日記××ページ目「おうえん!」
今日、ラクサスの通う妖精学園高等部には年に一度の行事がやってきた。
大体の行事は年に一回のものなのだが、これは学生たちの中でも燃えあがり絆を深める行事の一つなのだ。
「くだんね」
半袖Tシャツと、半ズボンのジャージを身にまとっていたラクサスは、かったるそうに空を見上げた。憎々しいほどに晴れ渡っている。
夏休みを終えてまだひと月足らずですぐに行事だ。残暑が厳しい中外で運動などしたくもないのに強制的に参加させられる。
「体育祭終わったら次は文化祭でしょ。行事が続くわね」
近寄ってきたルーシィが溜め息をついた。ルーシィが言うとおり、夏休みが明けた後には二つの行事が待っているのだ。準備期間もあるから、休んでいる暇などない。
「ラクサス、ナツは来てないのか?」
ルーシィと共にいたグレイが探すように周囲を見渡す。しかしナツは観客として来るのだ、保護者もほとんど入っていない今の時間帯では、まず居ないだろう。
「ナツなら、後でジジィと来る」
その言葉にグレイはガッツポーズを作った。
「っし、ナツに俺の勇姿を見せてやる」
「見せてどうするのよ」
ルーシィの声も聞こえない程に妄想に入りこんでしまったグレイ。何を考えているのか想像が付くのが嫌だ。
そうこうしている内に開会式も終われば、保護者達の観客席は満員になっていた。
「おーい、ラクサスー!」
幼い声にラクサスは振り返った。その横で風を切るほどの勢いで振り返ったグレイが居るのだが、慣れ始めた周囲は何も突っ込まない。
「お前、何だその格好」
ラクサスは走り寄って来たナツの姿に呆れたように見下ろす。
「何って、おうえんだ」
両手を腰にあてて胸を張るナツ。その格好は、サイズの合っていない大きい学ランと、地面に付きそうなほどに長い鉢巻き。
「誰がそんなもん……」
「俺の為か!」
グレイが頬を紅色させてナツに迫る。両手を握りしめられながら、ナツは首をふるった。
「ちげーよ。ラクサスのおうえんだ」
容赦ないナツの言葉にグレイは地に沈んだ。それを鬱陶しそうに見て、ラクサスはナツへと視線を戻す。
「誰がそんなもん着せたんだ。ジジィか?」
「父ちゃんだ!」
ナツの父親イグニールは海外に出張に行っている。だが、親バカのイグニールが毎日のようにナツに電話をしてくるのだ。その時にでも間違った知識を吹き込まれたのだろう。別に応援するのに学ランである必要はない。
「何考えてんだ、あの人」
呆れた様なラクサスを、ナツは窺うように見上げた。
「これ、ダメなのか?父ちゃんがヨナベしてつくったって言ってたんだ」
夜なべかよ。
イグニールの仕事の詳細をラクサスは知らない。興味がないから聞く気もないが暇なはずがないのだ。
そんな事をする時間があるなら息子に会いに来ればいいのに。ラクサスは内心呟いて、ナツの頭を撫でた。
「俺の応援なんだろ。しっかりやれよ」
「おう!ラクサスも絶対勝てよ!」
ラクサスの出る種目は、勝手に決められたパン食い競争と、授業中のタイムでこれまた勝手に決められた対抗リレーだ。毎度の事なのだが、やる気のないラクサスはこうして勝手に決められるのだ。
「パン食えるのか!?」
涎を垂らしそうなナツ。食欲旺盛なナツなら、そうリアクションするだろうとラクサスには察しが付いていた。
「競技が終わったらお前にやる」
「本当か?メロンパンあるかなぁ」
競技で使われるパンの種類は一種類ではない。運が良ければメロンパンも入っているだろう。そして、真っ先にその場にたどり着ければ、得られる確率もあがる。
「……メロンパンだな」
確認するように呟き、ラクサスは集合場所へと集まった。
対抗リレーにも選ばれる程なのだから、本気になればパンのぶら下がっている場所まで独走状態も間違いない。ラクサスも自信があった。しかしパンへとたどり着いて唖然とした。
走者の数の分ぶら下がっているパンの種類。フランスパン丸ごと一本。カンパン。湯気の立っている蒸しパン。あんパン。メロンパン。安全圏は二つしかない。
ラクサスは迷うことなくメロンパンをくわえると走りだした。背後を振りかえって見れば、あんパンを選べた一人以外は苦戦していた。そりゃそうだ。
「すげー!ラクサス!」
一口だけかじられたメロンパンを嬉しそうに受けとるナツ。
パン食い競争という競技に初めて参加したラクサスの疑問は消えないままだった。しかし、この後知るのだ、考案者がミラジェーンだった事を。妙に納得せざるをえない。
メロンパンを頬張るナツを見ていると、全てがどうでもよく感じてくる。
「ゆっくり食え。誰もとらねぇから」
ナツの口元に付いたパンくずをとってやると、ナツは笑みを浮かべて、メロンパンをラクサスに差し出した。
「ラクサスがとってきたの、すげーうめぇんだ!ほら!」
食えと言っているのだろう。仕方がないと、ラクサスがメロンパンに口を近づけた瞬間、ナツが姿を消した。正確には連れ去られたのだ、グレイに。
グレイに抱えられながらも状況についていけずに瞬きを繰り返すナツ。追いかけようとしたラクサスだったが今が競技中なのだと気付いて足を止めた。
グレイは借り物競走に参加していたのだ。それにしても、グレイが何を指示されたのか気になる。
「二年のグレイ君。それは何ですか?」
ゴールで構えていた競技担当者の問いに、グレイは自信満々で答えた。
「フェアリー!!」
何言ってんだこいつ。そんな目で見ていた競技員だったが、ナツへと視線を移すと目をみはった。ナツはグレイに抱えられながらも必死にメロンパンに齧りついていたのだ。小動物的な愛らしさ。競技員は、手を上げて高らかに宣言した。
「フェアリー!!」
グレイがガッツポーズを作って声を上げた。
「フェアリー!!」
何故か、フェアリーと繰り返す二人に周囲はドン引きだった。ラクサスは軽く頭を抱えている。何故ナツが絡むとこうなるのか。
その後、ナツの学ラン姿に目を付けたラクサス側のカラー組みが、ナツを応援団に引き入れて応援合戦をした。反則じゃねぇの?とかの他のカラー組のブーイングは流され、得点は加算されたのだった。
そして、昼。
「食う気がしねぇ」
疲労感を見せるラクサスにマカロフは苦笑した。今回ナツを加えての軽い騒動に、精神的に疲れているのだろう。
「食わんと持たんぞ」
マカロフに勧められるようにラクサスはおにぎりを一つ手に取った。妙にいびつな形のそれ。誰がつくったのかとマカロフに問おうとしたが、視界にナツの姿が入る。期待するように見上げてくる視線。それに全てが納得できた。
ラクサスは、いびつなおにぎりを一口齧る。味は別に問題はない。咀嚼しながらナツを見れば、窺うように見上げてくる猫目。
「それ、オレが作ったんだ」
やはりそうか。おにぎりを口に放り込んで、ラクサスはナツの頭をぐしゃりと撫でた。
「まぁまぁ、うまかった」
ふにゃりと顔を緩めるナツ。その表情にラクサスもつられて笑みをこぼした。その瞬間、軽快な音と共に光が二人を照らす。そして去っていく足音。
その正体がカメラだった事に気付き、ラクサスは口元を引きつらせた。
「写真部の野郎……ッ」
体育祭の記録を取るために写真部は徘徊している。それにタイミング悪くラクサスとナツのやり取りに目を付けたのだろう。
「焼き増ししてもらえんかの」
マカロフののん気な言葉にラクサスの怒りは更に増したのだった。こうなったら最後に出る競技で怒りをぶつけるしかない。対抗リレーだ。
昼休憩後、妙にナツの視線ばかり気にしているグレイの参加する騎馬戦と、ルーシィの参加するコスプレリレーを終えれば、すぐに対抗リレーに入った。
ラクサスが殺気を含む様な目で集合場所へと向かう。
「な、何かラクサス怖いわね」
「そうか?」
ルーシィの言葉に、ナツは首をかしげた。ナツには被害が向かないから分からないのだろうが、他の者達には地味に当たり散らされたりもするので御免こうむりたい。
「ナツ!ナツ!」
座っているグレイが、必死に己の膝の上を叩いている。
「俺の膝の上に座れよ」
不快そうに顔を歪めるルーシィ。ナツはきょとんとしながらも首をふるった。
「ラクサスが、グレイには触るなっつーからダメだ」
先手を打たれていた。グレイが悔しそうに地に拳を打ちつける中、競技が始まった。
ピストルの音と共に選手が走り始め、軽快な音楽が流れる。ラクサスの姿を探せば中盤辺りだった。学年順で並んでいるのだろう。
「ラクサスまだか?」
急かすようなナツの言葉にルーシィは苦笑した。待っていればすぐに順番は来るのだ。しかし競技自体を見ているルーシィ達と違って、ナツが見ているのはラクサスだけだからじれったいのだろう。
ラクサスにバトンが渡れば、そわそわしているナツの表情が一瞬で変わる。顔を赤くして声を張り上げた。
「ラクサスー!!」
大きく空気を吸い込んで、流れる音楽に負けない程に声を張り上げる。応援の言葉をかける誰の声よりも、きっとナツの声は響くだろう。一部の保護者も、競技より応援するナツを微笑ましそうに見ている。
「行け、ラクサス!がんばれー!!」
最下位だったラクサスのカラー組。一人二人と抜いて行く姿に、ナツは興奮したように声を上げていた。
「すげー!ラクサス、かっけー!」
ルーシィの服を引っ張るナツ。その目にはラクサスしか映っていないのだろう。
ラクサスが最後の一人まで迫ったが、その前にバトンの引き継ぎ場所へとたどり着いてしまった。バトンを手渡して走路を出たラクサスは舌打ちした。
苛立ちを発散するはずが、最後の一人が抜けなかったのが癇に障る。不機嫌そうな顔で呼吸を整えていると、観客席で飛び跳ねている桜色が目にはいった。
「ラクサスー!」
まだ競技は終わっていないが、走路に入らない程度で観客席へと近づく。ナツの目がきらきらと輝いていた。
「ラクサス!すげーかっこよかったぞ!」
幼いナツの目には、どれだけ格好良く映っていたのか、ラクサス達には知るすべはない。それでも、ナツの瞳を見ているうちに、ラクサスは募っていた苛立ちが薄れていくのを感じた。
「ガキ」
ラクサスが無意識に浮かべた笑み。それを目撃した各方面から黄色い悲鳴が上がったのだが、それを本人が気付く事はなかった。
今年の写真部の写真は大好評だったとか。
20100829