子守唄
ルーシィが機嫌よさそうに鼻歌を歌っていた。カウンターに座り、呼んでいる本のページを捲る。
「何の歌だ?」
ひょいっと顔を覗かせたナツに、ルーシィが、ああ、と頷いた。
「子守唄、かな。一応」
「一応って何だよ」
「あたしもよく覚えてないの。ママが歌ってくれてたメロディが耳に残ってるだけだから、曲名も歌詞も分からないし」
子守唄といってもナツにはピンとこない。ナツは音楽にあまり関心を持たないのだ。ミラジェーンの歌は好きだが、それ以外でナツが歌を聴く事はほとんどない。まず芸術的感性が薄い。
「子守唄か」
子守唄が、子どもを泣きやませる時や寝付かせる時の手段として使われる事は分かる。しかし、それをしてもらった記憶はナツにはなかった。
「ルーシィ、子守唄歌ってみてくれ!」
ルーシィの鼻歌に惹かれるものがあったのだろう。ナツには珍しい。しかし、ルーシィは恥ずかしそうに頬を染めた。
「い、嫌よ。恥ずかしいじゃない」
「そっか。音痴じゃ仕方ねぇな」
「誰が音痴って言ったのよ!ちょっと聞いてるの!?」
ナツはルーシィに向けていた視線を、ギルド内へとさまよわせた。歌と言って思い当たるのはミラジェーンだ。
「なぁ、ミラ……」
声をかけては見たが、今日のギルドは繁盛しているらしくミラジェーンも他の従業員と共に動き回っていた。流石にこの状態のミラジェーンを呼びとめようとは思わない。
「何?ナツ」
ナツの声に気付いたのだろう。振り返ったミラジェーンに、ナツは首を横に振った。
「何でもねぇ」
「そう?注文だったら言ってね」
仕事に戻るミラジェーンから視線を外して、ナツはギルド内を見渡す。音楽に通じてそうな人物と言えば、ヤングメガデスなど多々居る。
しかし、音楽といってすぐに頭に浮かんだ人物。一人だけ音楽に詳しそうな人物がいるではないか。
酒や食べ物など匂いが混ざっていて嗅覚はあてにならない。目だけで探していると、まさにその人物がちょうど二階へと上っていった。ラクサスだ。
あいにく今日は、マカロフは定例会で不在。酒場も忙しければ、二階にまで人の目はいかないだろう。その証拠にラクサスが帰還しても周りはさして気付いていない様だ。
ナツはにやりと口端を吊り上げると、物影に隠れながら二階へと続く階段に近づいた。一番危険なミラジェーンに注意を配り、二階を一気に駆け上がる。姿勢を低くして物影に潜んだ。
「……よし、ばれてねぇな」
「何がだ。クソガキ」
真上から降ってきた声に、ナツはびくりと体を震わせて顔を上げた。
「な、何だ、ラクサスかよ」
「てめぇが何でここに居んだ」
睨まれてナツは言葉に詰まった。S級魔道士ではない者が二階に上がる事は許されていないのだ。
返答しないナツに、ラクサスは手を伸ばした。腕を掴み無理やり立ちあがらせる。
「わ、ちょ、ちょっと待て!お前に聞きたい事があるんだよ」
このままでは一階に戻される事は間違いないだろう。抵抗するナツを、ラクサスは面倒くさそうに見下ろした。
「聞きたい事だ?」
ナツは頷くと、話し始めた。
「ラクサスいつも音楽聴いてんじゃねぇか。だったら、子守唄も知ってんだろ。歌ってくれ」
「ふざけんな。つーか、一緒にすんじゃねぇよ。子守唄なんてもんは、赤ん坊か、てめぇみたいなバカが聴くもんなんだよ」
ラクサスが聴く曲は、ロックとクラッシックを融合させたものだ。子守唄は、間違ってもサウンドポットには入っていないだろう。
見下すような言い方に、ナツは目を吊り上げた。
「バカじゃねぇ!ていうか、本当は知らねぇんだろ!」
「ガキの挑発には乗らねぇ」
ナツは、ぐっと口を閉ざした。ラクサスが掴んでいたナツの腕を引いた。階段へと連れて行こうとするラクサス。ナツは不満そうに唇を尖らせた。
「いつも音楽聞いてるくせに、ラクサスも音痴なんだな」
ラクサスの動きが止まった。首をかしげてラクサスを見上げたナツは、顔を引きつらせる。
ラクサスから発せられる魔力で周囲の空気が揺れている。流石に一階に居る者たちも不審に思ったのだろう騒然とし始めた。
「お、おい、ラクサス?」
「子守唄ってのは、ガキを寝かしつける時に使うってのは、知ってるな」
こくりと頷くナツに、ラクサスは口元を引きつらせながら笑みを作った。
「鳴り響くは召雷の轟き……天より落ちて灰塵と化せ」
「ちょっと、ま」
ラクサスに幾度となく勝負を挑んだことのあるナツには、本気ではないとはいえラクサスの技も多少なりとも見てきた。まずいと判断は出来るのだが、腕を掴まれて逃げられない。
「レイジングボルト!!」
「ぅぎゃァッ!!」
雷を受けたナツは、黒焦げになりながら地に倒れた。
「おやすみ、ナツ」
冷たく低い声は、就寝の挨拶には似つかわしくない。ナツを一階へと蹴とばそうとしたラクサスだったが、その前にナツは起きあがってしまった。
ラクサスは舌打ちした。起きるのが予想より早かったのだ。
「お、おお!何か今色んなもんが見えたぞ!ギルドに来た時の事とか」
それは走馬灯だろう。ナツは嬉しそうにラクサスを見上げた。
「おかげで思い出したぞ、子守唄」
「あァ?」
不機嫌なラクサスにも気にした様子もなく、ナツは鼻歌を歌った。
「……って、こんなんだ!イグニールが歌ってくれたんだ!」
幼い頃の記憶なんてものは薄れていくものだ。赤ん坊のころならなお更。その記憶が、ラクサスの雷をくらって走馬灯を見たおかげで甦ったのだろう。
「どうでもいいが、音外れてんだよ」
曲など知らなくても、確実にナツが音を外している事は分かる。それほどに酷い。
呆れたように言葉を吐くラクサスとは逆に、ナツは嬉しそうに鼻歌を続けたのだった。
20100824
ミーヤ様から頂いたネタでございます。ミーヤ様に捧げませう!