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部屋に入ってきた戻さんの姿に、上鳴くんと切島くんは嬉しそうに声を張り上げ、緑谷くんと飯田くんは安心したように息を吐いている。
良かった。戻さんに事情を話せば、きっと誤解を解いてくれるはずだ。私も胸を撫で下ろして、早速話を聞いてもらおうと戻さんに歩み寄ると、目の前に来た私にゆるりと口角を上げるその姿に、なぜか肩に力が入る。


『あ、あの……も、戻さん、さっき会場で、』

「ああ、話は聞いているよ。一人の招待客が感電して倒れたらしいね。それで、上鳴くんが犯人だと疑われているとか」

「そうなんすよ!!あ!けど、もちろん俺は何もしてねえんすよ!?」

「そうっす!!上鳴はそんな事する奴じゃねえ!!」

『そ、それで、あの、私たち、戻さんに誤解を解いて欲しくて…。戻さんなら上鳴くんの個性の性質も知っていますし、犯人じゃないって分かってくれると思って、』

「そうか……分かった。そういうことなら直ぐに誤解を解こう



苗字さん、君が私に協力してくれると言うならね」


『え……?』


にっこりと笑う戻さんの言葉に、一瞬全員の表情が明るくなった。けれど、その次に続けられた台詞に、笑顔を浮かべていた筈の顔が途端に凍りついた。


「協力……?どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。……ああ、君たちには話していなかったけれど、私の個性は“若返り”。その名の通り、自分の年齢を好きな年齢に戻すことが出来る。いい個性だろう?己が最も輝く瞬間にいつでも戻れるんだ!
…けれど、この個性の持続は持って3時間程度。3時間経てば今の私の姿に戻ってしまうだよ」


そう口にしながら、個性を使って“若返って”いく戻さん。30代、20代、高校生、中学生。と自分の年齢を引き下げて行った彼は、再び元の姿に戻ると、残念そうに深く長いため息を吐き出した。


「勿体ないとは思わないかい?私のように優秀な人間が、あと50年もしないうちに死んでしまうなんて。優秀な人材は長く生きるべきなのに、哀しいかな、人間には寿命というものがある。…しかし、それと同時に、我々には素晴らしい力もある。そう、“個性”さ」


戻さんの口角が不気味な弧を描く。今まで見てきたものとは明らかに違う笑みに、足が一歩後ろへと下がる。


「“若返り”の能力を使った状態を、維持出来る個性があれば、私は最も輝かしい姿で永遠に生きることが出来る…!
そう、正しく永遠の命だ……!!老いることも死ぬことも恐れることは無い、永遠の命を手に入れる事が出来るのだ…!!」

「っじゃあ、苗字さんに協力しろと言うのは……!」

「彼女の“時間停止”の個性を利用するために……!」


狂った笑みで己の“野望”を語る戻。信じられない。彼は本当に、私たちを迎えてくれた戻さんと同一人物だと言うのか。
人には裏と表がある。ヒーローであってもそれは変わらない。そう誰よりも知っている筈なのに、私は、彼の本性を欠片も見抜けず、表の顔に騙されて“いい人”なのだとしんじきってしまっていた。
ギュッと握った拳に爪がくい込む。悔しさを込め、目の前の戻を睨みつけると、そんな視線痛くも痒くもないと言うように、戻は更に笑みを深めた。


『…お生憎様ですが、私の個性ではあなたの“時間”を止めることは出来ません』

「ああ、もちろんそれは分かってるいるとも」

『っじゃあ……!』

「しかし、私と君の複合型の個性を持つ人間が居たとすればどうだろうか……?」

「なっ…………!」


ぞわりと背筋に寒気が走る。ねっとりと張り付くような視線に顔を歪めると、「てめえ何ふざけた事抜かしてやがる!!!」と激昂した轟くんが個性を使おうと前へ踏みでると、それに続くように皆も動き出そうとしている。
すると、それに気づいた戻は、まるで挑発するかのように轟くんに向かってわざとらしく首を振ってみせる。


「おおっと、個性を使うのはやめた方がいいぞ?」

「なに………?」

「君たちの腕に掛けられたその手錠。少し特別性でね。中に爆弾が組み込まれているんだ」

「ば、」

「爆弾だと!?」


戻に向かおうとしていた皆の足が止まる。
目を見開いて自分の手錠を見つめる皆に、戻が愉快だとばかりに笑い声を上げた。


「小さな爆弾だが、君たちの身体を吹き飛ばすくらいの威力は十分にある!そして、その起爆スイッチは私の手元にあるだよ……!」

「てめえ……ふざけたマネしやがって!!このロリコンジジイ!!!!!」

「おいおい、口の利き方には気をつけた方がいいぞ?爆豪くん。うっかりスイッチを押してしまったら、君たちは10分もしないうちにあの世へ行きだ」


「それは嫌だろう?」と嘲笑う戻に、爆豪くんは我慢ならないと言うようにワナワナと震えている。きっと今すぐにでも飛び掛りたいのだろうけれど、この手錠のせいでそれも敵わないのだ。


『っ卑怯者め……!』

「卑怯?私が??心外だな……策略家と言ってくれないか?自分の“夢”を叶えるための手段として君を利用するだけだ。君たちだってヒーローになる為に私の“コネ”利用しようとしているじゃないか。何が違うと?」

『っここにいる皆の“夢”と、あんたなんかの下らない“野望”を一緒にしないで!!』

「なに……?」


戻の顔から笑みが消える。不快だと言わんばかりに眼を細めた戻は見下すように私に視線を向けた。
同じなわけがない。ここにいる皆と、真っ直ぐに、ひたむきに努力する皆とこいつが、同じであってたまるか。


『ここいる皆は、自分の夢の為に、ヒーローになる為にっ……!迷うことなく真っ直ぐ突き進んでる!そんな皆と、卑怯な手を使って自分勝手な願いを叶えようとするあなたが同じはずない!!』

「っ黙れ!!小娘が!!」

『っ!あ゛っ……!!!!』

「苗字!!!」


裏手で思い切り頬を殴られ、身体が壁へとぶつかる。衝撃で切った口の端から血が流れ、駆け寄ってきた切島くんが許せないとばかりに戻を睨みつけた。


「っ戻……!てめえ………!」

「……朝になって船が陸に戻った時、改めて君の答えを聞きに来よう。クラスメイト達との最後の夜をせいぜい楽しみなさい。
ああ、それと。その手錠を無理やり壊そうとしても、自動的に起爆スイッチがONになる。……分かるかい、苗字くん。今君に出来る選択は、“共に死ぬ”か、“彼らを救う”かのどちらかだ。
……最も、答えは1つしかないようなものだろうけれど」


皮肉めいた物言いにその場いる全員の顔が歪む。
戻の姿が扉の奥に消えたことを確認すると、「っクソが!!!!」と荒々しく声を張り上げた爆豪くんが拳で壁を殴りつけた。


「大丈夫か?苗字、」

『う、うん、平気。口の中がちょっと切れただけ』

「でも、頬も赤くなってる」

『……大丈夫。これくらいなんともないから、』


それよりも、今はもっと心配しなければならない事があるだろう。じゃらりと音を鳴らして、腕を持ち上げる。重たい鎖に目を向け、キュッと眉根を寄せると、「……いったいどうすりゃいいんだよ…」と上鳴くんが震えた声で嘆いた。


「どうするもこうするも、あのクソロリコンジジイをぶっ殺すに決まってんだろ!!!!」

「今回ばかりは全面的に同意だ、爆豪。アイツは許せねえ」

「そうじゃなくて!!い、いや、俺も確かにあのオッサンは許せねえけど!!でも、その前に!」

「そもそもこの手錠をどうにかしなければ動くことは出来ないだろう」


酷く気が立っている爆豪くんと轟くんの二人に、上鳴くんが遮るように声を上げた。そんな彼の言葉をフォローするように常闇くんが続けると、眉を下げた緑谷くんが考え込むように口元に指を添える。


「この手錠がある限り、迂闊に動くことは出来ないし……かと言って、朝まで何もせずに待つ訳にも……」

「いっそ壊してみっか!?あのオッサンが俺らを騙すために爆弾が仕込んであるとか言ってるだけかもしんねえし!!」

「リスクが高すぎるよ…!もし本当に爆弾が仕込んであったら、無事じゃ済まない!!それに、戻は小さい爆弾だと言っていたけれど、爆発の規模も分からないんじゃ、この船に乗っている人達にも危険が及ぶ可能性がある」

「じゃ、じゃあ、轟の氷で凍らすっつーのは??爆破の衝撃を抑えられるんじゃね??」

「……ダメだ。凍らして爆破の衝撃を抑えられたとしても、爆発と同時に氷の破片が飛び散って怪我をすることにな」

「それに、凍らすことで起爆スイッチに何らかの影響を与えるかもしれん。やはり手錠に手を出すのは危険だ」

「じゃあどうしろって言うんだよ……!」


「クソ!!」と頭を抱える上鳴くん。そんな彼の姿に、他の皆も掛ける言葉が見つからず口を閉ざしている。

飯田くんの言う通り。手錠に手を出して、爆弾を爆破される訳には行かない。そうなると、手錠を付けたまま行動しなければならないという事になる。けれど、その手錠に仕込まれた爆弾のスイッチは戻の手元にある以上、戻に攻撃を仕掛ける事さえも出来ない。

どうする。
どうすればいい。
どうしたら、皆を助けられる。
いったいどうしたら、


“今君に出来る選択は、“共に死ぬ”か、“彼らを救う”かのどちらかだ”


『っ……』


不意に頭を過ぎった戻の声。
そう、そうだ。戻りは言っていた。私に“選べ”と。
死ぬか、救うか。そのどちらかを選べと。確かにそう言っていた。

冷たい手錠の重さが増す。
じゃらりと鳴る鎖の音がひどく耳について離れない。

戻の手元に起爆スイッチがある以上、迂闊に動くことは出来ない。動けば全滅は必死だ。それなら、私出せる答えは、


『……戻に従おう』

「………は…………」

「苗字、さん……?今、なんて、……?」


『…………戻の、言う通りにしよう』


部屋の空気がピンっと張り詰める。何を言っているのか分からないと言うように目を丸くする皆に、震える唇を動かして更に言葉を続けた。


『…戻は、私の個性を欲しがってる。なら、私が彼の言う通りすれば、きっと皆を解放して貰える…!』

「しかしっ!それでは苗字くんが…!!」

『……私は、大丈夫。…戻が私の個性の力を利用しようとしている以上、直ぐに殺されるような心配はない。だから、』

「殺されるより、もっと酷い目に合うかもしんねえんだぞ」

『っ』


轟くんの声に、思わず言葉が途切れる。殺されるよりも酷い目。それが何を意味しているのか、分からないほど馬鹿じゃない。
戻は、私の“個性”と自分の個性を複合させた人間を“作ろう”としている。それはつまり、複合した個性を遺伝した子供を産ませようとしているという事だ。
胃から何かがせり上がって来ようとしている。血の気の失った顔を俯かせ、口元を抑えると、「どこか“大丈夫”なんだ」と轟くんに背中を擦られた。


『っだ、………だい、じょうぶ。私は、私のことは、いいの。私は、大丈夫だから。だから、先ずは、皆の命を、』

「さっきからピーピー、ピーピーうるせえんだよ、ノロマ女!!!!」

『っばく、』

「んな死にそうな顔して“大丈夫”なんて言葉使ってんじゃねえ!!!人の心配よりもてめえの心配してろやクソうぜえ!!!!
大体なあ、ヒーロー目指してる人間が何簡単に敵の言いなりになろうとしてやがる!いいか!!ヒーローっつーのはなあ、

こんな事じゃ諦めねえ人間のことを言うんだよ!!!!」

「かっちゃん……」


爆豪くんの声が部屋中の空気を揺らしている。
鋭い瞳を更に鋭くさせた爆豪くんは、ズカズカと私の前までやって来ると、手錠の掛かった腕で胸倉を掴んできた。


「お、おい!爆豪!何して、」

「諦めんなや!!!!!!!」

『っ、』

「てめえもヒーロー目指す端くれの端くれ位には居んだろうが!なら!!こんな所で簡単に諦めんな!!!!!足掻け!意地でも!!!弱いなら弱いなりに頭使え!!!気持ち悪い自己犠牲精神なんて捨てろ!!!
んで、あのクソキメェロリコンジジイをぶっ飛ばすことだけ考えてろ!!!!!」


「分かったか!!!!」と部屋の外まで響きそうな声を張り上げる彼に、震えていた唇をキュッと噛み締める。
爆豪くんからしたら、多分、うじうじベソベソしている私がウザかっただけなのだろう。でも、そんな彼の言葉に私は、今、確かに気付かされた。
私は、ヒーローを目指してる。理由はどうであれ、それは事実だ。そんな人間が、仮にも人を助ける職業に着こうとしている人間が、敵の言いなりなって諦めるなんて、そんなかっこ悪い事があっていいはずがないのだと、爆豪くんのおかげで気付く事が出来た。
じわりと浮かんできた涙を強引に拭って、「ありがとう、爆豪くん、」と下手くそな笑顔でお礼を言うと、「ありがとうじゃねえ!返事しろ!!!」と怒られてしまい、慌てて大きく頷き返した。


『っはい……………はいっ……!ごめん、ごめんね、みんな。私、』

「謝んな、うぜえ」

『うぐっ……』

「あと泣くのもやめろ、うぜえ」


そう言われると思って涙を拭ったのに。
もう一度目元を擦り、これでいいかとばかりに爆豪くんを見れば、漸く爆豪くんの手が放され、胸倉が解放される。
ありがとう。ともう一度言いたいけれど、きっと言ったところでまた、「うぜえ」と一蹴されるだけなのだろう。眉間の皺を増やして顔を背ける彼にふっと小さく笑うと、今度は私と爆豪くんのやり取りを心配そうに見ていた皆へと顔を向けた。


『………ごめん、嘘ついた。本当は大丈夫なんかじゃない。あんな奴の好きに使われるなんて死んでも嫌だ』

「苗字……」

『だから、皆と一緒に助かりたい…!もう絶対、絶対諦めようとしないからっ!皆のことも、自分のことも、救けるからっ!だから………』

「当然っ!俺らだってそのつもりだっつーの!」

『っ切島くん、』

「最初から苗字を差し出す選択肢なんてねえよ」

「その通りだ!俺たちが目指すのはただ1つ、」

「全員で脱出!!」

「その前にあのヤローをぶっ殺す!!!!!」

「それだけだな」


切島くんに続くように、轟くん、飯田くん、上鳴くん、爆豪くん、常闇くんが声を上げていく。ああ、やっぱり。やっぱり彼らは私なんかよりもずっと、ずっとずっと“ヒーロー”だ。簡単に自分を諦めようとしていた私とは違う。全部助けることしか考えていない。


「大丈夫だよ、苗字さん」

『っみどりや、くん………』

「全員で、絶対!ここから出よう!!」


力強い言葉に促されるように自然と頷き返すと、それを見た皆も頼もしく笑い返したのだった。
MY HERO 35

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