―――翌日。


「知っての通り今日からバイトに入る家康だ」

「よろしくな天音」

「待て待て待て待て」


なんか流れに飲まれて1日が経っちゃって、朝早く店長が家に来て「借りてくぞ」ってジオを颯爽と拉致ってってでも大学サボるわけにもいかなくて講義終わってから急いでお店に来たんだけど、なんだこれ意味わからん。
私の目の前に居るのはいつもの無愛想な店長と、その隣に居る、私がバイトでいつも着ているのと同じ、白いシャツに黒のパンツを、それから黒のサロンを腰に巻いている金髪の、男。


「え、ちょっとマジで?マジで働くの?昨日の話ってマジだったの?」

「今更何言ってんだよ。マジに決まってんだろ」


ああそうですかマジですか。
ぶっとばすぞ。


「天音、どうだ、似合ってるか?」


人の気も知らずこの男は…!と睨みつける。さっきはよく見ていなかったが、そこで思わず凝視した。にこにことどこか楽しげに声を弾ませている男は私のよく知るジオで、私の知らないジオだった。


「……あんたどうしたの」


裸眼であったはずのジオの顔にはシンプルなシルバーフレームの眼鏡がかけられていて、長い(鬱陶しそうだった)前髪は、ワックスか何かで後ろに流すように整えられている。というか、全体的に髪型が…なんか…違う…。


「李人がセットしてくれたんだが…変だったか?」


李人、とは店長の名前である。私はポカンとしたまま店長を見やった。


「俺だってなんの考えもなしにこいつを表になんかださねぇよ」


どうだ、結構変わるもんだろ?と店長はジオの肩に手を置いた。
た、確かに髪型と眼鏡かけるだけで…幾分か変わった…けど…。


「大変だったんだぜ?こいつの髪型変えんの。アイロンとワックスとスプレー駆使した俺の自信作だ」


そんな変な所に力入れんなら初めっからこいつを雇うなんてことしなきゃいいじゃねぇか。とは口に出さなかった。辛うじて。呆れすぎて。
というかこれ毎回セットするの面倒なんじゃ……。いいや別に。しらね。


「天音、似合わないか?」


ずいっと詰め寄られ思わず一歩下がる。
いや、似合う似合わないかって言ったら…似合う、けど。ものすごく。
眼鏡とか、髪型とか、いつもと雰囲気違うし、なんか、


「わ、悪くないんじゃない、の」

「そうか、よかった」


なんか、調子、狂う。
……って、それよりも。


「……家康ってなに?」

「偽名」


なんでそんな当たり前だろお前馬鹿か?みたいな目で見られなきゃいけないんですかね店長。


「本名なんて分かる奴には分かっちまうだろ?保険だよ保険」

「そんなことはわかりますよ」


私が言いたいのはこの顔に家康ってどうなのってことよ。何処の将軍様だよ。何処の天下人だよ。バリバリ日本名じゃねーか。違和感ありまくりだろ。


「俺は気にいっているぞ?家康、良い名ではないか」

「そういう問題じゃ…」

「なんだおまえ、しらねーのか」

「は?」


店長が手招きをして少しかがむので、私は店長の口元に耳を近づけた。


「ジョットが日本に隠居して改名した時の名前が家康なんだよ」


……そういえば家系図的なもの乗ってたな漫画に。そういえば子孫がみんな某将軍家の名前だったな。主人公も綱吉だったよな。好きなのか。なんてネーミングセンス。
………ないわー。


「いやでもやっぱりこのバリバリ金髪外人顔に日本名はどうかと…」

「じゃあ源氏名でいいよ」

「ホストか!」


つーかホストでも家康なんて名前つけねぇよ。というかここホストじゃなくてカフェレストランだよ。源氏名とか必要ねぇよ。


「ったくさっきから文句ばっかだな。なにが不満なんだよ」

「全部だよ。この状況すべてだよ」

「我儘だな天音は」

「だからもてねぇんだよ」

「あんたらには言われたかねぇし!」


なにこれ疲れる。まだバイト始まってないのに疲れる。どうしようもう帰りたい。


「帰っていいぞ」

「……は?」

「お前は家でレポートと試験勉強でもやっとけ」


しっしっと犬猫にでもやるような店長の動作に思考がうまく働かなかった。え、ちょっと、本気?


「俺はいつだって本気だ」

「いやいやいや、さすがにちょっとないでしょそれは。ジオに接客、とか、そんなの」

「大丈夫だ天音。こう見えても子どもの頃は色々な店の手伝いをしてたから」

「だからそういう問題じゃ…!」

「いーから出てけ。邪魔」

「邪魔って…!っていうかそもそも私はまだ許したわけじゃ…!」

「天音、また後でな」

「ちょっ…!」


店長とジオに背中をぐいぐいと押され裏口から締め出された。ばたん、としまったドアを、ただ茫然と見つめ、無意識に「うそぉ…」と呟いていた。










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