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「うっはー……なんかドット疲れたわ……」

「こういう場所って慣れねえ……」

『私も……』

「僕も……」


オレンジジュースの入ったグラスを片手に上鳴くん、切島くん、緑谷くんと会場の隅に避難する。
「爆豪は?」「さっき甲板の方出てたぜ」という切島くんの声に緑谷くんと窓の外を見れば、スーツの上着を脱いだ爆豪くんが、手摺に寄りかかって立っていた。彼にもこういう場所は居心地が良くないらしい。

豪華客船にも匹敵する、立派な船で始まった船上パーティ。出席しているのは、戻さんの仕事関係者や、彼がこれまでサポートをしてきたプロヒーローたちで、100人以上はゆうに超えている。ドレスやスーツに身を包んだ大人たちに囲まれ、社交辞令的な挨拶を交わし、自身の個性についての説明を繰り返して数十回。話す相手が変わる度、リピートするように何度も同じ説明を繰り返しているとさすがに疲れる。
飯田くんや常闇くん、轟くんはまだ大人たちと話しているようだけれど、常闇くんの顔にも少し疲れが見えてきている。きっと彼もあと少しすればこちらに逃げてくることだろう。


「緊張しちゃって妙に気疲れしちゃうけど…でも、すごく実になる話を聞かせて貰えたね」

「おお!それは確かに!!」

「俺らが産まれる前からヒーローしてた元プロヒーローの人らも沢山居るもんな」

「うん。戻さんに感謝しなくちゃ」


目を輝かせる緑谷くんに、上鳴くんと切島くんが大きく頷き返す。三人はプロヒーロー中心に話を聞かせて貰っていたらしい。まあ、そりゃプロヒーローを目指しているのだから、プロと話せる機会があれば聞きたいと思うのは当然か。主にサポート会社の人や戻さんの仕事関係者と話をしていた私には考えられないけれど。


「あれ?そういやその戻さんは??」

「さっき自分の部屋に戻るって言ってたよ。急な仕事が入ったとかで…」

「やっぱ社長って忙しいんだなあ」

『パーティが終わった後に改めてお礼言わなきゃだね。こんな機会を作って貰ったわけだし』

「だよな」


持っていたグラスのジュースを飲み干した上鳴くんは、うんうんと頷き返すと、空になったグラスを置くためにテーブルの方へと向かう。
「そういやなんか食ったか?」「話に夢中でまだ何も」「俺も。なんか食おうぜ」と切島くんと緑谷くんも料理が並ぶテーブルに向かおうとしたその時、


「きゃあああああああ!!!」

「!?な、なんだ!?」


パリンッ!と何かの割れるような音ともに突然上がった悲鳴。ぎょっと目を丸くして騒ぎの方を見ると、床に倒れている男性の姿が。その隣には恐らく悲鳴をあげたのであろう女性がいて、そんな彼女は震える指先をゆっくりと持ち上げ、ある人物を指さした。


「この子がっ……!この子がこの人を……!!」

「え、は、……はあ!?お、おれ!?!?」

「上鳴くん!?」

『な、なに??どういうこと??』


女性が指した先にいたのは、キョトンとした顔で目を丸くしていた上鳴くんだった。まさか彼も自分が指されるとは思っていなかったようだ、驚愕の声を張り上げている。
話が掴めず緑谷くんと二人で目を合わせていると、「んだよ、うっせーな!!」と甲板から爆豪くんが戻ってきた。


「ば、爆豪!!」

「あ?んだよ、クソ髪。なに騒いでやがる」

「いや、それが俺もまだよく分かってねえんだけど、突然人が倒れて…!したら、あの人がそれやったのが上鳴だって…!」

「は?アホ面が?」


怪訝そうに眉根を寄せた爆豪くんが、倒れている人へと視線を向ける。割れたグラスの散らばる床。そこに倒れている男性からは、微かな黒煙があがっている。紺色のスーツも焦げてしまっていて、気絶しているのか、それとも息がないのか、指先すら動く気配はない。
上鳴くんの個性は“帯電”だ。自分に充電した電気を放出する事が出来る。そして、今倒れている男性は、まるで雷に打たれたように黒焦げとなっている。この状況であれば、電気を放出出来る彼が疑われてしまうのも分からなくはない。でも。


「や、やってねえっすよ!!!俺、この人に触れてすらいねえし、そもそも何もしてません!!」

「しらばっくれるつもり!?私は見てたのよ!!あなたが彼に“個性”を使ってるところを!!」

「だから!使ってねえって!!!」


騒ぎを聞きつけた会場の人達が集まってくる。
「何事だ?」「あの子が個性を使って人を……」「嘘だろ?彼は雄英ヒーロー科の生徒だろ?」「あの子の個性って電気系よね?感電死してるし…」「じゃあ本当に…?」
ザワつく会場内に上鳴くんを疑う声が広がっていく。まずい。このままじゃ上鳴くんが犯人なってしまう。


『ま、待ってください!』

「上鳴くんの話も聞いて、」

「っまさか……!一緒に来た彼らも仲間なんじゃ……」

「なっ……!」


最初に悲鳴をあげた女性が怯えた表情で私たちを見つめる。ザワザワと更に不穏な空気に包まれる。ちょっと待って。コレじゃあ上鳴くんだけじゃない。私たちまで疑われてしまうじゃないか。
「どうしたんだ!?」「何がどうなってんだ?緑谷、苗字、」と人集りの中から飯田くん、轟くん、常闇くんが現れ、青ざめた顔をする上鳴くんが縋るように彼らを見た。


「い、飯田!轟、常闇!!俺なんもしてねえんだ!どうにか弁解してくれよ!!!」

「弁解……?」

「待て、上鳴。一体何の話をして、」


「誰か早くこの子達を捕まえて!!!個性を使って逃げるかもしれないわ!!!」


「早く!!!」と言う女性の声にパーティ会場に居た現プロヒーローと元プロヒーローが構える。「んだ!コイツら!!」と対抗する為に爆豪くんも構えようとしたけれど、「待て!爆豪!!」と切島くんが彼の肩を掴んで引き止めた。


「捕らえろ!!!」

「はあ!?」

『え、いたっ!ちょ、』

「は、話を…!!話を聞いて……!!」


集まってきたヒーロー達が私たちを捕まえようと取り囲んで来る。人の話も聞かず、一人の声だけを信じて犯人扱いしてくるなんて。これだから、頭のお堅い“プロ”は嫌いなのだ。
顔を歪めてヒーロー達を睨んではみたけれど、ここで抵抗すれば、更に立場が悪くなるのは目に見えている。それは他のみんなも分かっているようで、全員大人しく捕まり、そのまま船の一室へと連れて行かれる。


「ここで大人しくしてろ」

「逃げようなんて考えるんじゃないぞ」

「これを使ってください!戻さんに何かあったら使っていいと言われましたの…!」


なぜかここまで付いてきた悲鳴をあげた彼女は、部屋にあるデスクの引き出しから手錠を取り出して見せた。さすがに手錠はやり過ぎではないか。と私たちを連れてきたヒーロー達が顔を見合わせていると、「早くしてください!この子達に逃げられたらどうするんですか!?」と彼女に急かされ、戸惑いながらも私たちに手錠を掛けた。
「状況確認を終えるまで、ここ居てもらうからな」「部屋の外には見張りも用意する」そう言って部屋を出ていったヒーロー達と女性。どうやら私たちは暫くここに閉じ込められるらしい。「ヒーロー目指してて手錠を掛けられる事があるなんてな」と物珍しげに自分の腕に掛けられた手錠を見つめる轟くんに上鳴くんが申し訳ないとばかりに眉を下げた。


「ごめん、みんな……俺のせいで、みんなの事も巻き込んで……」

「ち、違うよ、上鳴くん!」

「そうだぞ上鳴!おめえは何にもしてねえんだから謝る必要なんてねえよ!!」

「でも………」


疑われた自分に非があると思っているのか、上鳴くんの表情がますます曇っていく。明るい彼には似合わないその顔に、思わず上鳴くんに手を伸ばすと、手錠を嵌められた腕にそっと自分の手を添えた。


『上鳴くんは悪くない』

「っ、苗字……」

『私たち分かってるよ。アレは上鳴くんがしたんじゃないって。だから、謝らなくていいの』


「だからそんな顔しないで、」と笑いかければ、暗い表情を見せていた上鳴くんの顔に微かに明るさが取り戻される。「さんきゅ、苗字」と緩く笑う上鳴くんに微笑み返し、彼の腕から手を離すと、今まで黙っていた爆豪くんが忌々しそうに部屋の扉をガンッと蹴って見せた。


「たくっ!このアホ面!!いいように利用されやがって!!!」

「わ、悪い……!………って利用??爆豪、お前何言って…?」

「気づけやアホが!!!!」


クワッと目を吊り上げる彼に上鳴くんがキョトンと不思議そうに目を丸くする。「一体どういうことなんだ?」と未だに上手く話が掴めていない飯田くんが眉根を寄せて爆豪くんへと視線を向ければ、スっと細めた目で扉を睨みつけた爆豪くんはギッと奥歯を噛んだ後、ゆっくりと唇を動かした。


「……さっき倒れてた奴は、感電してただろうが」

「…ああ、それは俺も見た」

「だから皆上鳴がやったって思ったんだろ??」


爆豪くんの言葉に轟くんと切島くんが答えると、「でも、上鳴くんの個性の性質を知っていれば、犯人じゃないって分かるよ」と今度は緑谷くんが口を開く。


「もし上鳴くんがあの場で個性を使って放電していたら、他の人も感電する可能性が高い。でも、感電していたのは倒れていた人だけで、周りの人にも、物にも被害はなかった」

「なるほど。それなら、上鳴は犯人になり得るはずはないな」


緑谷くんの説明に、イマイチ状況を理解出来ていなかった常闇くんが漸く理解したとばかりに頷く。
上鳴くんの個性は強力なものだけれど、室内で放電を起こせば、無差別に攻撃してしまう可能性が高い。それに、彼が個性を使えば、大なり小なり火花も怒るだろう。けれどそれさえもなかった。つまり、上鳴くんが犯人である可能性はありえないと言うこと。
「け、けど、利用されたっつーのはどういう…?」と困惑した顔で切島くんが首を傾げてきたので、緑谷くんに続くように今度は私が声を発する。


『……多分だけど、“上鳴くんがやった”っていう風に見せようとしたんじゃないかな?威力の高いスタンガンを使えば、簡単に感電させられるし、あの場にいた人達からすれば、電気系の個性を持つ上鳴くんは怪しまれやすくなる』

「け、けどよ、なんで俺を犯人に??俺なんかした??」

『それは分からないけど……』

「上鳴、お前この短時間で何か恨みでも買ったんじゃねえの?」

「そ、それはさすがにねえよ!……た、たぶん……」

「多分かよ」


テンポのいい上鳴くんと切島くんの会話。どうやら上鳴くんと段々いつもの調子を取り戻してきたらしい。よかった。
「それで、これからどうする?」と常闇くんが横目で扉を確認すると、扉の前に立っていた爆豪くんが顔だけ振り返ってみせる。


「あの戻とか言うオッサンを呼び出す!!」

「戻さんなら、上鳴くんの個性についても詳しく知ってるし、きっと誤解を解いてくれる筈だもんね」

「被ってくんなクソナード!!!!」

「ひっ!ご、ごめん!かっちゃん!!!」


こちらもいつも通りのやり取りである。テンポはいいけれど、決して平和的ではない。
苦笑いを浮かべながら、「どうやって戻さんを呼ぶ?」と皆に尋ねたその時。


「その必要はないよ」

『え……?』


ガチャリ。と開かれた扉。そこから現れたのは、


「も、戻さん!!」


酷く穏やかな微笑みを見せる、戻さんの姿だった。
MY HERO 34

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