話に気を取られて焦げてしまったホットケーキを作りなおして、遅めの朝食兼昼食を食べ終えた。後片付けもそこそこに、二人分のマグカップにカフェオレを入れて、ソファーに座っているジオに手渡す。私はジオの座っているソファーに一人分のスペースを空けて座った。


「天音の話が聞きたいな」

「げ、私からかよ」


いつものように、軽い調子で返すも、どこか緊張している自分がいた。
さっきまで握られていた手の感触が、消えない。


「いいじゃないか、どうせ俺も話すんだ」

「今更だけど、私の身の上話なんて面白くもなんともないわよ?」

「いいさ。俺が聞きたいんだ」


ふわりと笑うジオの顔を直視できない。ふいと逸らしてマグカップに口をつける。
なんだろう、身体の中から熱くなっている気がする。カフェオレ、熱くしすぎたかな。


「話すって言っても、何処から話せばいいのよ」

「そうだな…。お前の家族はどういう人たちなんだ?」

「家族…」


ほぅ、とひとつ息を吐いて、近くにあったお気に入りのクッションを胸に抱えた。


「家族は父親と母親の3人家族。兄弟はいないわ」

「確か、仕事で異国にいるんだったな」

「そう。職場結婚でね、仕事上でもパートナーなんだって。二人とも仕事人間で、小さい頃は母さんも育児休暇をもらってたけど、早いうちから託児所に預けられてたわ。朝早くに家を出て、夜の遅い時間に迎えに来てもらってた」

「寂しくなかったのか?」

「そりゃ、寂しかったわ。休日もないに等しかったもの。でもね、ちゃんと誕生日のお祝いはしてくれたし、家に居なくても電話で二人からおめでとうって言ってもらってた。クリスマスも、お正月も、時間のないなかでちゃんと家族で過ごした記憶だってある。忙しい中で、私の為に二人とも時間を作ってくれてたの。愛されてたんだと思うわ。私も、そんな父さんと母さんのこと好きよ。好きだから、二人に迷惑かけちゃいけないって、寂しいなんて思っちゃいけないって、我儘も、泣き言も、自分の中に閉じ込めた」




『天音、ごめんなさい。今日の遊園地、行けなくなっちゃったわ』

『急な仕事が入ったんだ。ほんとうにごめん、天音』

『ううん、平気だよ。お母さんもお父さんも忙しいもん。私、ちゃんと知ってるよ。だから大丈夫』


嘘。本当はすごく悲しいの。ずっと楽しみにしてたんだよ。初めて家族で遊園地いけるって、すごくすごく楽しみだったんだよ。


『もうお父さんとお母さんは行かなくちゃいけないけど、どうする?託児所に連絡して、そっちで待ってる?』

『ううん、平気。私、お留守番できるよ。もう5歳になるんだもん』

『そうか、天音は偉いな。お留守番、頼むよ』


違う。本当は寂しいよ。一人でお留守番なんて本当は怖い。したくない。行かないで。置いてかないで。


『…うん!行ってらっしゃい!』





「……私は、しっかりした『いい子』でいなくちゃいけなかった。自分でなんでもできるようにならないと、父さんも母さんも困るもの。小学校に入るころには、家で一人でいるのが当たり前になったわ。初めのうちはお手伝いさんが来てくれてたけど、すぐに一人でなんでもできるようになった。料理、洗濯、掃除、お裁縫。勉強も、すごくいいとまではいかなかったけど、それなりにいい方だったと思う。ただ、友達だけは、上手く作れなかった」


ぎゅ、とクッションを握る。ジオがじっとこちらを見ているのが分かった。でも彼は何も言わなかった。ただ静かに話を聞いている。それがとても安心できた。


「小さい頃から『しっかりしなきゃ』とか『一人でなんでもできるようにならなきゃ』とか思ってたからかわかんないけど、私、みんなよりちょっと大人びてたみたい。おまけに世話焼きで、弱気な感情を表に出さないように、いつも虚勢を張ってたから、すごく疎ましい存在って思われてたわ。虐めとまではいかなかったけど、皆私にすごくよそよそしいの。子どもだったから私もすっごくショックで、でもそんなこと言えなくて、強気に振る舞うしかなかった。今思ったら、私、すっごく可愛くない子どもだったわ。今でも可愛くないけどね」


今の、笑うところよ。と自嘲気味に言ってみたけれど、ジオが笑う気配はなかった。クッションを抱いている腕に自然と力が籠る。


「年が上がるにつれて、私が浮くようなことは少なくなったけど、でも、やっぱり仲のいい子は出来なかった。自分の性格にコンプレックスを持つようになるのに時間はかからなかったわ。でも、高校の時、ものすっごく性格の悪い店長がいるお店でアルバイトを始めるようになって、言われた」





『おまえ、ほんっとーに可愛くねェな』

『……言われなくても、知ってます』

『でも、それがお前なんだ。それでいいじゃねぇか』

『………は?』

『俺もお前みたいな可愛くない性格だからな。なんとなくわかる。お前が自分を認めてやらなきゃ、お前自身が可哀想だろ。少なくとも、俺はお前を認めてるよ』


だからお前も自分を好きになればいい。





いつも冷たくて、優しい言葉というのを知らない店長が、励ましてくれたという事実に茫然として、嬉しくなって、涙をこらえるのが大変だったというのを良く覚えてる。
ああ、どうしよう。思い出したら、また、目が熱くなってきた。


「『その性格も全部ひっくるめてお前なんだよ。胸張ってろ。そしたら、お前のこと見て、受け入れてくれる奴が絶対いる』って、言われて、なんか、自信ついちゃってさ。ずっとむかつく奴!って思ってたのに、いきなりそういうこと言われて吃驚しちゃった」

「……そうか」

「そしたらね、本当にね、できたの。仲のいい友達。親友まで出来た。みんないい子でね、親友の小雪って子は、すごくすごく可愛い子なの。ちょっと、残念なところもあるんだけど、でもほんとに可愛いの。あ、写メ見る?確か前に一緒に撮った奴が…」


携帯を取ろうと伸ばした手を、ぱし、とジオの手が掴んだ。


「……ジオ?」

「……羨ましいな」


ぼそり、とジオは呟く。私は思わずえ?と聞き返した。
ジオは何時になく真剣でな表情で、私の掴んだ手を自分の方へ口元へ持っていった。


「もっと早くにお前と出会えていたら、その男ではなく、俺がお前の心を和らげることが出来たろうに」


言い終えると同時に、手の甲に柔らかい感触が押し当てられた。
言葉の意味を理解するよりも先に、手の甲に残っている感触の正体が何なのか分かってしまって、思わず手を払いのけてジオの頭を思い切り叩いた。


「いてっ!」

「っにすんのよ!このセクハラ野郎!」

「元気の出るおまじないだ。どうだ、涙も引っ込んだだろう」

「馬鹿じゃないの!?アホ!しね!」

「しねとは随分だな。俺の母国ではスキンシップのようなものだぞ」

「ここは日本だっつーのふざけんな!」

「天音は照れ屋だなぁ」


はははと可笑しそうに笑うジオにクッションを投げつける。
いつかの時のように防がれてた。


「なんで防ぐのよ!当たりなさいよ!」

「ははっ、懐かしい台詞だな」


無邪気にジオは笑う。あの時見たジオの真剣な表情は、一体なんだったんだろう。


「天音、顔が赤い」

「マジでしねっ!」

「あはははは!」


ああもう、動悸が激しいせいで、ちゃんと考えられないじゃないか!
やだ、もう、なんなの、これ。





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