春の陽気が過ぎ、夏の薫風が近づいてきている。
期末試験まで残り一週間。そろそろ皆本腰を入れて試験の準備を始める頃なのだろうけれど、
「全く勉強してねー!!」
ああああああああ!!と頭を抱える上鳴くんと、何かを悟ったようにアッハッハッハッハッと笑っている三奈ちゃん。この2人、あんまり勉強は得意ではないらしい。焦る二人に「確かに」と同意する常闇くん。確かに、今度の期末は少し範囲が広いうえ、実技もある。私もちょっと気をつけないとなあ。なんて思っていると、「芦戸さん、上鳴くん!が…頑張ろうよ!」と緑谷くんが二人に話しかける。
「やっぱ全員で林間合宿行きたいもん!ね!」
「うむ!」
「普通に授業うけてりゃ赤点は出ねえだろ」
「言葉には気をつけろ!!」
上鳴くんと三奈ちゃんに突き刺さる悪意のない言葉。緑谷くんと飯田くん的には励ましているつもりなのだろうけれど、座学も得意な二人の言葉は逆効果となっている。ちなみに、轟くんに至っては多分事実を言っているだけだ。
「悪気がないのがまた……」と呟く尾白くんに内申同意していると、「お二人共、」と二人に助け舟が。
「座学なら、私お力添え出来るかもしれません」
「ヤオモモー!!!」
これぞ天からの救い!とばかりに喜ぶ上鳴くん達。そういえば、百ちゃんは中間テストで1位だったっけ。「演習の方はからっきしでしょうけど…」とふっと何かを諦めたように笑う百ちゃんに首を傾げていると、そんな百ちゃんの周りに響香ちゃんや瀬呂くん、尾白くんと集まってくる。どうやらこの三人も百ちゃんに御教授願いたいらしい。私も頼みたいけど、さすがに悪いかなあ。
「この人徳の差よ」
「俺もあるわ…!てめェ教え殺したろか……!!」
「おお!頼む!!」
百ちゃん達の更に前の席から聞こえてきたやり取り。切島くんは爆豪くんに教えてもらうのか。そっか、爆豪くんも座学の成績3位の実力者だったけ。
いいなあ、と思いつつ、席を立って飯田くんの元へと向かう。「飯田くん、」と声をかけると、緑谷くんと話していた彼が振り向いてくれる。
「む?なんだい苗字くん??」
『あの……もしよければ、期末試験に向けて勉強見てもらえないかな??』
「勉強を…!ああ、もちろん…!!と言いたい所なんだが……すまない。週末は兄の見舞いに行く予定なんだ。授業の合間や放課後に少しずつなら力添え出来るが……」
『う、ううん!それなら大丈夫!週末お兄さんのところに行くなら、自分の勉強の時間も欲しいだろうし、………あ、じゃあ、緑谷くんは?』
「え!?ぼ、ボク……??」
そういう事なら飯田くんは難しいだろうと、今度は緑谷くんに先生を頼めないか聞いてみることに。急に話を振られてビックリしている彼に「緑谷くんも中間の成績良かったよね??」と尋ねると、恥ずかしそうに頬を掻いた緑谷くんが少し困ったように眉を下げた。
「え……っと、その、僕でよければ教えてあげたいのは山々なんだけど……その……」
『あ、もしかして難しい???』
「僕……人に教えるってあんまりした事無くて……正直、上手く教えられるか自信なくて……」
「普段一人で黙々と勉強するタイプなんだ」と申し訳なさそうにする緑谷くん。なるほど、それなら彼に勉強を教えてくれと頼むのは酷だろう。一人で集中してこなしたいだろうし。
「そういうことなら、大丈夫」と首を振ると、でも…と飯田くんと緑谷くんが眉を下げる。真面目な二人は断ったことに罪悪感を感じているのだろう。安心させるためにも他の先生を探したい。という訳で、中間テストで5位の成績だった轟くんに声をかけようとした時、
「あ、なら苗字も爆豪に教えてもらうか??」
『っえ??』
「は……?」
突然の切島くんの提案に思わず間の抜けた声が出る。当の本人爆豪くんはと言うと、切島くんがそんな事を言うと思わなかったのか、何言ってんだこいつ!と言うように切島くんを睨んでいる。切島くん、睨まれてることに気づいて!
「中間3位の爆豪なら、俺と苗字の二人くらい余裕で教えられるんじゃね??」
「っさげんな!!てめえ一人でも手間だっつーの!このクソ髪!!!!」
『そ、そうだよ切島くん……悪いし……それに、自分の勉強だってあるんだから、いくら爆豪くんでも二人分の勉強を見るのは難しいんじゃ、』
「ああ゛!?難しくねえわ!!このノロマ女!!!てめェも教え殺したるから覚悟しとけや!!!」
『ええ…………』
どうしてそうなった。いや、教えてくれると言うのなら有難いのだけれど。
「良かったな!苗字!」と笑ってくれる切島くん。本当にいいだろうか。まあでも、一応教えてくれるとは言っているわけだし。爆豪くんの顔色を伺いながら「よろしくお願いします、」とおずおずと頭を下げれば、ケッ!と顔を顰めた爆豪くんは返事の代わりに大きな舌打ちをくれたのだった。
***
「名前ちゃん大丈夫??爆豪くんにおしえてもらうやなんて……」
『アハハ……まあ、うん、多分…切島くんも一緒だし……』
昼休み。お茶子ちゃんや緑谷くん達と共に食堂に来た私。
心配だと言わんばかりに眉を下げるお茶子ちゃんに頬を引き攣らせながら答えると、カツ丼を食べる手を止めた緑谷くんが顔色を悪くする。
「…かっちゃんは女の子相手でも容赦とかないから…僕も少し心配だ………」
『緑谷くんまで……』
「確かに、体育祭でも麗日相手に遠慮なく個性ブッぱなしてたもんな」
『と、轟くんも…!やめて、不安を煽らないで…!』
うう、と耳を抑えれば「大丈夫よ、名前ちゃん」と隣に座る梅雨ちゃんが慰めるように肩を叩いてくれる。梅雨ちゃん…!と目を輝かせて彼女を見れば、「多分“個性”は使わないわ」と微妙な励ましが返ってきた。それって個性を使わない手段で痛ぶられる可能性はあるってことだよね?
まあ何はともあれ、教えて貰えることには変わらないのだから、多少の叱責は我慢するべきだろう。当日着る防護服を百ちゃんに頼んで創ってもらうか、と考えていると前の席に座る轟くんに「苗字、」と呼ばれ視線を彼へ。
『?なに?轟くん??』
「…俺でよければ勉強みるぞ」
『え、』
「爆豪におしえてもらうの、怖えんじゃねえのか?」
轟くんの意外な言葉に、その場にいた全員が彼を見る。
確かに、切島くんに誘われる前は元々彼に頼もうと思ってはいたけれど…でも、まさか轟くんから言い出してくるとは。ぱちぱちと目を瞬かせて驚いていると、「どうする?」と答えを促すように首を傾げてきた轟くん。
出来ることなら彼に頼みたい気もするけれど、もし私が“轟くんに教えて貰うことになったから大丈夫!”と口にすれば、それこそ爆豪くんの怒りに触れてしまう気しかしない。体育祭の決勝戦から轟くんに対しても当たりが強くなってる気がするし。
『…うーん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……今更断る方が怒らせそうっていうか……失礼になりそうだし……今回は大人しく爆豪くんに教えてもらうよ』
「そうか」
『気遣ってくれたんだよね。ありがとう、轟くん』
「いや、別に。俺はただ、苗字が爆豪に怒鳴られたり、泣かされたりしたら嫌だと思ったから言っただけだ」
そう言って、ズズっと蕎麦を啜った轟くん。イケメンは言う事までイケメンなんだな。なんて感心していると、「おお……轟くんかっこええね…」「そうね」とどうやら同じようなことを考えていたらしいお茶子ちゃんと梅雨も頷きあっている。やっぱ女の子なら思っちゃうよね。
そこでハッと何かを思い出した緑谷くんが「そういえば演習試験は何するんだろう…?」と小さく呟く。彼の言う演習試験とは、座学とは別にあるヒーロー科ならではの実技試験のことだ。
「普通科目は授業範囲からでまだなんとかなるけど…演習試験は内容が不透明で怖いね…」
「突飛なことはしないと思うがなあ」
緑谷くんと飯田くんの会話を聞きながら、確かに実技については何も知らないなあと眉根を寄せる。前もって予習できる筆記科目とは違い、何も内容の分からない実技試験は、今のところ予習も何も出来ない状態である。
梅雨ちゃんと透ちゃんの間に座りながら、演習試験について頭を巡らせていると、カツ丼を食べていた緑谷くんの頭に突然ゴチっ!と何かがぶつかった。あ、彼は、
「試験勉強に加えて、体力面でも万全に……あイタ!!」
「ああ、ごめん。頭大きいから当たってしまった」
『物間くん……?』
緑谷くんの頭に持っていたトレーをぶつけたのはB組の物間くんだった。うん、多分これわざとだろう。
「よくも…!」と怒ろうとする緑谷くんに、つらつらと挑発をし始めた物間くん。なんかここまで来るともはや特技の一つだよね。なんて乾いた笑みで彼を見つめていると、ふと視線を動かした物間くんとパチリと目が合う。
「っ!!!な、え、あ………!!苗字………!!」
『あー………っと……こ、こんにちは??』
ヒラリと軽く手を振って挨拶すれば、途端に顔を真っ赤に染めあげた物間くんがピシリと固まる。おお……やっぱ拒絶反応が……。と少し傷ついていると、「またA組に絡んでのか!」と拳藤さんが物間くんの回収に現れる。
しかし、固まる物間くんに気づいた拳藤さんは不思議そうに首を傾げ、次いで、私がいることに気づくと察した顔で頷き出した。
「あんたにもウブなとこあるんだね」
「っう、うるさいぞ拳藤!!僕は今、A組にこれ以上トラブルを呼ばないように注意喚起を、」
「しなくていい」
トスッと手刀一つで物間くんを黙らせてしまった拳藤さん。「ごめんなA組。こいつちょっと心がアレなんだよ」とため息混じりに零した彼女は、その後、知り合いの先輩から教えて貰ったという期末の演習試験の内容まで教えてくれたのだった。なんていい人なんだ。と私たちが感動していると、拳藤さんに首根っこを掴まれた物間くんが「バカなのかい拳藤……せっかくの情報アドバンテージを!!ココこそ憎きA組を出し抜くチャンスだったんだ…」と恨めしそうに口にする。
そんな彼にまた手刀を落とした拳藤さんはズルズルと物間くんを引き摺って立ち去ろうとする。去り際にチラリと顔を上げた物間くんに苦く笑いながら手を振ると、物凄い勢いで顔を逸らされてしまった。うーん、難しい。
「………なあ、苗字。お前B組のアイツとなんかあったのか?」
『え?……この前引っ叩いちゃった相手だけど……?』
「いや、そういう事じゃなくて……アイツ、お前と目が合った時、なんか…………」
『なんか??』
「……………悪い、やっぱなんでもねえ」
そう言って物間くん達が行ってしまった方向を睨むように見つめた轟くん。なんか濁されたような気もするけれど、なんでもないと言うなら気にしない方がいいのだろうと、止まっていた箸を漸く進め始めたのだった。
MY HERO 22