「ありがと」と言ってくれたナミさん。そんな彼女に首を振っていると、「やるぞ!猿山連合軍!!」というクリケットさんの声によって、メリー号の修繕と強化が始まった。
***
「何やってんのよっ!!!あいつったらもーっ!!!」
苛立ったナミさんの声に苦く笑う。
ルフィさんがクリケットさんたちの黄金を取り返すために走り出してから3時間以上が既に経過している。「約束の時間から46分オーバー!!海流に乗れなくなるわよ!?」と声を荒らげるナミさん。そんな彼女の言葉にチョッパーさんが心配そうに「町でやられちゃったんじゃないかな…」と呟けば、「負けたら時間に間に合っても許さないわ」とナミさんは拳を握る。
ベラミー。そのひとが、黄金を奪うために、クリケットさんたちを傷つけたらしい。ナミさんが言うには、昼間ルフィさんとゾロさんがボロボロになって帰って来たのもその人たちが原因だったのだとか。
『…そんなに強い人が相手なのに、ルフィさんは一人で大丈夫なんですか…?』
船の修理中、金槌を打つ音が響く中、そう尋ねた私に、木材を運んできたゾロさんがピタリと足を止めた。そして、深くため息をついたゾロさんは、持っていた木材を「おらよ」とウソップさんに押し付けるように渡すと、どかりとその場に腰を下ろした。
「馬鹿か。ありゃ“強い人”なんかじゃねえ」
『でも、』
「昼間、俺とルフィがあんなカッコで戻ってきたのは、“手を出さなかった”からだ」
『え…?』
手を出さなかったって、つまり、反撃しなかったということだろうか?
どうしてと、目を瞬かせる私に、ゾロさんはふっと小さく息を吐くと、自身の腰に刺す三本の刀のうち、白い鞘に納められた刀の柄をそっと握った。
「…俺は俺の野望を邪魔する奴はどんな野郎だろうとたたっ斬る。だが、俺たちの前に立ちはだかったわけでもなく、まして戦う価値もねえ相手に付き合う暇は、俺もルフィにもねえんだよ」
「俺達は“空島”に行くことで忙しいからな」と、当たり前のように零した彼の目は真っ直ぐに上を見つめている。まるで、そこに“空島”があることが当然だとでも言うように。
ゾロさんの言葉の意味は、正直よく分からない。それはきっと、私には、邪魔されたくない野望も、戦うべき理由もないからなのだろう。
再び黙々と肩に担いだ木材を運ぶゾロさん。そんな彼の持つ木材の半分にも満たない量を運ぶ私の目にふと映る三本の刀。
『…ゾロさんの、野望って、』
「あ?」
『ゾロさんの、邪魔されたくない野望って、…“夢”っていうのは、一体、』
なんなんですか。そう問おうとした筈が、ピタリと止まった彼の足に吊られるように言葉が途切れる。じっと見据えるように向けられる視線を、真っ直ぐに見つめ返すと、明るくなり始めた空を見上げたゾロさんがゆっくりと口を動かした。
「世界一の大剣豪になることだ」
『…だい、けんごう…』
「ああ。どんなに遠い場所へでもその名が轟くような大剣豪になること。それが、俺の…夢だ」
空を見上げたままそういったゾロさんの声に迷いは一切ない。ああ、なんて、真っ直ぐな眼差しなんだろう。やっぱり彼も、とても“眩しい”。麦わらの一味にいる人達の“夢”を語る姿は、とても生き生きとしている。
目尻を下げて、優しく目を細めれば、それに気づいたゾロさんが少し照れくさそうに眉根を寄せる。「…さっさと持ってくぞ」と歩き出した背中。それを慌てて追いかければ、水平線から少しだけ顔を覗かせた太陽が照らしたゾロさんの横顔はほんの少し赤く見えた。
ゾロさんの語ってくれた“夢”を思い出す私の傍らで、イライラを募らせるナミさんにウソップさんとチョッパーさんが冷や汗をかき始めた時、「おーい!!!」と森の方から聞こえてきた声。この声は、と目を丸くして声の方を見ると、大きな袋を背にして、片手に持った何か掲げて走ってくるルフィさんの姿が。
“怪我なんてしねえから、心配すんな”
その言葉通り、走りよってくる彼は、ここを出た時の姿と変わりない。よかった、と胸を撫で下ろしていると、「これ見ろ!!!」と嬉しそうな声を上げたルフィさんに再び視線を彼へ。
「ヘラクレス〜〜!!」
「「何しとったんじゃー!!!」」
…どうやら、私の心配なんて本当に杞憂だったらしい。
空島 5