日記1ページ目「いっしょに帰ろ」





ドレアー家の家族構成。祖父と孫。父親は蒸発していて行方知らず。
二人暮らしには少し広い家で何不自由なく暮らしていた孫のラクサスは、人生の難解ともいえる壁にぶち当たる事になった。

「オレはナツだ。よろしくな」

小さな手を差し出してきた少年にラクサスの思考は一時停止した。自己紹介などは別にいい、挨拶も問題はないだろう。しかし、先ほどから引っ越し業者が積み下ろしていく荷物が気になる。

「おお、ラクサス。帰っておったか」

業者に紛れて家に入ってきた祖父マカロフに、ラクサスは視線を落とした。

「ジジィ……何なんだ、いったい」

「話しておらんかったか?」

マカロフは、玄関先で立ったままのナツへと視線を向けた。

「この子はナツ、イグニールの一人息子じゃ」

「イグニールにガキなんか居たのか」

ナツの父親イグニールはマカロフの知人だ。親子ほどに年齢が離れているが、ラクサスが幼い頃から交友は長く続いている。しかしラクサスは、イグニールに子どもがいた事自体初耳だった。それどころか結婚しているようにも見えない。

「イグニールが外国に出張になってのう。戻って来るまでの間、ナツをあずかる事になったんじゃ」

「ここに住むって事か」

それ以外ないだろう。
無邪気な笑みを浮かべるナツを見下ろして、ラクサスは深くため息をついた。それが昨日の夕方だ。

授業中、ラクサスはかったるそうに窓の外を眺めていた。頬杖をついてぼうっとしている。そんな無防備な姿は珍しい。
授業間の休憩に入ると、クラスメイトであるルーシィとグレイが近寄った。

「どうしたの?」

「女でも出来たか?」

心配そうに表情を歪めるルーシィとは逆にグレイは揶揄する気満々である。ラクサスは顔を顰めてグレイを見上げた。

「てめぇが女欲しいだけだろうが」

顔は良いし性格も難があるわけではないグレイだが、何故か恋人がいたためしがない。女性からアピールを受ける事も多々あるのだが、妙なところで鈍かった。
言葉を詰まらせるグレイにルーシィは小さく息をついた。

「ラクサス、もしかして悩みでもあるの?疲れてるみたいだし」

「……何でもねぇ。眠いだけだ」

真剣に心配してくるルーシィを無下に扱う気にはならないから無難に返す。
ラクサスの返答に納得した様子のルーシィ。その隣ではグレイが口端を吊り上げて笑みを浮かべた。

「夜一人で何やってたんだよ」

「うぜぇ」

寝不足で苛立ちやすくなっているのだろう、眼光が鋭い。グレイが突っかかろうとするがその前にルーシィが間に割ってはいった。

「やめなさいよ、グレイ。ラクサス、授業も後一時間だけだから、がんばってね」

ラクサスが無愛想に返事をしたと同時だった。隣のクラスのミラジェーンが、教室に顔を覗かせた。
校内でも人気が高いミラジェーン。彼女とラクサスは家が近所の幼馴染だ。見目が良い二人が、恋人同士ではないかと何度も噂になった事もある。しかし、互いに全力で否定していた。内面をよく知るからこそ冗談でも勘弁してほしい。

「ラクサス」

名指しで呼ばれ、ラクサスは不機嫌そうに立ち上がった。教室中が騒がしくなる中、ミラジェーンの元へと近づく。

「何の用だ」

「私があなたに用があるわけないでしょ」

笑顔で言いのけるミラジェーンにラクサスが口元を引きつらせた。しかし、その表情が崩れる事になる。ミラジェーンの背後から小さい影がラクサスに飛び込んできたのだ。

「何でお前がここにいんだ」

ラクサスは腰辺りにしがみ付く桜色に目をみはった。小学部へと行っていたはずのナツだ。

「聞いてんのか」

表情が見えないと、感情を読み取りづらい。ラクサスがナツの頭を掴んで、無理やり上を向かせる。

「らくひゃす……」

ナツは、大きな瞳を潤ませていた。ラクサスの名を呼ぶと同時に大粒の涙が零れる。
その姿を見て身体を強張らせるラクサスに、ナツは嗚咽を漏らしながら話し始めた。

「オレ、家分かんなくて、ラクサスのいるとこしか分かんねーし……」

昨日引っ越したばかりで、学校から家までの道が分からなかったのだろう。登校時はマカロフが車で送っていったから余計だ。幸な事に、ナツの通う小学部とラクサスの通っている高等部は目と鼻の先だった。
ナツは、更に涙をあふれさせた。丸みを帯びた頬が濡れていく。

「帰れねぇかと、おも、った」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、ラクサスの服に顔を埋めてしまった。
幼い子供の扱いなど慣れていないラクサス。対処できずにいると、傍観していたミラジェーンがくすりと笑みをこぼした。

「あなたの動揺するところなんて久しぶりに見たわね」

我に返ったラクサスが、決まりが悪そうに舌打ちをした。

「用が済んだならてめぇの教室に戻れ、ミラジェーン。ナツ、お前も離れろ。動けねぇだろ」

しかし、ナツは首を振るって拒否を表してくる。

「いい加減に……ッ」

もとより寝不足で苛立っていたせいで限界に達するのは早かった。
怒りで低く声を震わせるラクサス。だが、その声はすぐに止められた。ラクサスの服を掴んでいたナツの手が強められたのだ。その手が小さく震えている。

「……ナツ」

ラクサスは諦めてナツの頭へと手を置いた。びくりと身体を震わせたナツが窺うようにラクサスを見上げる。

「一緒に帰ってやるから、一度離れろ」

その声は、ラクサスを知るものなら誰でも耳を疑うだろう。さとす様な優しい声。ナツはゆっくりと手を離した。
その後、ナツを送るべく早退したラクサスを見送った教室では妙な噂が流れ始めた。今まで浮いた噂など全くなかったラクサスのショタコン疑惑だ。
にぎわいを見せる教室の中で、クラスメイトで悪友であるグレイが笑みを浮かべていた。

「面白そうな事になったな」

彼の好きなものは、面白い事である。そして彼自身がその面白い事に巻き込まれる日が来るのだが、それはまた別の話しだ。




20100825

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