日記×○ページ目「うんどう会」





高等部の体育祭が終えた翌週、小学部の運動会が開催した。
高校生よりも小学生の方が気合入っているように見える。それも、やはり親が見に来ているというのが大きいだろう。親がいるだけでやる気が違うのは高校生と小学生の大きな差だ。
マカロフと共に参観に来ていたラクサス。朝一で場所取りをした悪友のおかげで、望んでも居ないのに最前列だ。シート上に腰かけて開始時間を待っていると、体操着に身を纏っているナツが顔を覗かせた。

「ラクサス!じっちゃん!」

嬉しそうなナツの表情にマカロフ達は安堵の息をついた。
ナツが、一番見に来てほしい人物がいる事は誰もが分かっている。父親のイグニールだ。海外に行っているイグニールが戻って来られるわけがない。マカロフが何度も訊ねてみたが、予定がつかなかったのだ。

「グレイとルーシィも来てくれたのか」

ナツに執心なグレイだけではなく、ルーシィも付き合いよく来ていた。

「がんばって、ナツ。応援してるからね」

「ナツ、お前の勇姿は俺が全部記録してやる!」

ルーシィが意気込む様に両手で拳を握り、グレイは片手に持つビデオカメラ越しにナツを見つめた。

「ありがとな!」

ナツがにこりと笑うと、グレイは口元を押さえて悶絶した。

「やっぱり夏の日差しはハンパねぇな……」

「グレイ、太陽はあんたの背中の方に見えるんだけど」

ルーシィが遠い目でグレイの背後に見える太陽へと視線を向けた。
まだ朝だと言うのに、じわりと汗ばむほどに暑い。遮る様にルーシィは陽射しに手をかざした。
グレイの仲間と思われたくないのだろう視線を逸らしていたラクサス。その隣にナツが座った。

「なぁ、ラクサス。二人三脚でてくれ」

「あ?何だ、そりゃ」

二人三脚という競技がある事は知っている。だが、小学校の運動会で高校生に参加しろという意味が分からない。
訝しむラクサスに、ナツの言っている意味を察したマカロフが頷いた。プログラムを開けば、すでにナツが出る種目には赤線が引いてある。その内の一つをマカロフが指で指し示した。

「親子二人三脚……これじゃな」

「おお、それだ!ラクサス、一緒にでてくれよ!」

「親子って書いてあんだろうが。ジジィに出てもらえ」

父親が来られないのなら保護者となっているマカロフが出るのが普通ではないか。しかし、マカロフの年齢は九〇歳近くにもなる老人だ。競技に出るには厳しいものがある。
ラクサスの発言に、ルーシィとグレイが冷ややかな視線を送った。

「流石に無理じゃない?」

「競技中に死んじまったらどうすんだよ」

「死なんわ!!」

老人扱いされて腹を立てたマカロフがグレイの頭に手刀を入れた。思ったより力のあるマカロフから手刀を受けた頭をさすりながら、グレイがナツへと振り向く。

「ナツ、俺が出てやるよ」

「ほんとか!?」

表情を輝かせるナツ。グレイの顔がだらしなく緩んだのを見て、ラクサスはグレイに近寄ろうとするナツの腕を引いた。

「……仕方ねぇから、出てやる」

「いいのか?やったー!」

嬉しそうに飛び跳ねるナツ。グレイが舌打ちしたのを耳にしてラクサスは溜め息をついた。
競技に参加するつもりは毛頭なかったのだが、グレイが何を考えているのか察してしまったのだ。二人三脚といえば、二人の片足が紐で結ばれ、身体が密着する。グレイはそれを狙っていたのだ。
ラクサスの考えは合っていたようで、グレイは心底悔しそうにしていた。

「あ。戻んねーと」

入場行進の時間までの間に抜け出してきたのだ。
ナツが慌てて自席に戻ろうとすると、それを止める様にラクサスが名を呼んだ。条件反射の様に動きを止めたナツが振り返る。

「お前、親父には言ったのか?」

この場合ラクサスの言う親父とは、ナツの父親イグニールの事だ。

「運動会があるって言ったぞ」

それは毎日電話での会話でもしたし、マカロフがイグニールに話していた事もラクサスは知っているはずだ。
きょとんとするナツにラクサスは続ける。

「そうじゃねぇ。来てくれって言ったのか聞いたんだ」

運動会があるとは告げていた。それでもナツは、来てほしい、とは言葉に出していなかった。
海外にいるのにわざわざ運動会の為だけに我が侭は言いたくなかったのだろう。いつもは我が侭なくせに、変なところで我慢する。
ラクサスの視線をまっすぐに受けながら、ナツの視界にはルーシィ達の心配そうな顔が映る。
ナツは、にっと笑みを浮かべた。

「父ちゃんがいなくても大丈夫だぞ。ラクサスが二人三脚でてくれるし、じっちゃんやルーシィやグレイもいるからな!」

その言葉に偽りは感じられない。父親がいなくても運動会は成り立つのだから。しかし、ナツの願いが分からない程ラクサス達は鈍くはない。
ラクサスは溜め息をついて、ナツの頭を撫でた。

「分かった。行って来い」

「おお!」

身を翻して走っていくナツの背中を見送ったラクサスは、マカロフへと視線を移した。

「本当に来ねぇのか?」

親バカであるイグニールがナツの特別な行事に参加しないのは納得がいかなかった。本当は来ているのではないか、探る様なラクサスの視線を受けながらも、マカロフは困ったように眉を寄せるだけだった。

「無理してでも来る筈だったんじゃが、どうにも都合が付かんらしくての。代わりにこれを頼まれた」

マカロフが、真新しいビデオカメラとデジカメを取り出した。
来られなくても、ナツの勇姿は見たいのだろう。必死に頼み込むイグニールの姿が想像できてしまい、ラクサスは納得せざるを得なくなった。

「じーさん、俺もビデオを回しとくから、後で編集しようぜ」

「おお、すまんの。助かる」

グレイの場合厚意というよりも、確実にナツの父親への好感度を上げたいのだろう。まだ二人は接触していないが、ラクサス達にはグレイの考えは手に取るように分かってしまう。
アナウンスがかかり生徒達が入場し始めた。開会式もスムーズに流れ、準備運動でラジオ体操を終えれば競技が開始される。
頭を使うよりも身体を動かす方が得意なのだ。運動神経が良いナツにとって、これ以上に活躍できる行事はない。
参加した100m走も独走状態。騎馬戦も、五年ながらも六年との合同で奮闘していたのだが、数が少なくってきたところで六年に囲まれて落馬してしまった。ナツが怪我をしたわけではないのだが、何が大変といえばグレイだ。乱闘しそうな勢いだったのを、周囲が必死で止めた。

「グレイ、落ち着いた?」

ルーシィが飲み物を差し出すと、グレイは一気にそれを飲みほした。深く息をついて次の競技の集合場所へと向かっていくナツを見つめる。

「俺のかわいいナツをあんな目にあわせるなんて、どこのガキどもだ。顔は覚えてるからな、後でハッキングして……」

「あんたが言うと冗談に聞こえないわよ!」

グレイの場合冗談ではないのだから性質が悪い。いつか本当に捕まりそうな気がすると、ルーシィは危惧していた。

「次は、フェアリー・ダンスだって。ほら、グレイ。ナツが出るわよ」

ルーシィがプログラムからグレイへと視線を移した時には、グレイはすでにカメラを構えて入場門を見つめていた。その変わり身の早さには尊敬の念さえ抱く。
音楽が流れ始め、入場門からナツを含む五年の男女が走って出てきた。生徒たちの衣装は体育着から着替えられていた。男女共におそろいの衣装だ。違うとすれば女子がスカート、男子がハーフパンツ。胸元には大きめのリボンが施されている。手には、フェアリースクールと流れるような筆記体で書かれている旗。

「やだ、かわいい!」

ルーシィが目を輝かせてダンスを見つめる。五年生なのだ、小さいとは言い難いが、小学生が一生懸命動いている姿は可愛らしい。
全員で輪をえがいたり、ペアになって旗を交換したりしている。

「ていうか、血!グレイ、あんた鼻血出てる!」

悲鳴を上げるルーシィに、グレイはカメラから目を離さないまま、身近に置いてあった箱ティッシュに手を伸ばした。いつの間にか置かれていたそれにルーシィは目を見張る。

「いつから置いてたの?」

「なきゃ困んだろ。なんたって、ナツの体育着姿だからな」

「それ、グレイだけだから。ていうか準備万端ね……」

自分の事は誰よりも分かっているという事か。どうでもいいが、他の参観の保護者達が微妙に距離を置いている。狭い状況で大幅には無理だが、下に敷き詰められているシートが、確実に隙間が開けられていた。

「そろそろ準備した方がいいじゃろ。ラクサス」

マカロフに促されて、ラクサスはかったるそうに立ちあがった。
親子二人三脚。生徒は別だが、参加する保護者は着ぐるみを着る事になっていた。今さらだが参加する事を後悔しても遅い。この時期に着ぐるみなど地獄以外のなにものでもない。

「ラクサス、どこだー?」

二人三脚に参加する生徒と保護者が集合する入場門。ナツはきょろきょろと周囲を見渡していた。
すでに保護者達は着ぐるみに身を包んでいて、ぱっと見某テーマパークの様だ。生徒の数だけ保護者もいる中から目当ての一人を見つけるのは困難だ。

「ラクサ……あ?お前、ラクサスか?」

肩を叩かれて振り返れば見下ろしてくるうさぎの着ぐるみ。陽の光が逆光になっていてうさぎの表情が影っていた。正直幼い子が出くわしたら泣くだろう。

「ラクサスだよな?」

確認するように問うナツにうさぎは頷いた。ナツがほっと溜め息をつく。

「早く行こうぜ」

ナツはうさぎの手を握ると、走者の列へと並んだ。着ぐるみなのだから当り前だが手が暑い。
じわりと熱がこもる手のひらにナツは逃れる様にそっと手を離した。

「それ熱くねぇのか?頭だけでもとれよ」

心配そうに顔をゆがめるナツ。しかし、うさぎは首をふるった。
喋るのも辛そうなのだが、着ぐるみ姿で顔をさらしたくはないのだろう。ラクサスは自尊心が高いのだと、ルーシィが言っていたのを思い出して、ナツはそれ以上何も言わなかった。
順番が回ってきて、ナツはうさぎの片足と己の片足を鉢巻きで結んだ。

「右足からな!」

いちに、いちに。
確認するように掛け声を繰り返すナツに、うさぎの手が伸びた。髪をすく様にナツの頭を撫でると、すぐにその手が離れる。いつもとは違う撫で方に、ナツは目をみはった。
ナツがうさぎをじっと見つめていると、スタート合図をする競技員が、ピストルを天に向けた。慌ててナツが真正面へと向く。そして、スタートを切った。
ナツ達を合わせて四組が、掛け声を合わせて走り始める。

「いちに!いちに!」

一人で行う競技なら難なくこなしたが、協力するとなると別だ。息が合わなければ互いに足を引っ張る事になる。
何度もナツが転びそうになると、うさぎが身体を支えてきた。
僅差で、ナツは一番にゴールを切った。

「やったな、ラクサス」

肩で息をしながらうさぎを見上げれば、うさぎも辛そうに呼吸を繰り返している。着ぐるみのままでは呼吸もし辛いだろう。そのままでは倒れる危険性もある。
周囲を見渡せば、走り終えた保護者達はすぐに着ぐるみを脱いでいた。

「ラクサスも……」

ナツの言葉が止まる。うさぎが首をかしげながら、ナツの視線の先へと己も視線を向ける。

「最初は右足って言ったのにー!」

ナツのクラスメイトの一人が、一緒に走った父親に文句を言っていた。父親はすまなそうに情けない顔をして子どもの頭を撫でている。
その光景を眺めながら、ナツはぽつりと声を落とす。

「ラクサス、オレ」

ナツは、うさぎを見上げるとくしゃりと顔を歪めた。

「オレ、うそついた……本当は、父ちゃんに来てほしかったんだ」

父ちゃんがいなくても大丈夫。朝、ナツはラクサスの問いにそう答えたのだ。我慢していた気持ちが、他の子たちを見て溢れ出したのだろう。
涙を浮かべるナツの頬に、うさぎの手が触れた。

「……ごめんな」

うさぎから発せられた声。それにナツは驚きに目を見開いた。ラクサスよりも低い、大人の声。その声は毎日聞いていて、昨晩も聞いたばかりだ。
ナツが見つめる中で、うさぎの被り物が外された。

「父ちゃんも来たかったよ。お前の運動会だもんな」

燃える様な赤い髪に、同色の瞳。この色がこんなにも似合う人物など、ナツは一人しか知らない。
世界で一番大好きな父親だ。

「父ちゃん……」

「流石父ちゃんの息子だ。すごい活躍じゃないか」

ずっと見ていたのだろう。
嬉しそうに目を細めるイグニールに、ナツは大きな瞳から涙をこぼした。

「うぇ……と、とうちゃ」

嗚咽を漏らすナツをイグニールは優しく抱きしめた。
腕の中で身体を震わせるナツに、イグニールは抱きしめる腕に力を込めたのだった。

「よくがんばったな。ナツ」







観客席でナツの勇姿をビデオで撮っていたグレイが、悔しそうに歯ぎしりしていた。

「ちょっと、怖いんだけど」

ルーシィが口元を引きつらせる。そろそろ自重しないと警備員に追い出されそうだ。
そこに、一人が割り込む様に座り込んだ。

「え?あれ、ラクサス?」

二人三脚に参加していたはずのラクサスだ。確かにナツは競技を終えたが、まだ数分もたっていないのだ、戻ってくるには早すぎるだろう。
瞬きを繰り返すルーシィ。グレイは未だに悔しそうにしているだけで疑問に思っていないようだ。
マカロフだけが、気付いた様にラクサスへと視線を合わせた。

「来たのか」

ラクサスは呆れた様に溜め息をついた。

「くだんねぇ事言ってたから無理やり競技に出した」

ラクサスがイグニールと会ったのは、ちょうど二人三脚の参加者の集合場所へと向かっている途中だ。
話を聞けば、朝からずっと居たのにナツには顔を見せないのだと言うのだ。都合が付かないと言った手前、嘘をついたようで出て行き辛いと、ぐだぐだ言ったのにラクサスは顔を引きつらせた。
ラクサスの知るイグニールは弱々しくなどなかったはずだ。親バカというものはこんなにも人が変わるものか。それとも、ナツが人を変える力を持っているのか。
どちらにせよ、その姿には苛立ちしか感じない。ラクサスは自分が着るはずだった着ぐるみをイグニールに押し付けたのだ。

「最初から出てくりゃいいんだよ。あのおっさんは」

ラクサスの苦々しい声に、マカロフは苦笑したのだった。




20100830

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