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「ありがとうございます、リカバリーガール……」

『だ……大丈夫??緑谷くん……?』


ボロボロの姿で運ばれてきた二人を見た瞬間、少しだけ泣きそうになった。
結論から言うと。緑谷くんと爆豪くんの二人は、なんとかオールマイト先生との戦闘に勝利した。それはそれはボロボロの状態で。ベッドの上に寝かされた二人のコスチュームは泥だらけで、それを着ている本人たちは、擦り傷や青あざを沢山こしらえている。

しかし、こんなに傷だらけになってなお、二人は決して諦めようとはしなかった。

加減のなさをリカバリーガール先生に怒られているオールマイト先生。もう少し処置が遅れていたら、緑谷くんは歩けなくなっていたかもしれないと言う。


『歩けなくって………』

「だ、大丈夫だよ苗字さん…。かもしれないってだけだし…それに、ほら!この通り今はなんとも、」

『何ともなくないよ!!こんな傷だらけになって何言ってるの!?』


つい声を荒らげてしまえば、緑谷くんの肩がビクッと揺れる。緑谷くんだけじゃない、あと一歩間違えれば、爆豪くんだって危なかったかもしれない。いくらヒーローになる為に必要な事だと言っても、ヒーローになる前に潰れてしまっては何の意味もないじゃないか。
キッと目を細めてオールマイト先生を睨みつける。視線を受けた先生は、ゴホッと小さく咳き込むと、申し訳なさそうに眉を下げた。


「…苗字少女、私は、『あなたが、』

『あなたがとても、……とても凄いヒーローである事は知っています。そんな貴方に、緑谷くんが憧れている事も聞きました。…でも………っでも…!私には納得できません!!
どうして貴方が二人をこんな目に合わせるのかも、こんなにボロボロになってまで、なんで二人がヒーローになろうとしているのかも、………全部っ………全部、分からないんです…………!』

「#name2……さん……?」


声が、震える。噛み締めた下唇からじわりと血が滲んだ。
緑谷くんも爆豪くんも、とても強い人だ。だから諦めなかった。私なら諦めてしまうような場面でも、オールマイト先生に向かっていく事が出来た。

でも、そんな二人の姿が、私には怖かった。

ヒーローってそんなにいいものなの?
そこまでして、そんなに傷ついてまで、ならなきゃいけないの?
どうして二人は、緑谷くんと爆豪くんは、A組の皆は、そんなに、


ヒーローに焦がれることが出来るの?


心配そうに見つめてくる緑谷くんの視線から逃げるように顔を背ける。オールマイト先生もリカバリーガール先生も、何か言いたげに私を見つめているけれど、二人とも何も言葉を発しようとはしない。
室内が無言に包まれる。チカチカと光るモニターの中では、先生たちに勝つためにA組の皆が闘っている。
余計なお世話もいい所だ。自嘲気味に笑って、謝ろうと顔をあげれば、「苗字さん、」と少し戸惑いながら、緑谷くんがゆっくりとベッドから立ち上がった。


『っ、み、緑谷くん…!まだ起きない方が、』

「ありがとう、」

『え………』

「苗字さんは、僕やかっちゃんの事を心配してそんなふうに言ってくれてるんだよね?だから、その……ありがとう」


そっと目尻を下げて笑ってくれる緑谷くんに、鼻の奥がツンとした。ありがとう、なんて言わないで欲しい。私は、自分勝手な価値観を押し付けようとしているだけ。ヒーローを目指す緑谷くんに、ソレを否定するようなことを言っているだけなのだから。
首を振る。何度も、何度も、首を振り続ける私の肩に、いつの間にか目の前に来ていた緑谷くんの手が優しく触れる。


『っありがとう……なんて言わないで……私はっ……私は、貴方の目指しているものを否定しようとしてるの!だからっ…』

「でも、苗字さんも、何か理由があってヒーローになろうとしてるんだよね?」

『っ………それは………』

「僕がオールマイトに憧れてヒーローになろうとしている事を、苗字さんは分からないって言ってたけど……でも、それって普通のことだと思うんだ。だって、多分、ここにいる全員、それぞれ理由があってヒーローを目指してる。だから、苗字さんが……僕やかっちゃんの“無茶”を理解できないのは当然だよ」

『……なんで……なんで緑谷くんはそんなに……そんなにヒーローに、オールマイトに憧れてるの…?個性を使う度にボロボロになって、今日だってあと少しで歩けなくなる所だったのに、それなのに、なんで、』


涙の膜が張った瞳で緑谷くんを見つめる。そんな私の視線に、困ったように頬を掻きながら、でも、迷いのない真っ直ぐな瞳をした緑谷くんがゆっくりと唇を動かした。


「憧れちゃったら、もう……諦められないんだよ」

『っ……それは……』


それはたとえ、ヒーローがどんな裏側を持っていたとしても?
問いかけたかった言葉は音にならず、喉の奥で静かに消えていった。

その後、爆豪くんを連れてオールマイト先生は保健室へと向かい、出張所の方は私と緑谷くん、リカバリーガール先生の三人のみとなった。緑谷くんの言葉に暫くジッとしていたけれど、少ししてが出来ず、ただ一言「余計なこと言ってごめんなさい」と謝った私に、緑谷くんはまだどこか心配そうにしていたけれど、それ以上は何も触れては来なかった。




***




“タイムアップ!!期末試験これにて終了だよ!!”


演習試験の終わりの合図が響く。

緑谷くんと二人でモニター室を後にすると、試験を終えた皆と合流した。小さな擦り傷なんかはあるものの、緑谷くんや爆豪くんほど大きな怪我を負った人はいなさそうだ。よかった。
ホッと胸を撫で下ろしながら、時間切れとなってしまった四人に視線を移す。揃って方を肩を落とす切島くん、砂糖くん、上鳴くん、三奈ちゃんに声をかけようとした時、


“苗字名前さん、演習試験を始めます。指定の演習場まで移動してください”


『あ……』

「どうやら、苗字くんの試験も始まるみたいだな」


「頑張ってね!」「待ってるわ」と声を掛けてくれる皆の声を背に、前もって指定されていた場所へと移動を始める。
皆とは違い、1VS1の戦闘。そのうえ、脱出という選択肢はなく、カフスを掛けることでしか試験に合格は出来ない。
たかが林間合宿。行けなければまた来年行けばいい。演習試験は“真面目”に取り組みはするけれど、危ないと思ったら諦めてしまえばいい。
そう思っていた。皆の、緑谷くん達の試験を見るまでは。


「君だ、苗字さん……だよね?」

『……あなたは、……確か………』


試験場に辿り着いた私を迎えてくれたのは、背中に真朱の翼を持った金髪の男性だった。
テレビや雑誌で何度か見たことがある。確か、この人は、


『……ほーくす……さん?』

「ピンポーン。大正解。今回、君の試験監督を勤めさせて頂くことになりました、ホークスです。よろしくね」


にっこりと笑顔で握手を求めてきたホークスさん。詳しいランキングは覚えていないけれど、確か、若くしてヒーローチャート、トップ10入りを果たしていた人気のヒーローだ。なんで彼がここに。
少し怪訝そうに眉を寄せ、おずおずとホークスさんの手を握れば、困ったように頬を掻いたホークスさんは眉を下げて苦く笑う。


「何もそんな怪しまなくても……別に取って食ったりしないよ?」

『…すみません。でも、たかが高校生の試験に、外部の、そのうえトップで活躍しているような“ヒーロー”が来られるとは思っていなかったので……』

「確かに、たかが高校生の期末試験に外部のヒーローか手を出すのは可笑しいかもしれないけど……“たかが”じゃなくて、“あの”雄英高校ヒーロー科の試験だからね。将来有望な子に力を貸すのは、先輩として当然だろ?」


ニコニコと人が良さそうな笑みを浮かべるホークスさんに目を細める。ここには彼よりも先輩のヒーロー達が教員として働いているし、彼の言うとおり“先輩ヒーロー”として次の世代の育成に手を貸すのは可笑しいことでは無いのかもしれない。どことなく怪しい感じはするけれど。
「…変な事を言ってすみませんでした」と小さく頭を下げれば、「いや、気にしなくていいさ」と笑ったホークスさんは演習場に備えられたカメラへと顔を向ける。何かを合図するようち一つ頷いてみせたホークスさんは、ポケットの中からカフスを取り出すとそれを私に向かって投げ渡した。


「聞いてるとは思うけど、君の勝利条件はただ一つ。俺にそのカフスを掛けることだ。カフスを掛ける方法はなんでもいいけど……引き受けた以上俺も本気で君の相手をする」

『…分かりました』


不敵に笑ったホークスさんに頷き返したその時、


“これより、苗字名前の実技試験を始めます”


「始まるみたいだね」


スピーカーから聞こえてきたナレーションに、ホークスさんから距離をとる。腰に備えていた竹刀を手に取り、構えようとしたその瞬間、


“レディイイイイイイイ…………スタート!!!”


たった一人で行う、演習試験が始まった。
MY HERO 26

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