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ヒーローになろうと思った。
ヒーローになりたかった訳ではない。
でも、ヒーローになる事を決めた。


大っ嫌いなヒーローになってでも、
叶えたい願いがあったから。


“レディイイイイイイイ…………スタート!!!”


スタートの合図とともに個性を使って時間を止める。ホークスさんの動きが止まったことを確認し、一気に距離を詰めて竹刀を振りかぶった。


『“解除!!”』

「っうお!?」


個性を解くのと同時に、ホークスさんの顔目掛けて竹刀を振り下ろせば、目前に迫った竹刀にホークスさんの目が見開かれる。当たる。そう思ったその時、ホークスさんに当たる筈だった竹刀が、ガッと壁のような物に阻まれる。


『なっ………んで…!!!なんで、竹刀が……!!』

「おー、危ない危ない。悪いね、苗字さん。君の動きは体育祭の時に確認済みなんだ」


ふっと余裕の笑みを見せるホークスさんに目を細める。そりゃそうだ。雄英の体育祭はテレビで全国放送されているのだから、ホークスさんが出場していた私を観ていても可笑しくない。むしろ当然だ。
竹刀を阻んだ“壁”へと視線を向ける。いや、壁なんかじゃない。ホークスさんに竹刀が当たると思った直前、彼を守るように現れたのは、おそらく彼の“個性”である翼の羽根だった。なんて固い羽根だ。まるで鉄のようだ。
ギッと奥歯を噛んで竹刀を構え直す。ホークスさんの個性があの翼の羽根を自在に操れるものだとして、一番驚くべきは、その“予測力”だ。彼は今、スタート同時に私が個性を発動させ攻撃することを読んでいた。そして、まるで瞬間移動のように現れた私に、素早く羽根を操って竹刀の攻撃を防いだのだ。


「君の個性についても、学校側から既に聞いてる。一見ワープや瞬間移動のようにも思えるけれど……実際は、周囲の時間を止め、その間に自身は自由に動き回ることが出来るという“時間停止”の個性。………だよね?」


一枚の羽根を刀のように変形させ、右手に持ったホークスさん。なるほど、どうして彼が私の相手として呼ばれたのかよく分かる。この予測力と広い守備範囲。そして、素早い個性の翼。私にとってはとても嫌な相手だ。なにせ、時間を解いた一瞬で攻撃を防がれてしまうのだから。
竹刀と一緒に汗を握る。笑みを消したホークスさんの顔色が変わり、獲物を狩るような、そんな目をした彼が一歩。また一歩と近づいてきている。
足が動かない。まるで地面に根が生えたようだ。
これが、トップレベルのヒーロー“ホークス”の力。


負ける。


その一言が脳裏を過ぎろうとした。けれど、


“憧れちゃったら、もう……諦められないんだよ”


『っ、』


諦めてしまえばいい。
林間合宿になんて行けなくても、学校で補習を受けて穴埋めしてしまえばそれでいいのだ。
だから、諦めてしまえばいい。簡単だ。竹刀を捨てて、たった一言“参りました”と、そう言ってしまえばいい。それだけで、

それだけで、いいのに、なのに、

どうして、今、


『っ“発動!!!”』

「!!」


ボロボロになっても立ち上がる、緑谷くんと爆豪くんの姿が浮かんでくるの。

ゆっくりと歩みを進めていたホークスさんが、驚いた顔のまま動かなくなる。咄嗟に飛ばされた羽根が彼を囲うように周りに広がっていて、たとえ懐に飛び込んで攻撃したとしても、個性を解いた瞬間、彼の羽根に阻まれてしまう。なら。


阻まれない“速さ”で動けばいい。


『っ“解除”!!!!』

「っ、そんな単調な動きで、」

『“発動!!!”』

「!?」


さっきと同じようにホークスさんの正面から竹刀を振り下ろしながら個性を解けば、思った通り、周りを囲っていた羽根がすぐ様飛んできてまた攻撃を阻もうとしてくる。そこで竹刀を手放して、更にもう一度息を止める。
ほぼノーインターバルで個性を使うのはこれが初めて。
息が、苦しい。心臓が強く握り締められているみたいだ。
ドクドクと鼓動する胸の音をかき消すように首を振り、重たい足を動かして、ホークスさんの背中へと回る。手には落とした竹刀の代わりに、カフスを持って。


『っか、……“かいじょ!!”』

「!?どこに……!」


世界が動き出した瞬間、ホークスさんの腕にカフスを掛けようとした。しかし。


「悪いね………!!背中(そっち)も俺の守備範囲内だよ…!」


背中の翼がバサりと広がり、カフスを掛けようとした手が遮られる。背中に個性のあるプロヒーロー。そんな人を後ろから攻撃するなんて、どうぞ“個性”を使ってください、と言っているようなものだ。そう、いくら私でも、そのくらいは、


『予想通りです…!!“は、つどう……!!!”』

「なっ………!!」


短い時間内での三度目の発動。目の前がチカチカする。気を抜けば、直ぐにでも意識を持っていかれそうだ。
でも、せめて。せめて今だけ、あと少し、頑張らせて欲しい。

ヒーローになろうと思った。
ヒーローになりたかった訳ではない。
でも、ヒーローになる事を決めた。

大っ嫌いなヒーローになってでも、
叶えたい願いがあったから。


でも、今はそれ以上に、ただ、


目の前のこの人に、勝ちたい。
ひたすらに。がむしゃらに。皆のように。


強い、心で。


『っ……か……………“解除!!!!!”』

「うおっ………………………!!」


三度目の個性解除で、もう一度ホークスさんの正面に移動する。伸ばしていた手でホークスさんの腕になんとかカフスを掛けた時、遠のく意識の中で、合格を知らせる放送と焦った声で私を呼ぶ、ホークスさんの声が聴こえていた。




***




『(……あれ………ここって……?)』


重たい瞼を持ち上げて霞む視界で自分の居場所を把握しようと視線を動かす。見えたのは、白い天井と、その天井を背景に、私の顔を覗き込むホークスさんの顔だった。


「気いついた?」

『………はい…………あの、私……なんで………?』

「ビックリしたよ。急に倒れたと思ったら、呼吸止まってるんだから」


「さすがにちょっとビビったよ」と眉を下げて苦く笑うホークスさんに、そう言えば体育祭でもそんな事あったっけ、とぼーっとする頭で考えていると、すっと顔色を変えたホークスさんが随分と真剣な声音で「苗字さん、」と私の名前を呼んだ。


「一応、試験は君の勝ち……という事になるんだけど……。正直、今回のこの勝ち方は褒められたものじゃない。一歩間違えれば、君はそのまま息を吹き返さなかったかもしれない。……死んでたかも、しれないんだ」


「言ってる意味、分かるよね?」そう言ってじっと向けられる真剣な瞳に、思わず顔を逸らしそうになった。
体育祭の時、リカバリーガール先生にも言われた。自分の体のSOSは聞いてあげるものだと。でも、今回はそれをわざとしなかった。そもそも、ほぼノーインターバルでの個性の発動は今日が初めてだったし、そうでもしなければホークスさんにカフスを掛ける事は出来なかっただろう。
顔を背けそうになるのをなんとか堪え、込み上げて来たものを抑えるように下唇を噛む。ゆっくりと一度瞬きをし、揺れる瞳でホークスさんを見つめ返せば、変わらず真剣な面持ちをする彼の眉がほんの少しだけ動いた気がした。


『………わたし、ヒーローが嫌いです』

「……じゃあ、どうしてそんなになってまで頑張ろうとしているんだい?」

『……なんでだろ……。自分でもよく分かりません。でも、あの時、………貴方に適わないと思って諦めようとした時、………クラスメイト達の顔が、思い浮かんだんです』


もう一度ゆっくりと瞼を閉じる。ツッと溢れた涙は枕の中に吸い込まれいく。


『っヒーローなんて、ヒーローなんて嫌いです……!なのに、なのに私………あの時、諦められなかったっ…!どうして皆がヒーローなんかになる為に頑張っているのか分からないのにっ……なのに、私は、………皆みたいに、“頑張りたい”と思ってしまった……!!

……ホークスさんっ………あなたは、貴方はどうしてヒーローになっているんですか……?ヒーローって、ヒーローってそんなに、』


“お父さんは、ヒーローである事が何よりも誇りだ!”


『そんなに、素晴らしいものなんですか……?』


父の声が頭の中で反芻している。温かく優しい思い出の中で笑う父と母の姿をこれまで何度思い出して来ただろうか。

自分の口から漏れる情けない嗚咽に嫌気がさす。今日初めて会ったばかりの人に、私は何を言っているのだろう。プロヒーロー相手に“ヒーローが嫌いだ”なんて言って、不快に思われたに決まっている。
ポロポロと零れる涙を隠すように手の甲で目元を覆う。震える唇を隠そうとキュッと引き結めば、それを咎めるように、大きな手にソっと腕を掴まれた。


「目、あんまり抑えると良くないよ」

『っ……ほーくす、さん、……』

「………ヒーローが嫌い。でも、ヒーローになろうとしている。……どうして君が、そんな自分の首を締めるような道を選ぼうとしているのかは分からないけれど、……でも……少なくとも今君の周りにいる“クラスメイト”達は、きっと、君が思うような“大っ嫌いなヒーロー”になろうとはしていないんだろうね」

『………皆、すごい人たちです。だから……だから、分からなくなる。ヒーローにならなくたって、皆ならきっと別の道だってあるのに、なのに…なんでヒーローじゃなきゃならないんだろうって……そう、思わずにいられないんですっ……』


止めたいのに、涙が止まらない。涙を隠している手が情けなく震えている。ああ、なんでこうなるのだろう。
こんな所を…この人の、“ヒーロー”なんかの前に晒してしまうなんて。悔しいやら情けないやら、もうグチャグチャだ。
こんなつもりじゃなかったのに。
「すみません…」と消え入りそうなほど小さな声で謝る私に、ホークスさんは何も言わず、優しく腕を掴むんでいた手で、目を覆う私の手をゆっくりと解いてきた。


「やけん、そげん押さえたらダメばい」


揺れる視界に現れたのは、困ったように眉を下げるホークスさんだった。


「さっきの質問の答えだけど……俺は、ヒーローになりたいと思うより先に、ヒーローになる道が敷かれていた」

『ヒーローになる道が………?』

「けど、そこに自分の意思が……“憧れ”が重なっていって、ただ敷かれたレールを進んできた訳じゃないとそう思ってる。だからこうして今でもヒーローをやってる。“ヒーローが暇を持て余す世の中”を作れるように」


ヒーローが。暇を。
嘘はないと思った。試験前までは酷く胡散臭い人だと思ったけれど、でも、今こうして私に向き合っている彼の言葉には、嘘は一つもないとそう思えた。


「だから、苗字さんもこれから“分かる”未来があるかもしれない。君のクラスメイト達が、どうしてヒーロー“なんか”になろうとしているのかが。それが分かるまでは、分からないままでいいんじゃないかい?ヒーローの何がそんなに素晴らしいのか無理して知る必要はないさ。
……でも、もしこの先、君がヒーローに“なりたい”と心からそう思う時が来たら……その時にきっと分かるさ。今日君が、俺に勝つために“頑張ろう”とした理由も、全部」


「ね、」と目尻を下げて柔らかく微笑んでくれるホークスさん。いつの間にか震えの止まっていた唇で、ゆるりと弧を描く。
今はまだ分からないままでいい。その通りかもしれない。無理矢理理解出来ることでもないし、そう簡単に受け入れられる訳でもない。なら、今はただ……私は私の目的を持ってヒーローになることを目指せばいいのだろう。
頬を弛めて「ありがとう、ございます、」と緩く笑って見せた私に、「お、やっと笑った」と冗談交じりに零したホークスさんは、私の手を掴んでいた手を漸く離す。チラリと保健室内の時計を確認したホークスさんは、「んじゃ、俺はそろろそろ」とそのまま保健室を出ようとしたので、慌てて身体を起こし、黄色い上着の裾を引っ張って引き止めると、不思議そうに首を傾げられた。


「?なんだい?」

『あ……いえ……あの……さっき、ホークスさんが言ってた“ヒーローが暇を持て余す世の中”ってやつ……』

「うん?…ああ、うん。それが俺の目標みたいなもんかな」

『…それ、私も目指していいですか?』

「え?」

『ホークスさんとは、違う意味になるかもしれないけど……でも…私も、目指したいです。ヒーローなんて必要ない、平和な世の中を、』


「ダメですか?」とホークスさんを見上げれば、驚いたように数回瞬きを繰り返したホークスさんは、次の瞬間、どこか嬉しそうにふっと微笑んだ。


「……もし、本当にヒーローが必要ない世が来るとしたら、その時は………再就職先、考えておかなきゃならんね」


「そいじゃ、」と笑いながら、ポンッと私の頭を撫でたホークスさんは、今度こそ保健室を出ていってしまった。

ヒーローが暇を持て余す世の中。とても現役の、それもトップで活躍するようなヒーローが言うような台詞とは思えない。だって普通は自分の活躍を増やしたいと思うものじゃないか。でも彼は、そんな活躍や見せ場なんかよりも、この社会の“平和”を願うとそう言っていた。
今日会ったばかりの人だし、言っていることを全て鵜呑みになんて出来ないけど、でも…もう少しだけ知りたいと思った。ヒーローとしてのホークスさんを。そして、今世の中で活躍しているヒーロー達のことを。
MY HERO 27

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