にゃつ





用法用量を守って正しくお使いください。

「量を間違えると、こういう事になるのね」

ミラジェーンが魔法薬の瓶を眺めて頷いた。しかし、のん気なミラジェーンの言葉の様に状況は穏やかではない。

「ミラさん!どうするんですか、これ!」

冷や汗を流しながら詰めよって来るルーシィに、ミラジェーンはにこりと笑みを浮かべて視線をずらした。
いつでも騒がしいギルドの酒場。今は、ギルド中の人間が一部に集まる様に人だかりができていた。その元をたどれば中心にはナツ。しかし、いつもとは少し違う姿をしていた。

「だー!とれねぇぞ、これ!!」

「ナツ、オイラとおそろいだね」

ハッピーの嬉しそうな声。その言葉通りの事がナツの身に起きていた。ナツの頭には二つの耳と腰には長い尾。黒い猫のものに見える。
無理やり引っ張ろうとするが痛みが走ってすぐにやめてしまう。
ナツはこの事態をつくったミラジェーンへと駆け寄った。

「かわいいわよ、ナツ」

「いいから戻せよ!」

まったくもって嬉しくない。目を吊り上げて怒るナツに、ミラジェーンは流石に眉を下げた。

「この薬、本当は猫になる効果があるの」

「だから、こんなもん生えたんだろ!」

ナツは己の腰から生えている尻尾を掴んで、ミラジェーンへと見せる。しかしミラジェーンは否定するように首を振った。

「耳や尻尾だけじゃなくて、全身が猫になるはずだったのよ」

ミラジェーンが今回ナツに盛った薬は、変身魔法を薬にしたものだった。
先日に魔法屋マジカルドロップで発売されたもので、変身魔法を得意とするミラジェーンがその開発に一役買ったために一つ譲り受けた。それが猫に変身する魔法薬。

「じゃぁ、何で耳と尻尾だけ……」

ルーシィが物珍しそうにナツの頭部から生える耳に触ると、反応したように耳がピクリと動いた。完全に神経までも繋がっている様だ。
ルーシィの問いにミラジェーンは魔法薬の瓶を差し出した。

「量を間違えちゃって」

さらりと言いのけたミラジェーン。ルーシィは瓶に書かれている使用方法に視線を走らせた。
一回に付き一粒を目安にお使いください。一度に多量の使用をすると危険です。一度使用したら半日は時間を空けてください。体質によりますが魔法の効果は半日ほどです。

「間違えて一瓶入れちゃったの」

「どうやれば間違えるんですか!」

頭を抱えたくなるような状況だ。自分の尻尾を眺めていたナツが、途端に嫌そうに顔をしかめた。

「ナツ!!」

ギルドに駆け込んできたのはグレイだ。ナツに猫耳と尻尾が生えてすぐにギルドを飛び出したのだが、何やら興奮した様子で戻ってきた。
その手には布袋。ハッピーが簡単に入りそうな袋は物が詰め込まれ膨れている。グレイが持っていた袋をナツへと向けると、ナツはその袋に鼻を付けた。

「何だ、これ?」

興味を示すナツに、グレイは袋の中に手を突っ込むと木の実の様なものを一つつまんで差し出した。
ナツが、引きつけられるように実に顔を寄せて、小さく出した舌で舐めた。

「ナツ!?」

ルーシィがぎょっと目をむく。ミラジェーンは気が付いたように声を漏らした。

「グレイが持ってきたのは、マタタビね」

「マタタビって、猫が好きな?」

「ええ。いろいろ聞くわよね、猫にとって酒みたいなものだとか」

昔なら催淫剤とも言われてきたが、今は食欲増進などとしても利用されている。人間にも猫の感覚は理解できないから、どちらが正しいのか分かっていない。

「ん……むぅ」

実を摘まんでいるグレイの指ごと、ナツがしゃぶる様に口に含んだ。
指には微かに犬歯が辺り、グレイは熱い吐息を漏らした。

「なぁ、ナツ。これ欲しいか?」

「ほし……グレイ、それ、くれよ」

だらりと力が抜けた様に座り込み、グレイの手にすがる様に頬ずりをする。ナツの甘えた様な姿にグレイは生唾を飲んだ。

「ちょ、ちょっと!何やってんのよ!」

妖しい空気を作り出す二人にルーシィが割って入った。身体を押しのけられた反動で、グレイの持っていた袋から、マタタビの実がぶちまけられる。
すぐに飛びついたナツが幾つかを口に含んで、床に転がりはじめた。とろんとした目で床に身体を擦りつける姿は、完全に酔っているように見える。

「ナツ、気持ちよさそうね」

「ていうか、これ大丈夫なんですか?」

乗り物酔いでぐったりとする姿はよく目にするが、こういう酔い方をするナツは見た事がなかった。心配そうにするルーシィとは逆に、グレイは床に転がっている実を拾い上げて、その手を必死にナツへと伸ばしていた。

「ほら、こっちだ、ナツ!」

周囲の目が冷たいのだが、本人はそんなもの気にしてはいない。他人の目など気にしていたらこんな行動など元から取らないのだ。
大人しく床で転がっていたナツが、ふと身体を起きあがらせた。周囲をきょろきょろと見渡して不満そうに顔をゆがめる。

「どうした?」

グレイが顔を覗かせるが、それにも目もくれずに立ちあがると、ギルドの外へと足を進めた。

「ナツ、そんな状態でどこ行くのよ」

酔ったような状態で外に出たら危ない。そう思って止めようとしたが、ルーシィの手が捕える前にナツは駆け出してしまった。勢いを付けて屋根へと飛び乗る。

「まるで本当の猫みたいじゃない」

屋根の上をゆっくりと歩み始めるナツの姿は、気ままに散歩する猫の様だ。唖然と見送るルーシィが我に返った時は、ナツの姿は見えなくなっていた。

「て、追いかけないと!」

ルーシィとグレイ、ハッピーがナツを探し始める。
そんな中、屋根を伝って歩いていたナツは一軒の屋根の上で立ち止まるとバルコニーへと降り立った。窓越しに室内を覗けるが、人影がない。

「臭いは、ある」

ナツは窓に手をかけた。しかし、押しても引いても開かない。ナツは不機嫌そうに拳を打ちつけた。破壊音と同時に割れた窓ガラスが部屋にぶちまけられる。
ナツは散らばるガラスを踏みしめて室内へと足を踏み入れた。それと同時だ、部屋の扉が開いた。

「てめぇ、何してやがる」

不機嫌そうな声が室内に落ちる。ナツは、その姿にふにゃりと顔を緩めた。

「ラクサス」

訪れたのはラクサスの家だ。ガラスをぶち破って不法侵入したナツ、それを見るラクサスの目は厳しい。

「何の遊びだ」

ナツの頭に生えている猫耳と尻尾。ナツはそれに答える事無く、ラクサスにゆっくりと歩み寄った。

「聞いてんのか。ナツ」

ぼんやりとしたナツの目。それに訝しむ様に顔を歪めると、ラクサスはナツの顎を掴んで上を向かせる。
ナツはラクサスの目をじっと見つめ、すり寄る様にラクサスに身を寄せると、顎を掴んできている手を取って、その指に舌を伝わせた。

「、酔ってんのか」

熱を持った舌。潤んだ瞳。耳や尾は別として、ナツが酔っていると察しが付く。
どうせギルドでバカな事でもしたのだろう。そうラクサスが考えていると、ナツの手が襟を掴んできた。引き寄せられ、ナツと唇が合わさる。

「ぅん……ラク、さす」

流石のラクサスもナツのいきなりの行動に身体を硬直させた。一度離れた距離が再び近づき、ナツの舌がラクサスの唇を舐める。

「俺、変なんだ……あつくて、」

熱い吐息を漏らすナツ。その腕を掴んで、ラクサスはナツの身体をソファへと投げた。
ナツの身体にのしかかりマフラーをはぎ取ると、あらわになっている肌に手を伝わせる。
反応して小さく声を漏らすナツの首筋に顔を埋めると唇を寄せた。古い傷口を強く吸えば、ナツの身体が大きく跳ねる。

「ガキのクセに良い反応するな」

揶揄する様な声をぼうっと聞いていたナツの瞳が、ぱちりと大きく開く。熱を持つように潤んでいた瞳が、いつもの無邪気なものへと戻った。
きょとんと、真っすぐにラクサスの瞳を見ていたナツの顔が一気に赤くなる。

「な、な……ど、退け!バカ!」

行き成り変わったナツの態度に目を見張ったラクサスだったが、すぐにナツの変化の理由に気付いた。いつの間にかナツの頭に生えていた耳と尻尾が消えている。
下から抜け出そうともがくナツに、ラクサスは口端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「煽ったのはてめぇだ。責任取れよ」

「ち、ちが、俺じゃねぇ!ミラが変な薬を……んん!」

騒がしい口を塞ぎながら、ラクサスはナツの服に手をかけた。




20100831

アリア様からいただいたリクでした。アリア様に捧げませう!

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