『…なんで、こんなことに…』
「…不憫な奴だな、お前…」
ほぼ無理やりルフィさんに森へと連れこられた私は、現在、ゾロさんとロビンさんと3人で行動している。
サンジさんの蹴りによってようやく私のことを降ろしてくれたルフィさんだったけれど、三手に分かれて鳥を見つけようとなった時も、やはり彼は私の腕を掴んで言った。
「名前も俺たちと行こう!!」
『え、いや、私は…』
キラキラと目を輝かせるルフィさん。「夜の森の探検なんてきっと楽しいぞー!」と声を弾ませる彼には、きっと、私をここに連れてきたことに悪気なんてものは一切ないのだろう。苦く笑って眉を下げる私に、「ほら、行こう」とさらに腕を引こうとするルフィさん。しかし、そこで声を上げる人物が。
「ちょっと待てルフィ。名前ちゃんは、ロビンちゃん達と行かせろ」
「ええ!!なんでだよ!?」
「なんでもなにも、無理やり連れて来たうえ、これ以上怖い目に合わせるつもり!?あんたと一緒じゃ、トラブルに巻き込まれる可能性が高すぎるのよ!!」
「けどよお!!」
「“作戦”が失敗してもいいわけ?」
作戦、という単語が出た瞬間、ルフィさんがうっと言葉を詰まらた。そう言えば、ロビンさんもそんな事を言っていたっけ。一体何のことなのだろうと首を捻る私をよそに、しぶしぶ、本当にしぶしぶ「分かった」と頷いたルフィさんは、ちらりと私を見てから「よし!行くぞチョッパー!!」と森の奥へ。「私達も行くわよ」「お、おうよ!」「はあい!ナミすわぁん!!」とルフィさんに続くように歩き出したナミさん、ウソップさん、サンジさんの3人。そんな3人に習うように「私達も行きましょうか」とロビンさんが歩きだそうとすれば、「あ、おい、くそマリモ」とサンジさんが不意に足を止めて振り向いた。
「ロビンちゃんと名前ちゃんを、死んでも守れよ」
「うるっせえな、早く行けエロコック」
しっしっと追い払うような仕草をするゾロさん。そんな彼にちっと舌打ちを零したあと、サンジさんはナミさんとウソップさんの元へ。
そして、ようやく私たちも森の奥へと歩き出したのだけれど。
『……もう、無理です……』
「あらあら」
「だらしねえな」
次から次へと現れる嫌に大きな虫や、凶暴な動物達。襲ってくるそれらは全てゾロさんが討ち取ってくれているため、被害はないけれど、正直向かってこられるだけで恐ろしい。
ロビンさんの腕を掴ませて貰いながら、なんとか2人について行っていると、困ったようにくすりと笑ったロビンさんが徐に唇を開いた。
「…ねえ、そんなに空島に行くのはいや?」
『え…?』
「船長さんは、どうしてもあなたを連れていきたいみたいよ」
ロビンさんの言葉に、思わず足が止まる。そんな私に合わせるようにロビンさんとゾロさんも足を止め、2人の視線がゆっくりとこちらへ向けられる。
『…どうしてあんなに誘ってくれるのか、よく、分からないんですが……』
「………見てえんだとよ、」
『え?』
「お前が、空島に行ったらどんな顔すんのかを、」
俯き気味だった顔が自然とあがる。意外な返答にゾロさんを見れば、呆れたように息を吐いた彼は、面倒そうに、けれど、何処か楽しそうに目を細める。
「厄介な奴を気に入られちまったな」
「ふふっ」
暗い森にはどこか不似合いな2人の穏やかな声。
一緒に行こう。そう誘われた時、嬉しくないわけではなかった。まだ一緒にいたいのだと、そう言われているようにさえ思え、胸がじんわりと暖かくなった。でも。それでも、真っ先に浮かんだのは“行けない”という返答だった。彼らがどんなに気のいい海賊でも、その船がどんなに居心地のいい場所でも、一緒に行くことは出来ない。そう思ってしまったのだ。
ゾロさんを見上げていた視線を、またゆっくりと地面に戻す。小さくできた水溜まりに映った自分の顔が酷く情けない。
『…一緒に行こうって言われた時、嬉しい気持ちもあったんです。でも、やっぱりいけません』
「…怖いから?」
『…はい。私は、戦えないし、誰かが傷つくのを見るのも怖いです…。でも、なにより、』
そう、なにより怖いのは、
『…皆さんの“夢”の邪魔をしてしまうのが、一番、怖いんです』
絞り出した小さな声に、2人が小さく目を見開いた気がした。
『船に乗っている時、みんなの“夢”を教えて貰ったんです。海賊王になるため、世界地図を書くため、勇敢な海の戦士になるため、オールブルーを見つけるため、どんな病気も治せる万能薬になるため、……みんな、凄く素敵な夢を持っていた』
目を細めて、“夢”を語ってくれたみんなの姿を思い出す。どの夢も想像もつかないくらいおおきくて、素敵で、まさに“ロマン”があった。そんな夢を持てるみんなが、すごく、すごく羨ましくもあり、同時に、応援したくもなった。だから。
『ゾロさんや、ロビンさんにも、きっと、何か“夢”があって船に乗って旅をしているんでしょう?…でも、もし私が“冒険”について行って足でまといになれば、それは、……みんなの夢を、邪魔することにもなる』
『私は、それが一番……怖いんです』
ポツリと零れた声は、あっという間に暗い森に吸い込まれるように消えてしまう。ふっと自嘲するように笑みを漏らしていると、パキンと小枝を踏むような音がして、思わず顔をあげれば、ゾロさんが背を向けて歩きだそうとしていた。慌ててついて行こうとした私に、背を向けたままの彼から低く、けれど凛とした芯の通った声が向けられる。
「…確かに、お前はどう見ても戦力にゃならねえだらうし、戦闘となりゃ、“足でまとい”にもなるだろ。けどな、」
『…けど?』
「自分の力を過信して“何か出来る”と思っている馬鹿よりかは、百倍マシだ。それに、お前みたいな女1人に阻まれるようなやつが、テメエの夢を叶えられるわけもねえだろうが」
それは、つまり。
「さっさと鳥捕まえんぞ」と再び歩き出したゾロさん。目を丸くしたままその背中を見つめていると、ふふっと楽しそうに笑ったロビンさんに優しく背を撫でられる。
「そんなこと気にしなくていい。貴方がいても、彼らの夢を阻む原因にはならない。
そういう事でしょうね」
「もう少し素直に言えばいいのにね」と笑うロビンさんの瞳はとても柔らかい。なんとも言えない思いが胸に広がり、なぜか、浮かんできた涙は、ロビンさんの指に掬われたのだった。
空島 4