「男でもできたか」

「………は?」


誰に?と問うと、お前以外誰がいると返された。まぁ確かに、店じまいをしたんだから私しかいないんだが。だがしかし、なにゆえそう思うのか。


「なんとなく」


なんとなくって何だ。


「いきなりしばらくバイト休ませてくれって言われりゃ、そりゃ色々疑うだろ」

「なんだ店長。焼きもちですか。ぷぷ」

「安心しろ。お前みたいな色気のいの字もない女なんか眼中にもない」


鼻で嗤われたので脱いだサロンを投げつけた。


「店からの支給品をなげるんじゃねぇよ」

「黙れ仏頂面野郎が」

「それが店長に対する態度か。クビにするぞ」

「ええどうぞ。私以外に従業員のいないこのカフェレストランを口下手でシャイで強面の店長一人でやっていけるのならな」

「……このクソガキ」

「5歳しか違わねぇだろ青二才が」


ふん!と鼻を鳴らす。相変わらず可愛くない奴だな。と店長は言った。上等だばかやろう。

私がアルバイトをしているこの小さなカフェレストランは人通りの少ない静かな路地にあるにもかかわらず、味も良くリーズナブルで雰囲気も良くなんていったって店長兼シェフが若くイケメンであるということから女性に大変人気である。だがしかし、店長は接客が大の苦手なのである。笑顔?なにそれおいしいの?と言わざるを得ないほど常に眉間に皺が寄っている。某ファーストフード店のクルーを見習え。
しかも口下手で人と接すること自体苦手な彼は口調も態度も冷たい。というか怖い。だからバイトを雇ってもそんな彼に耐えきれず辞めていく子ばかりで、最終的に残っているのは私だけだ。店長ももう諦めたのかバイトの募集はしていない。
まぁ、みんな店長目当てで入った女の子ばかりだったから、理想と現実の違いに落胆しただけなのだろうけど。
けれど店長はただ本当に口下手なだけで、実際のところすごく優しい人だ。初め、なんだこいつ超えらそうイケメンだからって調子乗りやがって!と思ってたけど。…いや、うん、今も思ってるけどさ。別にフツーにいい人だって知ってるし、融通利くし、なにより時給がいいからやめられないんだよね。こんな小さなカフェレストランでこんなにもらっていいのかと思うくらいだ。まぁ、それだけこの店が人気だからで、従業員が私しかいないからなんだけど。おかげで貯蓄癖がある私の通帳には大学2年生の収入とは思えないほどの額が入っている。高校の時から働いてるから今更変えようとも思わないし。


「……手のかかる猫を拾ったんで世話をしてるだけです」

「ふぅん」


いかにも『そういうことにしといてやるよ』という顔だ。うぜぇ。


「今度その『猫』うちにつれてこいよ」

「お断りです」


お先に失礼します。そう言って店を出た。あの野郎、絶対私に男が出来たと思ってやがる。



***




「おかえり天音。遅かったな。心配したぞ」


………猫じゃなくて犬と表現すべきだったか。
玄関を開けるとすぐに金色の髪と夕焼け色の目が私を出迎えた。何故だろう、人間のとはまた違った耳と尻尾が見える…。

ジオの様子が変わったのは私が彼にクッションを買っていってからだった。
なんだか、すごく優しくなって(もともと優しかったけどそれ以上に)、空気が柔らかくなって、笑顔が自然になった、気がする。


「そうだ天音。俺、街に行ってみたいんだ」
あとは、一人称が私から俺に変わって、言葉も少しだけ砕けて、それから、甘え上手になった。………気がする。


「……なんで?」

「電光掲示板と巨大スクリーンを生で見てみたい」


こいつ馬鹿じゃねぇの。


「いいじゃないか。というか、何故俺は外にでては行けないんだ?確かに世間知らずだが、場所をわきまえる位の常識は持っているぞ」

「や、それもあるけど…そうじゃなくてさ…」


ジオがこの世界の人間じゃなくて、漫画のキャラクターで、見る人が見たらばれちゃうんじゃないかっていう心配があるんですよ私には。
や、ばれることなんてないとは思うけどさ…、もし小雪とかそういう系統の人に見られたらどうなるかわかんないから怖いのよ…。だから小雪にもジオのことは話してない。ジオ自信にも言ってない。小雪から借りている漫画は死んでも見せないように部屋に隠してある。まだ全く読んでないけどね!いやだってさ…どう言えばいいのよ…。

でも確かにずっとこのまま家から出さないってのもね…。下手すりゃ軟禁になるんじゃねこれ。服とかも無難なシャツとパンツしか買ってきてないし…。もっと必要なのはわかってるんだけど私男子の服とかわかんないし…ジオの趣味もわかんないから本人が居た方がいいだろうしなぁ…。『アレ』もジオがいた方が意見聞けていいだろうし…。


「……わかった。明日休みだから明日行こう」

「本当か?」

「ただし、はしゃがないでよ。目立たないようにしてくの。わかった?」

「わかってる。ありがとう天音」


にっこりと、無邪気にジオは笑う。私はすぐに顔を逸らした。
最近、ジオはよく子どもみたいな笑い方をするようになった。今までは小さな微笑みとか、そういう大人っぽい笑い方しかしなかったのに、一体どういう心境の変化なのだろう。
ますますマフィアのボスに見えない。

ああもう、なんで心臓、こんなに煩いのかな。





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