05-1


「どういうことか説明してもらおうか」

放課後、バイトに行こうと教室を出たら、仁王立ちで待ち構えていた花村先輩が言った。少し怒っているようだったけれど、それ以上に戸惑いが見受けられるように感じた。その醸し出だれる空気と先程の言葉から、彼がなんのことを言っているのか容易に想像がついた。

「……今日、これからバイトなんですけど」
「知ってるよ。俺もだからな」

だから歩きながらゆっくり話そうじゃないですか水無瀬さん。

――あぁ、逃げられないな。瞬時に悟って私は人知れず溜息をついた。


***


七月に入って五日目、空は雲で覆われて太陽は見えなかったけれど、外はむしむしと地味に暑い。もう夏だなぁと思っていると、今まで黙って隣を歩いていた花村先輩はそれで?と口を開いた。

「なんで瀬多のこと振っちまったんだよ」

ほら、やっぱりそれだ。
好きなんだろ?という花村先輩に目を合わせず、ただ地面をぼぅっと見つめた。

「……なんとなく」
「はぁ?」
「なんとなくです」

花村先輩が立ち止まる。私もそれに倣って顔を上げた。花村先輩は眉間に皺をよせ、怒気を隠すこともせず私を睨んでいた。
自慢ではないけれど、私は花村先輩に怒られたことがない。自他共に認められるほど甘やかされていると自覚している。そんな花村先輩が、怒っている。他でもない、私に。

「おまえ、ふざけんなよ。瀬多はおまえのこと好きで、真剣に告白したんだぞ? なんとなくだぁ? 馬鹿にしてんじゃねえよ!」

花村先輩は怒鳴るように言った。私は何も言わなかった。それが癪に障ったのか、より声を荒げる。

「おまえも瀬多のこと好きなんだろ!? メールが来ただけで、学校で見掛けただけで嬉しくなるくらい好きなんだろ!? なんで振っちまうんだよ! なんとなくですまされるわけねぇだろ!」

ずきり、と胸に何かが刺さるような感じだった。苦しくてたまらない。

「ごめんなさい」

花村先輩がはっとして、バツが悪そうな顔をしたのは私の声が思いのほか震えていたからだろう。

「……んでだよ、亜希。どうして好きなのに振っちまうんだよ。そんなこと出来るんだよ」

花村先輩は私と瀬多先輩が付き合うことができるようにとたくさん協力してくれた。
私が瀬多先輩のことを好きだと知ると自分のことのように喜んで、何かあったら俺に言えよと胸を張った。からかわれるのかなと思っていたけれど、花村先輩は純粋に協力したいと思っていたのがわかった。
花村先輩のおかげで私は瀬多先輩と出会うことができたし、仲良くなることもできた。とても感謝している。それでも、

「ごめんなさい」

花村先輩は悲しそうに顔を歪め、私を置いて早歩きで先に行ってしまった。
幻滅されたなと思った。きっと前のように、妹のように接してくれることはないだろう。

空はやっぱり厚い雲に覆われていたけれど、雨が降る気配はなかった。なんだか私の心みたいだ。そう思うと、なんだか馬鹿らしくなって溜息が出た。

―――だって、だって。瀬多先輩には私なんか釣り合わない。里中先輩とか天城先輩とか、瀬多先輩の周りには私なんかよりも綺麗で、かわいくて、一緒にいて楽しい人たちがいる。私みたいに、地味で、いつもおどおどしていて、人と接することが苦手で、目もまともに合わせられないような根暗な子なんか、ふさわしくないもの。

こんなに苦しいなら、好きになんてならなければよかった。
あの、瀬多先輩を好きだと知ってしまった日のことを思い出して、私は大きく肩を落とした。





****|

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -