「天音、大丈夫か?」
誰のせいだこんちくしょう。
無駄に叫んで投げつけて組みかかってすっごい疲れた…。ぜーはーぜーはー肩で息するとか久しぶりだわ…。どんだけ。
「ふふ、やっぱりお前は面白いな」
「っは、顔が、でしょ」
「まだ根に持ってたのか」
「私は、しつこい、のよ」
「悪かったよ。それにしても…」
くい、となにかで何かがあごを持って上を向かされる。ばちり、とあの夕焼け色の目と目があった。
これまでにない、至近距離で。
「お前の顔がこんなに近くにあるのは初めてだな」
「っ、離れ、ろ!」
渾身の右ストレートを繰り出すも当たる前にひょいとよけられ距離を取られた。
心臓がばくばく煩い。もう息切れはしていないのに、なんで収まらないのよ。
「不可抗力だ。お前が俺にじゃれついているうちにお前から俺にのしかかってきたんだろ」
「じゃれてねぇよアホ!」
「…まぁ、俺もあの距離は少し心臓に悪かったな」
「は?なに?」
小声でつぶやいたジオの言葉が聞き取れず聞き返すも、なんでもないとはぐらかされた。
「そんなことより次は俺の話だな」
意図的に話題を変えたというのは一目瞭然だった。けれど私はそれに乗っかることにした。聞いてはいけないような気もしたからだ。それに、
「さて、何から話すかな…」
「……あのさ、」
私にはまだ、こいつに言わなければならないことが、残っている。
「その前に、聞いてほしいことが、あるの」
ソファーの端と端に座って、それでも私はジオの顔を真っすぐ見つめた。ジオも私に視線を返した。
「うん」
ジオが真剣な顔で私を見ている。私は少しだけ俯いて、ぎゅ、と手を握った。
ジオが私のことを知りたいと言った。私もジオのことを知りたいと思った。
その時から、私は、心に決めた。
私は、私の知っているすべてのことを、彼に話そうと。
「私、ジオがマフィアのボスだってこと、知ってる」
ジオの瞳が、揺れた。
「ボンゴレファミリーって言うマフィアのボス、なんでしょう?」
真っ直ぐ、真っすぐ。私たちの視線はお互いを捉えて、逸らされることはない。
コチコチと、壁にかかった時計の秒針の音だけが響いて、その音さえも、私の中ではないに等しかった。静寂。それを破ったのは、ジオだった。
「どうして?」
どうして知っている?思ったよりもはっきりとした声だった。動揺も困惑も見られない。もしかしたら隠しているだけかもしれない。何せこいつは、感情を隠すのが上手いのだ。
「あまりにも非現実的なことだけど、信じるかしら」
「俺が今ここに居ること自体、非現実的だろう。それに、」
「それに?」
「そんな真剣な顔で、お前が嘘をつくはずがない」
ふわり、と笑う。そうだろう?と首を傾げる彼に、私は安堵して、この世界での『ジョット』のことを話した。
別に構わないと思った。だって私が知っているこの世界での『ジョット』の知識はとても少ない。小雪ほどの知識があれば、もしかしたら彼のこれからに関係する重要な事柄をも知っているかもしれないが、私はただ漠然とした形しかしらないのだ。
けれど、自分が知っているものについては、隠すことなくすべてを話した。
この世界にとある漫画があること。その漫画の主人公がとあるマフィアの10代目候補であること。そのために様々な問題に巻き込まれていくこと。そのマフィアの初代ボスであり主人公の少年の先祖が、『ジョット』であるということ。
彼の未来、10代目候補である少年のことは言うべきではないのかもしれないとも思ったが、けれどジオはきっと、私が話さずともいずれ自分でそれを知るだろうと確信していた。何故と聞かれても答えられないけど、それでもそう感じたのだ。
ジオは、そういう人間だ。
ただ、その彼の来孫にあたる少年の名前だけは言わなかった。私が、言いたくなかった。
「……今まで、黙っててごめん。言ってもどうしようもないことだと思ったから」
「……そうか。………この名に込められた願いは、そんなにも続いてしまったのだな……」
「え、なに…何か言った?」
「いや」
本当に非現実的だな。ジオは小さく笑う。
「実際に見せようか。その漫画」
「いや、いい」
「……あまり、驚いてないわね」
「………そうだな。いや、まさかそういったことだとは思いもしなかったというのが本音ではあるがな」
よくわからない。私が首を傾げるとジオは苦笑した。
「そうなんじゃないかとは思っていたからな」
「そう、って…」
「お前が、俺のことを知っているのではないか、と」
その言葉に、私が驚かされてしまった。
「職業柄、人を見ることには長けてるからな。微妙な心境の変化や行動を感じ取ることくらいわけはない。だからお前が俺に隠し事をしていることはすぐにわかったよ。俺に隠すようなことなんて、俺に関することぐらいだろう。ここは俺の居た時代よりも未来だ。情報の伝達や文明も考えられないほど発展している。何らかの形で知られてしまうのもおかしくはない。俺を外に出したがらないのも、目立つとか無知だとかという理由だけじゃないとは思っていたしな。でなければ、外出にサングラスとマスクなんて逆に目立つような格好などなせないだろう?」
「……ジオ」
「なんだ?」
「なんであんた、嬉しそうなの?」
そう言うと、ジオはここでやっと驚いたように目を見開いて、それから笑った。
「天音が俺に隠し事を告白してくれたからだよ」
ありがとう。そう言って撫でられた頭から伝わってくる手の感触と体温に、くらくらした。