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「林間合宿は全員で行きます」

「「「「どんでん返しだあ!!!」」」」


実技試験の翌日。期末試験の全科目を受け終えた私達に、HRで相澤先生の口から告げられたのは、期末試験で赤点を取った者は林間合宿には行けないというのは“合理的虚偽”であったという事実。
体力測定の時といい今回といい、相澤先生は“合理的虚偽”が好きなのだろうか?HRを終え、出ていく先生の背中を見つめながらそんな事を考えていると、「あ、みてみて!名前ちゃん!」と透ちゃんに声を掛けられ、彼女が私の席へ。


『?なに?』

「これみて!!ホークスの記事だよ!」

『ホークスさんの?』


透ちゃんが見せてきたのは、コンビニなんかでよく見るヒーロー雑誌の見開きページだった。載っているのは、ヒーロースーツとは違った装いをしたホークスさんで、バストアップ写真に映る彼は、にこやかな笑顔を浮かべている。こうして見るとやっぱり胡散臭そうだ。
「ホークスさんがどうかしたの?」と雑誌を受け取りながら首を傾げると、ニヤニヤと愉しそうに笑った三奈ちゃんもいつの間にか私の隣へ。


「だってだって!昨日の試験で相手して貰ってたじゃん!それにー……………人命救助とはいえ、人工呼吸だってされてたし!!!」


きゃー!と黄色い声を上げる透ちゃんと三奈ちゃん。
なんでも、昨日の演習試験直後、気を失った私に、ホークスさんが人工呼吸をしてくれたらしく、それをモニターで皆はみていたのだとか。楽しそうで何よりだけれど、二人が思うような感情はホークスさんに対して一切ない。第一、人工呼吸については気を失ったので全く覚えてすらないし、たとえ覚えていたとしても、向こうはヒーローなのだから当然の処置だろう。そこに甘い感情なんてあるわけない。
それを伝えようと口を開こうとした瞬間、ガッと椅子が倒れるような音が聴こえ、視線が前へ。


「と、轟さん……?どうかしましたか??」

「………いや、別に、」


どうやら椅子を倒したのは轟くんだったらしい。勢いよく立ち上がり過ぎたのだろうか。倒れた椅子を元に戻している轟くんに、百ちゃんが少し驚いたように声を掛ければ、口数少なく返した轟くんは、視線を百ちゃんではなく何故か私達へと向けてきた。


「……苗字は、」

『?な、なに?』

「…苗字は、ホークスみたいな“ヒーロー”に憧れてんのか?」

『え…違うけど…。…あ、でも、』


でも、彼の理想はとても素敵なものだと思った。“ヒーローが暇を持て余す世の中”。そんな平和な世界が訪れるなら、是非とも見てみたい。
へらりと笑うホークスさんを思い出して、ふふっとつい笑みを零すと、そんな私の反応に轟くんと、そして、何故か切島くんや上鳴くんが酷く驚いた顔をしていた。なんでだ。


「…昨日の試験で、ホークスと何かあったのか?」

『何か……って言うか、少し話しただけかな…?』

「話し………」

『保健室でね。少し怒られちゃったの。“個性”を無理して使ったから』

「本当に、それだけか……?」


眉を下げてどこか心配そうに尋ねてくる轟くんに、一瞬言葉を詰まらせる。「それだけだよ、」と早口で答えれば、机の上に広げられた雑誌の中で微笑むホークスさんの姿がなんだか見ていられなくて、ページを変えようと一枚頁をめくったその時。


『あ………』

「?苗字?」


開いたページに現れた見覚えのある顔にサアッと血の気が引いていく。雑誌に触れる指を震わせ、目を見開いて固まっていると、不思議に思った百ちゃんが、雑誌を覗き込んできた。


「あら…?確かこの方は、」

「ああ!!!これ、“レジェンドヒーロー特集”だよね!?!? 」

「緑谷」


百ちゃんの声を遮るように声を張り上げたのは緑谷くんだった。あ、そっか。そう言えば彼はヒーローの研究をしたりしていたんだっけ。
「この号買い逃しちゃったんだよー!」と声を弾ませながら歩み寄ってきた緑谷くんは、キラキラと輝いた目で雑誌を見つめた。


「すごい……!今活躍しているトップヒーロー達はもちろん、僕らが生まれる前にいたヒーローについても書いてある…!」

「緑谷くん、すごい食いつきだねえ!もし良かったらみる??」

「え!?い、いいの!?!?」


期待の籠った瞳を見せる緑谷くんに透ちゃんは「いいよー!」と随分と軽く返している。持ち主の許可を得て、ぱあっと表情を明るくさせた緑谷くんは再び雑誌へ視線を落とそうとした。しかし。


「え………苗字、さん………?」

『っ………………』


緑谷くんの表情が一転する。戸惑った声で私を呼ぶ緑谷くんには悪いけれど、今は応える余裕がない。
唇を噛み締め、雑誌の中の“ヤツ”を睨み付けていると、「おい、苗字?」「苗字さん…?」と轟くんや百ちゃんまで心配そうに声を掛けてきた。

大丈夫。なんでもない。

そう返したいのに、言葉が上手く声になってくれない。
唇が震えているせいだろうか。…いや、違う。震えているのは、心だ。
大きく吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す、握り締めた拳をゆっくりと解いて、漸く雑誌から顔を上げると、緑谷くんや轟くんだけじゃなく、他のクラスメイト達も心配そうにこちらを見つめていた。


『……大丈夫。ちょっと、……頭痛がして、』

「え??だ、大丈夫??保健室に行った方が、」

『ううん。もう平気だから。……あ、そうそう、緑谷くんこの雑誌見たいんだよね??もう持ってっていいよ』


「はい」と閉じた雑誌を緑谷くんに差し出すと、迷うように雑誌と私の顔を見比べた緑谷くんは、おずおずと申し訳なさそうに雑誌を受け取ってくれた。

まさか、この雑誌に、“アイツ”が載っているなんて。
それも“レジェンド”だって??吐き気がする。あの男はレジェンドなんかじゃない。ただの、


人殺しだ。


一限開始のチャイムが鳴る。
プレゼント・マイク先生が入ってきた事で、周りに集まっていた皆がそれぞれ自分の席へと戻っていく。
朝から嫌な顔を見てしまったけれど、切り替えよう。こんな事で動揺し続けていたら、怪しまれるに決まってる。
左手でソっと右肩を撫でる。英語の授業を進めていくプレゼント・マイク先生の声は何一つ耳に残らず、結局、その日の授業は全てただ聞き流すだけのものとなってしまった。
MY HERO 28

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