「ジャンプは俺の永遠のバイブルだからな」


私がなんとも言えない表情をしていたのに気付いたのかどうかはよくわからないが、数刻の沈黙の後店長は言った。心なしか胸を張って。

とりあえず黙ればいいと思う。





******





仕方ないので店長にこれまでの経緯を説明した。微妙にばれたっぽいし、なんかもう色々めんどくさくなった。何にって?この状況に決まってる。
というか、私もばれるばれないの心配は結構してたけど、まさか漫画のキャラが現実に居るってみんな思わないだろうって心の隅っこで思ってたからさぁ…なんていうか、まさかまさか本当にばれるとは思ってなかったのよ…。ばれたとしても小雪のような人種の人たちくらいだろうと思ってたからさ…まさか店長にばれようとは…。そういえばこの人もそれなりに漫画好きだったことを忘れてたわ…。


「ほぉー…。面白いことになってたんだな」


そしてなんの抵抗もなく私の話を受け入れる向かいのソファーに座る男。いやまぁその方が楽でいいんだけどね。もうちょっとさ、こう、非現実的なことなんだからなんかあってもいいと思うんだけど。
………この男にそういうことを求めても無駄か。


「で、お前らはいつまで見せつけてるつもりだ?」


にやにやといやらしい笑みを浮かべながら店長は私『たち』を指差す。うぜぇ。
後ろから回した手を私のお腹でがっちりガードしてやがる男はもっとうぜぇ。

さっきまでの熱は何処へやら。ソファーに座るために離れることを要求しても聞きやしない。あろうことか私を捕まえたままソファーに座って私を自分の膝の間に座らせやがった。
初めは羞恥心が勝っていたが、時間がたつにつれ段々うざったくなってきた。さっきから私の肩に顔をうずめて一言も言葉を発しないジオの手の甲を軽くつねる。無反応。なんなのこの子何がしたいの。

……もういいやめんどくさい。


「まぁ、そういうわけで、なんか知らないけど起きたら居たんです」

「ふぅん…。一部の人間が聞いたら発狂しそうだな。なんてったか、お前の友達」

「あの子にだけは絶っっっっっ対ばれちゃいけないと思ってます」

「賢明な判断だな」


ところで、と店長は言葉を続けて、私を…というよりも、私の後ろで未だ顔をうずめているジオをじっと見つめた。


「なぁ、あんた。っと、プリーモって呼んだ方がいいのか?」

「………ジョットでいい」


あ、喋った。なに不貞腐れてるんだこいつ。というかいい加減離してほしい。


「そうか、ジョット。さっきも言った通りそいつの雇い主、まぁ店主だ。こいつがアルバイトしてることは知ってるんだろう?」

「ああ」

「俺のことは?」

「それなりに」

「そうか。なら話は早い。あんた、俺の店で臨時アルバイトをしてくれないか」


……………はい?


「ちょ、店長なに言っ」

「………俺が?」

「そう、あんたが」


ジオがようやく頭を上げて店長を見た。店長はやっぱりなにか企んでいるような嫌な表情をしてる。


「あんた何企んでんですか」

「……俺はな、自分の腕に自信を持ってるよ。俺のランチやティーセットはそんじょそこらのレストランよりも美味いんだ。それだけ胸を張れるだけのものを持ってる」


まぁ、それは否定しない。
この人の作るモノは本当に美味しい。それだけはすごく尊敬する。時々厨房に手伝いに行くけどその時の店長の真剣な顔はそこらの女の子のすべてを虜にしてしまうのではないかというほどかっこいい。いや私は騙されないけど。


「俺が劣ってるなんて万が一にもない。別に今のままだって不満はない。けどな。俺は喧嘩売られて大人しく引き下がるほど可愛い性格してねぇんだよ」


………要するに、だ。


「売られたんですね、喧嘩」

「遠回しにな」

「あの大通りのお店ですか」

「従業員の顔がいいってだけのくせに調子こきやがってあの洋食かぶれが…!」


なるほど。見えてきたぞ。伊達に何年もこの人のところで働いちゃいない。
つまり、うちにもイケメンもしくは美人な従業員がいれば潤いを求めて大通りに流れて行ったお客さんが味は格段にいいこっちに戻ってくる、と。顔で勝負するならこっちも顔で勝負してやれ、と。

あほか。


「店長、頭から水ぶっかけていいですか。頭冷えますよ」

「そんなことされなくても俺はいつも通り冷静だ」

「別に顔のいい従業員を入れるのも遠回しに私が貶されてるのも構わないですけどね、何故そこでこいつを選ぶんですか」

「俺は一級品にしか興味がない」


確かに顔は一級品だけどそんなことはどうでもいい。問題はもっと別のところだ。


「私さっき言いましたよね?店長も言いましたよね?確認しましたよね?ジオはここでは漫画のキャラクターなんですよ、本当は実在しないんですよ。ある種の人間にばれたら酷いことになるんですよ、わかってます?」

「なに、ばれなきゃ問題ない」

「現にあなたにばれてますよね」


ぼそりとうるせぇ餓鬼だな…と店長が言った。おいこら聞こえてんぞ。あと私はもう成人してんだよガキじゃねぇよ。


「お前はどうなんだ、ジョット」

「だから…!」

「難しい仕事じゃない。ただ料理の注文とってその料理を運ぶだけだ。うちの店に来る奴らは大体が常連だから、そこまで愛想振り回さなくても問題はない。給与も出す。マフィアのボスにしてみればはした金かもしれないが、ないよりはいいだろう?」


黙って私と店長のやりとりを聞いていたジョットが、店長の言葉に少し考えるそぶりを見せた。え、考えるの?うそでしょ。


「ちょ、ジオ、あんたまさかやるとか言わないわよね」

「というか、これはお前の為でもあるんだがな」


店長がさらっと言った言葉にはぁ?と眉を寄せる。店長は一つ息を吐いて呆れた顔をした。


「お前、もうすぐ試験期間だろ」


さぁっと血の気が引いて行くのが分かった。


「今回は苦手な科目があんだろ?しかもレポート10枚だっけ?終わったのか?」


店長から視線を逸らす。私は何も聞いてない。聞こえない。
その様子に店長はまた溜息をついた。


「おまえ、この前の試験も似た系統の科目で躓いて、でも意地になってバイト休まずいたら補講になったんだろ」

「で、でもちゃんと単位は取れましたよ!」

「結局補講の間バイト休んで迷惑かけてちゃ世話ねぇな」


うぐっ、と言葉に詰まってしまった。確かにそれは申し訳なかった。大学の試験を舐めてた私のミスだ。
でも従業員が私しかいない店を試験期間の間ずっと休ませてもらうなんてできるはずない。
言うと、だから、と店長は私の後ろを指差した。


「頼んでるんだろ。お前の代わり」

「で、でもそれとこれとは…!」

「天音、試験、大変なのか?」


首を傾げながら問いかけてきたジオの目を真っ直ぐ見れずに、またも顔を逸らすと、ジオは顔をあげて店長を見た。


「あまりそういう仕事はしたことないが…」

「えっ…?」

「なぁに、簡単だ。俺でも少しはできるからな」

「そうか。なら働かせてもらう」

「え、ちょっ、」


決まりだな、と店長は満足そうに指を鳴らした。
止めることもできず、思わず脱力してしまった私は、ジオにもたれかかる様な形になった。
私のお腹に回している手の力が強くなって、ジオが嬉しそうに微笑んでいたのに気付いたのは店長だけだった。





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