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ザザァァン。と耳慣れない波の音に瞼が開いた。がボヤけた視界に移る見慣れない天井。カーテンの隙間から薄らと射し込む陽の光。自分の部屋のものよりも数段肌触りの良いベッド。


『そっか…。私、戻さんの御屋敷に来てるんだった…』


そう気づいて、漸く意識が覚醒していく。
寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと身体を起こし、壁に掛けられた時計で時刻を確認したところ、現在午前6時らしい。今日は午後まで自由時間と言われているし、寝ようと思えばもう少し寝られそうだ。でも。
射し込む日差しを確認して、カーテンを開ける。目下に広がる青い海と白い砂浜はとても美しい。朝日の砂浜を散歩。うん、我ながらいい考えだ。思い立ったが吉日。持ってきていた私服に着替えると、履きなれたスニーカーを履いて、早速外へと向かうことに。


『んーーーー……!気持ちい……!!』


寝起きの身体を起こすために目一杯背伸びをする。
誰もいない朝の砂浜。こんな経験なかなかない。両腕を左右に広げ、大きく深呼吸をする。ザザアァンと鼓膜を揺らす波の音と鼻腔を擽る海の匂いに目を閉じようとしたその時。


「あ?」

『っえ?』

「………テメえ……何してやがる……?」


背後から聞こえてきた声に動きが止まる。
ゆっくりと後ろを振り返った私の目に映ったのは、不機嫌そうに眉根を寄せた爆豪くんの姿だった。


『ば、爆豪くん……お、おはよう……?』

「チッッッ」

『……何も舌打ちで返事しなくても……』


まさかこんな朝早くに爆豪くんと会うなんて。
とりあえず挨拶をすれば、返事の代わりに返ってきた盛大な舌打ち。彼からの舌打ちはもう何度も受けているので、別に気にしないのだけれど、なんで爆豪くんがここに居るのだろうか?


『爆豪くんも目が覚めちゃった感じ?』

「あ?ちげーわ、アホ。朝ランの為だわ」

『あ、なるほど…。もしかして日課?すごいね…』

「すごくねえ。普通だわ」


当たり前だと言うようにそう返した爆豪くんは軽くストレッチを始める。普通。普通か。毎朝早起きしてランニングすることは彼にとっては普通の事なのか。


『普通のラインが高いんだね』

「あ?」

『いや、爆豪くんの“普通”って多分人より高いラインなんだろうなあって。だから、他の人にもその“普通”を求めて当たりが厳しくなるんじゃないの??そんで、自分には“普通”以上を求めるからもっともっと厳しくなってる』


「違う?」と首を傾げれば、爆豪くん目が不機嫌そうに細まった。「知るか」と一言返した爆豪くんは背を向けてストレッチを続けている。


「ヒーロー目指してんだぞ。こんくらいのことが“普通”じゃなくてどうすんだ」

『そう、……なのかな?でも、少なくとも私には、爆豪くんはとても自分に厳しい人に見えるけど……』

「そりゃ褒めてんのか??それとも喧嘩売っとんのか??どっちだ?あ゛あ!?」


振り返ってBOOM!と手のひらから小さな爆発音を発せさせる爆豪くんに一歩後退る。「い、一応褒めてるつもりだよ」と答えては見たものの、納得できないのか爆豪くんの眉間の皺は更に深まっていく。

朝ランを普通だと言う爆豪くん。
体育祭で一位になると宣言した爆豪くん。
オールマイトを超えるNO.1ヒーローになると言った爆豪くん。

彼の、爆豪くんの言葉には裏がない。自分がこうと決めたらそうなのだと言うハッキリとした意志を持っている。だから迷いもない。ストレート過ぎて人とぶつかる事があるけれど、でも、私には嘘も裏もない爆豪くんの性格がとても好ましい。


『自分に厳しい爆豪くんだから、他の人にも厳しさを求める資格があるんだよ。…ちょっと言葉の選び方が悪い時もあるけど……』

「んだとっ………!?」

『で、でも、……私は好きだよ。爆豪くんのそういう所』


ピタリ。と爆豪くんの動きが止まった。
つり上がっていた目が驚いたように見開かれ、歯を剥いていた口が呆けたように開かれている。


『いつでも、どんな時でも、自分の心に嘘のない言葉。言葉って選べるから都合のいいように飾る事が出来る。でも、爆豪くんは違う。自分の言いたいことをストレートにぶつける。だから、口も悪くなる。でも、その分気持ちも籠ってる。

……私はすごくいいと思う。爆豪くんのそういう、真っ直ぐな言葉をぶつけるところ』


ふわりと笑ってそう言えば、動きを止めていた爆豪くんが何とも言えない不思議な表情を浮かべる。怒っているのか、困っているのか。への字に曲がった唇を引き締め、そっと目を細める彼は今何を思っているのだろうか。
てっきり「うっせえわ!!ノロマ女!!」とでも返されると思っていたため何だか不思議だ。「爆豪くん?」と思わず声を掛ければ、チラリと一瞬私を見遣った爆豪くんは、また背を向けてしまった。


「……うっせえよ」

『え…あ、ごめん。怒った…??』

「……怒るかクソが。てめえの言動一つ一つにキレてたらキリねえわ」

『……そ、そっか……』


とりあえず、怒ってはいないらしい。クソが、とは言われたけれど。ホッと胸を撫で下ろしてみたけれど、これ以上ランニングの邪魔をすれば本格的に爆豪くんの堪忍袋の緒を切りかねない。そろそろ退散しようと、「朝ラン頑張ってね」と一言残してその場を去ろうとすれば、爆豪くんの横を通り過ぎようとした瞬間、不意に掴まれた腕に足が止まる。


『え、あ、あの……?爆豪、くん……?』

「…てめえは誰にでもそうなんか?」

『……えーっと……“そう”……とは…?』

「…………チッ…んでもねえよ!!はよ行けノロマ女!!」

『え、えー………』


引き止めたのは自分のくせに、はよ行けって。さすがに理不尽だ。けれど、抗議する度胸もないので、会報された腕を摩りながら再び御屋敷の中へと向かうことに。
ノロマ女、ノロマ女って。これでも初見じゃワープか瞬間移動の個性と間違われるんだけどな。「私の名前、ノロマ女じゃないからね?」と苦笑いを向けて歩きだそうとすると、「んなもん知っとるわ。馬鹿にしとんのか」とケッ!と吐き出すように零した爆豪くんの声に内心、ホントかよ、と呟いてしまう。

「さっさと行け」と言って走り出した爆豪くんの背中を見送る。なんだ、本当に覚えてるんじゃん。じんわりと温かくなった胸に、そっと手を当て笑みを零すと、サアッと吹いた爽やかな風に押されるように、私も歩き出したのだった。



***




「お好きなものをお選び下さい。ご準備の際にはお手伝い致します」

『お好きなものをって……』


ズラっと部屋の壁一面を占領するように用意された色とりどりのドレスたちに目が白黒する。確かに戻さんがドレスも用意してくれるとは言っていたけれど、こんなに色々あるだなんて誰が想像出来ようか。

戻さん低へ来て2日目。午前中の自由時間は、訓練施設でトレーニングをしたり、砂浜でビーチバレーをしたりしながら過ごし、午後一には何やら難しそうな機械を使って戻さんに個性のデータを提供していた。
そしてあっという間に船上パーティの時間が差し迫り、パーティの為の準備をしているのだけれど。


『……あの……私、こういう正装をしたことなくて………』

「でしたら、私共で苗字様にお似合いになるものをお探ししても?」

『よ、よろしくお願いします…』


生まれてこの方、パーティなんてものに出席した事の無い私は、ドレスを着たことも、まして選んだことも無い。深々と頭を下げてメイドさん達を見れば、「お気になさらず」と微笑んだメイドさんの1人が数十着あるドレスの中からとある1着を手に取った。


「こちらは如何でしょうか?」

『は、はや……』


メイドさんが手に取ったのは、アクアグレイのフィッシュテールドレスだった。鎖骨から腕を覆う部分はレースがあしらわれていて、くびれ部分にはリボンがある。スカートは前は膝丈、後ろはふくらはぎが隠れるくらいの長さで、ヒールで裾を踏む心配もない。
「えっと…じゃ、じゃあ、それで!」とお礼を言いつつドレスを受け取り、早速着替えてみれば、サイズも申し分ない。くるりと回って動きを確認してみたけれどら慣れないヒールでもなんとか歩けそうだ。


『ステキなドレス……あの、ありがとうございます!』

「とんでもございません。それに、まだ終わりではありませんので、」

『え?まだって……?でももうドレスは、』

「ドレスの準備は出来ましたので、次は……苗字様ご自身の準備をさせていただきますね」

『………え?』


どういう意味ですか。
そう問いかける前にメイドさん達の手が伸びてきてあれよあれよという間にドレッサーの前に座らされる。何事か、と目を丸くしているうちに、髪とメイクが施され、「終わりましたよ」と言う声におそるおそる鏡を見れば、そこに映る自分の姿に大きく目を見開いた。


「男性の皆様は、既に入口ホールでお待ちです」

「では苗字様、いってらっしゃいませ」

『え、あ、は、はい。い、いってきます…!』


メイドさん達に見送られながら、慌てて部屋を出て皆の元へと向かう。やばい。やばいぞ。思ったよりも時間が掛かってしまった…!
カツカツと慣れないヒールの音を響かせながら、精一杯の駆け足で向かったホールには既にスーツに身を包んだ男の子たちが揃っていて、「お、遅くなってごめんね!!」と声を掛けながら、慌てて階段を駆け下りると、「走っては危ないぞ!」と飯田くんの声が。しかしその注意も虚しく、あと数段という所で、足を踏み外し、身体が前へと傾いてしまう。最悪だ。せっかくメイドさん達に手伝って準備したのに。
来るであろう衝撃を覚悟してぎゅっと目を閉じたけれど、「ダークシャドウ!」と言う常闇くんの声と共に、身体が何かに覆われ、ゆっくりと床に下ろされる。


『あ……ありがとう、常闇くん』

「気にするな」


どうやら助けてくれたの常闇くんの個性だったらしい。
「ダークシャドウくんもありがとう」と常闇くんの個性である彼にもお礼を言うと、「良いってことよ!」とグーサインを見せたダークシャドウくんはまた常闇くんの中へ。体育祭に竹刀でぶっ叩いたしたのが申し訳ない。後でまた改めてお礼を言おう。
スカートの裾を直し、常闇くんから他のみんなへ視線を移すと、「大丈夫かい、苗字くん?」と飯田くんが心配そうに眉を下げる。そんな彼に大丈夫だと笑って返しつつ、遅れたことを謝ろうとしたのだけれど。


『…えーっと………みんな??どうかした……?』

「??緑谷くん?切島くん?上鳴くん??どうかしたのかい?顔が赤いぞ??それに、轟くんや爆豪くんまで固まって……何かあったのか??」


不思議そうに首を傾げる飯田くんの言う通り。緑谷くんと切島くん、上鳴くんは顔から首までを真っ赤にして呆けた顔をしていて、轟くんと爆豪くんは、普段よりも少し目を丸くして固まっている。なに。何があったの。緑谷くん達はともかく、爆豪くんまでこの反応ってない。
キョロキョロと辺りを見回してみたけれど、別段おかしなことはない。一体何がどうしたのだろうと首を捻る私に、小さく息を吐いた常闇くんがポンっと肩を叩いてきた。


「みな、苗字の姿に見惚れているのだ」

『み、みほれてって………』

「普段とは違った装いに虚をつかれたのだろう。似合っているぞ、苗字」


頷きとともに向けられた褒め言葉に少し頬が熱くなる。
常闇くんの言葉に、いつの間にか皆も調子を取り戻したらしく、「す、すごく、き、かわ……に、似合ってるよ!苗字さん!」「おお!めっちゃいいな!」「すげえ綺麗だ」「似合い過ぎててビックリしたぜ!」と賛辞の声が向けられてますます頬に熱が集まる。
唯一爆豪くんだけは、ふいっと顔を逸らしたかと思うと、「馬子にも衣装だな」と一言零しただけで、「素直に似合ってるって言えよなあ」と上鳴くんが呆れた顔をしていた。


『あ、ありがとう……。み、皆のスーツも素敵だね』

「お??まじ?マジで??惚れちゃう??」

『いや、惚れわしないかな』

「…苗字、オブラートって知ってる??」


トホホ。と涙を浮かべる上鳴くんに苦笑いを見せた時、「お、皆お揃いだね」と正装に着替えた戻さんが現れた。


「準備は出来てるようで良かった。…苗字さん、そのドレス、とてもよく似合っているよ」

『あ、ありがとうございます、』

「いやいや。用意した甲斐が有ったね。…さて、それじゃあ本日のメインイベント。パーティに行こうか」


歩き出した戻さんに爆豪くんが続く。
慣れないヒールと慣れないドレス。そして慣れない船上パーティ。緊張から少しうるさく鳴る心臓。その音を隠すようにそっと胸を抑えながら、爆豪くんに続くようにみんなと歩き出した。
MY HERO 33

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