「……Non è un italiano」


どうしよう、何言ってるかさっぱりわかんない。英語だったらちょっとはわかる(と思う)のに全然違うっぽいし。っていうかここ日本なんだから日本語喋ってよそれ以前に私の部屋なんだから私を不審者のような目で見るのはやめてよ。泣くぞ。
頭がこの状況についていかなくて、真っ白になって、私はただ言葉を詰まらせながら視線を彷徨わせるしかなった。
どうしよう。ほんとに、泣きたい。


「……日本人か?」


聞きなれた言語にばっと顔を向ける。こくこくと何度も首を縦に振った。外人さんは口元に手を添えて何かを考えたようなそぶりを見せた後、また視線を私に戻した。


「貴様は誰だ?何故こんなところに日本人がいる。それに、ここは私の記憶にある部屋とは随分違うようだが、貴様が原因か?」


外人さんは異国の言葉であるはずの日本語を流暢に話した。その言葉と表情と雰囲気が、少しだけ冷たくなった。恐い。そう思った。

けれど、それの倍は頭にきた。

なんでこの人こんな偉そうなの?なんで私が悪いみたいに言われてんの?なんでそんな殺気じみたもの向けられなきゃいけないの?


「………ふ」

「?」

「っざけんじゃねー!」


近くにあったハート型のクッションを顔面めがけて投げつけてやった。外人さんは一瞬驚いた顔をした後咄嗟にクッションを受け止めていた。


「なんで防ぐのよ!当たりなさいよ!」

「なにを……」

「あのね!ここは私が住んでるの!私の部屋なの!マイルームなの!あんたが我が物顔で座ってるそこはマイベッドなの!この部屋にあるものは私のものなの!それをなに!?なんで部屋の主の私が悪いように言われなきゃいけないのよ!なんで見ず知らずの外人の男に貴様呼ばわりされなきゃいけないのよ!なんであんたがいるかなんてこっちが聞きたいわよ!っていうか普通に考えれば不法侵入はそっちじゃない!そんなこともわかんないの馬鹿じゃないの?!それとね!人に名前聞くときは自分から名乗りなさいよ!常識でしょ?!顔がよけりゃ何でも許されると思ってんじゃないわよこのイケメン!!」


一通り叫んでゼェゼェと息をする。対する目の前の外人(こんな奴に敬称なぞいらんわ!)はさっきと同じ顔で、それでも少しだけ驚いたような顔をして私を見ていた。
なによ。文句あんの。受けて立つわ。
そう目で訴えてやると、外人はいきなり、ふっ、と肩を震わせて、


「はは、はははははっ!」


大爆笑した。


「ふっ、さ、さいご、のは、くっ、ほ、褒め、てるよ、う、にしかき、聞こえな…はははっ」


え、なに、そんなお腹抱えて笑うようなこと?
っていうか今一応緊迫な空気のはずだったんだけどなにこの人KYなの?むしろあえて空気読まないAKYなの?なにこれ私がアホみたいじゃん。


「いや……すまない。笑うつもりじゃ、なかったんだが…」


そんな涙ぬぐいながら言われても説得力なんですけど。
なんか、力抜ける。


「そうだな。そちらの言う通りだ。どうやら悪いのはこちらだ。どんな理由であれ婦人の部屋に入り込むなど紳士の風上にも置けない行為だ。すまない」

「あ、いえ、こちらこそ…いきなり怒鳴っちゃって……」


さっきとは全く違った優しい声と表情に正気に戻った私は急に恥ずかしくなった。
成人にもなって朝っぱらから大声あげるなんてみっともなかったかも。っていうか私パジャマだし!髪もぐしゃぐしゃだし!ハズ!むしろこの人の発言が恥ずい!


「だが私も、何故自分がここにいるのかがわからないんだ。昨夜は確かに、自室で眠りについたはずだ」

「や、そう、言われましても…」

「そうだな。私にも何が何だかさっぱりだ」


ふむ。と、また口元に手を当てて彼は考え込んだ。

私は私で、なんだか、なにか引っかかって、うーん、と悩む。なんか、これと似たような話、どっかで……。


ぐぅぅぅう。


空気を読まない私のお腹の虫が、静かな部屋に響き渡った。
数秒の間の後、私は顔を真っ赤にし、男の人はまたもお腹をよじりながら大爆笑をした。



prev next


- ナノ -